六十三 頼朝追跡 一
大庭景親は、明け方前に、主だった武将に部隊の展開を指示した。
石橋山の本陣には、精兵五百を置き、大沼三郎による三浦軍三百の説得に失敗した場合に備えることとした。
またこの五百の兵の一部を割いて、昨日戦場となった頼朝本陣を捜索させ、頼朝の生死とともにその痕跡を追跡させた。
残る二千五百と伊東祐親軍三百を使って、頼朝を捕捉するための捜索を展開する。
まず、伊東祐親軍三百を湯河原の土肥館に向かわせ、包囲させることにした。頼朝が土肥館に入ることを阻止するためである。
また昨日、頼朝軍の多くの敗残兵が、山に登って行った事から、山稜付近を捜索させる部隊を展開させた。
捜索の本隊は、昨日戦場となった山の斜面に、山頂から裾までずらりと兵を密に配置し、そのまま南に向かってしらみつぶしに、捜索させることとした。
また、頼朝が船で脱出するのを防ぐために、石橋村以南の漁村を監視する部隊も配置した。
これによって、石橋村から湯河原の土肥館まで、面的に徹底して捜索できる体制を敷いたこととなる。
早速、頼朝の陣を捜索していた部隊から報告が入った。
頼朝が着用していた鎧が、本陣から山に向かう途中に脱ぎ捨ててあったという。
それは源氏に伝わる鎧八領の内の七龍というもので、頼朝が身軽になって山を登って行ったと思われる。ただ鎧の一部が見つかっていないという。
早速、山稜付近を捜索している部隊に伝令を派遣し、頼朝の鎧が他に落ちていないかを捜索せよと命じた。
頼朝の鎧を見つけた部隊にもそのまま山の上に向かって、捜索を続行するよう指示した。
……頼朝は生きている……
景親は、山に向かい、心の中で頼朝に呼びかけた。
……必ず探し出して見せる。首を洗って待っておれ……




