五十九 頼朝逃亡 三
あたりは既に暗闇となっている。
景親は、本陣に篝火を焚かせなかった。それをすると敵に地理的な位置感覚を与えてしまうからだ。
また、激しい風雨で立っていられないほどで、馬があまりの強風で動揺したため、下馬して家人に手綱を渡した。
暗い中で兜から滴り落ちる雨をぬぐおうともせず、巍然と立っている。
景親は、遠巻きに頼朝軍を包囲しており、この状態を明朝まで続けるつもりでいた。
また、一部の武士を南側に移動させ、伊東祐親軍を伊豆の山頂を越えた西側に展開させた。
伊東は、他の武士よりこの辺の地理に詳しいだろうし、頼朝や敗残兵が伊豆北条館を目指す可能性もあると考えたからである。
なお、平井久重も伊東軍に参陣していた。
あちらこちらで敗残兵の掃討が行われているが、まだ頼朝を捕捉したという知らせは入ってきていない。
……頼朝は、どこに逃げようとするだろうか?
ただやみくもに逃げるわけではあるまい。
……可能性としては二つ。
一つは、伊豆北条館である。
頼朝は流人であるから、自分の領地を持っていない。
通常、武士は自分の領地があって、そこから兵や兵粮を始めとしたさまざまな物資を調達する。頼朝にはそれがない。
ただ、妻との縁によって、領地が北条の地であると言えなくもない。
その意味では、頼朝が戻るべき場所であると言える。
だが景親は、伊豆北条館を目指して落ちていく可能性は低いと思っている。
二つ目は、湯河原の土肥実平館である。
実平は頼朝の側近の一人であり、何といっても今戦場となっているこの地に精通している。
頼朝の逃避行に実平が供をしているのであれば、間違いなく目指す場所は土肥館であろう。
北条館と比べて距離は半分以下で行けるし、山道を延々と進まねばならぬこともない。
さらに所持している兵粮も少ないはずで、遠距離の移動は考えにくい。
……明日は、捜索線を南に伸ばして徹底的に探すのだ。




