七十四 頼朝潜伏 四
頼朝は、静かに考えている。
自分が置かれている客観的な状況。
その上で大庭景親が何を考え、何をしようとするだろうかと……
今日の夜明け前に、聖岳の山稜を出発してここまで来る間、敵に遭遇したものの加藤景廉と大見実政のおかげで難を逃れることができた。
そしてこの切株に隠れていることは、敵に察知されていない。
おそらく景親は、昨日の戦場となった我らの本陣とその周辺を捜索し、脱ぎ捨てられた源氏の鎧を見つけたはずだ。
そして山の斜面を追跡して行き、聖岳の山稜の西側に投げ捨てられた大袖と六人分の甲冑を見つけただろう。
その事から、我らが七人であることをつかんでいる。
……問題はその後だ。
そこから我らが西に向かったのか、南に向かったのかに悩んだはずだ。
景親は西に向かうとしたならそれは北条館が目的地であり、南に向かうとしたならそれは土肥館だと思ったであろう。
結果、景親は我らが土肥館に向かったものと判断して、捜索を開始した。
石橋山から湯河原に向けてのものすごい松明の数は、その証左であろう。
大庭軍の大半をそれにつぎ込んだはずだ。だが、結果として我らを見つけることができなかった。
当然景親は、何故見つからないのか、その理由を考えているだろう。
そして湯河原に向かったという判断がぐらつき始めているものと思われる。
もしかしたら、頼朝一行は北条館に向かったのではないか?
というのは、昨夜、北条時政の嫡男宗時が伊豆平井で討たれたことと、加藤景廉と大見実政の二人が、頼朝を追うと言い残して西に向かったことが、頭の中に引っかかっているはずだからである。
だが景親は疑いつつも、まだ方針は変えていない。
先ほどの足音の敵の話では、今夜、この真鶴から湯河原にかけての一帯を包囲するということだった。
……まだ、我らがこの地域内のどこかに潜伏していると思っている……




