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源頼朝挙兵物語  作者: 中野掘門
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六十二 頼朝逃亡 六

 八月二十四日夜明け前。


 土肥実平は、仮眠から目覚めた。


 夜明け前のかすかな明かりを感じ取ると、静かに立ち上がって周囲を見渡した。


 伊豆の山々の稜線がうっすら判読できる。昨日の暴風雨は過ぎ去っていた。


 実平は、今立っている場所がどこなのかが明確に理解できた。七郎丸も起き出して、実平と並んで付近を見渡している。


 お互いこのあたりの地形は熟知している。例の切株までの道順を小声で話し合った。


 その声で他の武士たちが目を覚ました。


 実平は、皆を頼朝の前に集め、小声で話し出した。


「これから我らは真鶴(まなづる)西の山中の、ある所を目指して参ります。距離は一里はありますまい。我れとこの七郎丸が場所を知っております。しかしながら……」


 一旦、実平は言葉を切って、皆を見ながら話しを続ける。


「この七名で行動すると、さすがに目立ちます。ですから二つに分けることといたします。

 一つは、殿と我れと遠平の三名、今一つは七郎丸と新開殿、土屋殿、岡崎殿の四名。

 途中、敵と遭遇すれば、それぞれ別の道を行くこともあり得ます。

 それと下草の中を進む際、甲冑に草がまとわりつくゆえ、ここに脱ぎ捨てて身軽にしておくべきと存じます」


 頼朝は、起きてはいるが、ぼんやりとした顔つきをしている。


 新開実重が質問した。


「その、ある所とは、どのようなところなのじゃ?」


「大きな切株の下にちょっとした穴があり、そこに若干ではありますが、兵粮と水があります。少しの間の隠れ家として用意しておきました」


 頼朝の目つきが変わった。


「実平。汝はこのいくさは、負けると思っておったのか? いや責めているのではない。なぜそう思ったのかを聞きたいだけだ」


 実平が言いにくそうに応えた。


「我が館の近くで拾った大庭景親から伊東祐親への書状に、疑問を感じたからです。

 偶然にそのような密書が、都合よく手に入るだろうかと思ったのです。このいくさが負けると思っていたわけではありませぬ。

 万一、大庭景親の罠だとしたらと考えて、この七郎丸に命じて準備をさせました。

 申し訳ございません」


 頼朝が応える。


「いや違うのだ。その深慮をかたじけなく思うとともに、そんなことに気づかなかった自分の不明に腹を立てておるのだ」


 実平が顔を上げた。


「殿。こたびのいくさの勝敗は、殿が生き残るか、討ち取られるか、二つに一つです。

 まだこうして殿は生きておられる。勝負はまだわかりませぬ。

 さあ時が移ります。急ぎ出立いたしましょう」


 あっ、そうだという顔つきで、実平は七郎丸に言った。


「七郎丸。殿の大袖(おおそで)を出せ」


 七郎丸は持ってきた頼朝の大袖を実平に差し出した。それを皆、怪訝(けげん)な表情で見ている。


「これを山の向こうに落としておきます」


 そういって、実平は他の武士たちが脱ぎ捨てた甲冑とともに、頼朝の大袖を西側の斜面に投げつけた。


「もしあの大袖と甲冑が敵に見つかれば、殿と我らは西に向かったと(だま)せるかもしれません。まあ気休めですが。しかし多少の混乱を敵に与えられるかもしれませぬ」


 頼朝も含めて、武士たちは実平の深慮に感心した。


「さあ各々方(おのおのがた)、参りましょうぞ」


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