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源頼朝挙兵物語  作者: 中野掘門
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八 頼朝の思い

 六月の半ばごろ。


 京にいる三善康信は、朝廷での勤めをしながら、平氏の動向を探っていた。


 去る五月三十日、六波羅の清盛泉邸にて催された宴に参加した武士の一人から、頼朝の追討命令が下されたらしいという噂を耳にしたからである。


 その武士によると、自分たちは広間のはるか下座にいたから、詳しいことはわからないが、太政入道清盛殿に大庭景親が呼ばれ、何やら話をしていたから、もしかしたら頼朝討伐の将軍は、景親かもしれないということも聞いた。


 ……これは大変なことになった……


 康信は心の高ぶりを抑えて、さらに伝手(つて)辿(たど)って数名の武士からも、それとなく話を聞き、それが事実であるらしいことをつかんだ。


 そして自宅に戻り、頼朝宛に急ぎ書状をしたためた。書状は、六月十九日に伊豆北条館に到着した。




 ……大庭景親か……


 頼朝は、書状から目を離し、遠くを見つめながら、二十四年前の保元の乱の時のことを思い出していた。


 その時、大庭景親は父義朝の配下にいた。


 当時おそらく二十代半ばぐらいの年齢ではなかったか。


 とすれば今は五十歳に近い年齢であろう。


 兄の懐島景義(ふところじまかげよし)と二人で従軍していて、景義が敵の矢に膝を撃ち抜かれ、弟景親がそれを介抱しながら、一旦戦場を離脱し、義朝の陣に兄を置いた後、再び戦場に戻ってきた。


 その進退の鮮やかさは、今も印象に残っている。


 頼朝は廊下に向かって声をかけた。


「誰かある」


 すぐに家人が庭に姿を現し、膝をついた。


相模(さがみ)まで使いをせい。懐島景義に伊豆北条館(ここ)まで来るよう伝えるのじゃ」


「はっ」


 家人はすぐに出発した。




 懐島景義は、頼朝にとっての良き相談相手である。


 特に兵法に関する知識の深さは、端倪(たんげい)すべからざるものがあった。


 性格も柔和で頼朝とは馬が合う。


 頼朝は、再び書状に目を戻した。


 平氏はすでに頼朝追討の準備を始めているらしいことが記されている。


 ――近々、平氏は関東の武士に動員令を下し、大規模な追討軍を編成するだろう。


 そして康信は、このままでは北条館は大軍に包囲されて、万に一つの勝ち目もない。


 一旦、奥州の藤原秀衡(ふじわらひでひら)を頼って、伊豆を離れるべきであると結んでいた。


 頼朝は、書状を置いて腕を組んだ。


 京ではまだ宇治合戦の残党狩りが行われていると聞く。


 それが落ち着いたころに、関東の武士に動員令が下るに違いない。


 恩賞目当てに大軍が箱根を越えて、ここ伊豆に押し寄せて来るだろう。


 もちろん、北条時政たちの支援を受けて挙兵することになる。


 ……だが果たして、このいくさに勝てるだろうか?


 頼朝は、不安に思う。


 ……父兄のような豪胆さに欠け、密かにいくさを忌避する自分の正体が露見し、味方の面々を失望させ、離反を生み、仕舞には源氏の棟梁としてあるまじき不届者と嘲笑されるのではないか?


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