六十八 頼朝追跡 六
「……面白うないのう。剛の者はおらんのかのう」
と言う加藤景廉の声が聞こえた。
見ると景廉と大見実政が、一人残らず敵を斃していた。
景廉は拝領の小長刀に付いた血を振るって、七郎丸を見ながら言った。
「おう、汝は確か実平のところにおった郎党じゃな。ということは、殿は近くにおわすのか?」
景廉は、何の遠慮もせずに普通の音量でしゃべっているので、実平はひやひやしながら、近くの敵に聞こえるのではないかと気が気でなかった。
応えている七郎丸が小声なので、ここからでは何を言っているのかわからないが、殿はおそらくこの付近にいて、我らはこれから真鶴の山中まで参るのだ、と言っているらしく、ほかの武士たちは、斃れた敵の太刀を奪って自分の腰に差しながら、景廉と実政に同行するか? と聞いているらしい。
「そうか。殿はこの付近におわすのか。ご健在なのじゃな? わからない? まあ大丈夫じゃ。殿はこの程度のことで討たれやせん。汝らはしっかりと殿をお守り奉るのだ。
さすれば我らは、汝らが進む方と逆に行って陽動しよう。少しは行きやすくなろう?
よいのだ。汝らは汝らのやるべきことがあり、我らには我らのやるべきことがあり、殿には殿のやるべきことがある。実政、では参ろうぞ」
頼朝は、その場に立ちつくしていた。
景廉の言葉が、胸に突き刺さっている。
――我らには我らのやるべきことがあり、殿には殿のやるべきことがある。
皆、自分のやるべきことをやっているのだ。
そして自分を支えてくれている。
にも関わらず自分は、何もしていない。
できないのではない。やろうとしないだけだ。
……まだ負けたわけではない。
確かに大庭景親の謀略は、自分の想像のはるか上を行っていた。そしてまんまと罠にはまった。
しかし、まだ負けてはいない。
……大丈夫だ。まだやれる。
何故かわからないが、心の中に闘志が湧いてくるのを感じた。
……負けてなるものか。
「では参ろうぞ。実平」
実平と遠平は、唖然とした。
殿の顔つきが一変している。
先ほどまでの茫洋とした表情が消え失せ、凛とした目つきが戻っている。
どうしたことだ?
「はい」
実平は、なぜかうれしくて目が潤んでくるのを感じた。
景廉と実政の二人が去って行った方から、独り言が聞こえてきた。
「どこかに剛の者はおらんかのう……」




