七十七 頼朝反撃 三
「甲斐源氏が挙兵しただと?」
大庭景親は、弟の俣野景久に聞いた。
「はっ、駿河目代の橘遠茂殿よりの急使が先ほど到着し、甲斐源氏の武田信義、嫡男一条忠頼麾下の軍勢が足柄山を南下中。至急、援軍を送られたしとの由にございます」
……まずい。足柄山と伊豆は目と鼻の先ではないか。よりによってこんな時に……
今、ここから軍勢を取られるのは痛い。
しかし放っておけば北から攻められるかもしれない。
こちらは頼朝捜索のため兵が分散している。
やはり対応せねばなるまい。
しかも甲斐源氏は精兵揃いだ。半端な軍勢では対抗できまい。
景親は、景久に命じた
「仕方ない。景久。二千の兵を引き連れて北へ向かえ。橘殿と合流して甲斐源氏の南下を食い止めて時を稼げ。その間にこちらは頼朝を探し出して決着をつける」
「承って候」
景久に二千の兵を預けると残りは千と、伊東祐親三百しか残らない。これで頼朝を探し出せるか?
……厳しい状況になってきた。ここが正念場だ。
頼朝たち七人は、この日はずっと切株の下で息をひそめていた。
二つ並んでいる大きな切株は、出入り口が東側にあり、採光用兼のぞき穴がその反対の西側にある。
覗き穴からは、森を通してではあるが、真鶴の村とその向こうに広がる相模湾を見ることができた。
七人は、穴の中で特にやることもないので、代わる代わる覗き穴から外を見て、大庭軍の動向を窺っていた。
「殿、殿」
という七郎丸の小声が、連絡筒から聞こえた。
「どうした、七郎丸?」
と、実平が応える。
「多くの兵が、北に向かって移動しておりまする」
「何?」
実平が覗き穴から外を見てみると、昨夜、篝火があったところの道を、多数の兵が重武装して北に進軍している。
その行軍の様子からすると、我らを捜索するためのものとは思えず、いくさを前提としたもののように感じられる。
その行軍は、一刻ばかりも続いた。
頼朝も覗き穴を見て、実平に問いかけた。
「実平。どれぐらいの兵が移動しているように思う?」
「左様。二千前後ではございますまいか?」
「ふーむ」
早川の丘陵からみた大庭軍は三千ぐらいであった。
その内二千がいなくなるということは残り千しかいないということになる。
なぜ今、兵を移動させるのか?
もし仮に北条館へ向かうとするなら、北上ではなく、南下して来宮から山越えの道をたどるはずである。
では、我らの捜索をあきらめて帰国をしたのか?
それも考えにくい。本格的な捜索を開始したのは昨日のことである。
そんなに簡単にあきらめる景親ではあるまい。
その証左に、多数の兵が北へ去って行った後、再び切株周辺に敵兵の足音が頻繁に聞こえるようになった。
今度は南北方向ではなく、東から西に、つまり山裾から山頂へ、兵を横一線にして何度も捜索しているように感じられた。




