七十九 頼朝反撃 五
八月二十六日の朝。
村の小道の交差するところで、よろよろと歩いていた老婆と、数名で歩いていた武士の一人がぶつかって老婆が倒れた。
その武士は優しい男だったので、老婆を抱き起して、大事ないかと問い、そのまま行き過ぎようとした。
その時、老婆から言葉をかけられた。
「そこのお武家様は、もう帰るのかえ?」
優しい武士は、振り返って応えた。
「いや、本陣には戻らぬが?」
老婆が続けた。
「違う違う、帰国するのかと聞いたのじゃ」
武士は、老婆が言っている意味がわからなかった。もしかしてボケているのか?
「いや、帰国はまだしないが?」
老婆が応えた。
「大殿様は、もう伊豆北条へお帰りになったというに、まだここにいるのかえ?」
武士は、はっとした。
「大殿様とは、誰のことだ?」
老婆が、何を判り切ったことをという顔で言った。
「頼朝の御殿様に決まっておろうが」
驚いた武士は、急き込んで聞き直した。
「何故、頼朝が伊豆北条におるのだ?」
何をたわけたことを、と言う顔で老婆は応えた。
「そんなこと、この真鶴で知らん者は誰もおりゃせんわ」
その武士と数名は、急いで本陣に向かった。
「何だと?」
報告をしにきた武士は、老婆から聞いたことをそのまま景親に伝えた。
頼朝が、すでに伊豆北条館に帰って、再び再起の準備をしているという話は、瞬く間に大庭軍と伊東祐親軍の全軍に伝わった。
景親は、動揺していた。
「大庭殿は、おいでかの?」




