五十六 石橋山合戦 三
頼朝本陣は、もう人の輪郭ぐらいしか見えないくらいあたりは暗い。
しかし大庭軍の猛攻は続いている。
頼朝軍は壊乱状態となりつつも、いち早く戦線を離脱しようとする武士は見当たらず、皆、必死になって敵と切り結んでいる。
その中で、頼朝に迫る敵兵に激しく抵抗する一団の武士がいた。
「実平! 我らはここで敵を食い止める! 汝が殿の御供をせよ! 早く落とし奉るのだ! 急げ!」
加藤景廉が土肥実平に怒鳴った。
景廉は拝領の小長刀を打ち振るって、頼朝を追撃しようとする馬の脚を薙ぎ、迫ってくる徒歩立ちの武士の足を払って、敵の前進を阻んだ。
景廉の隣では、大見実政が大長刀で奮戦している。
景廉が声をかける。
「馬でも兵でも足を狙え! きゃつらに殿を追わせてはならぬ!」
「承知!」
と、その時、
「いたぞー!」
と言う声が聞こえ、松明が振られた。
そこに向かって大庭軍の一部隊が、次々に遠矢を放ったのを景廉は察知した。
振り返って、
「実平! 矢が来るぞ!」
瞬時に反応し、実平は頼朝の上に七郎丸とともにおおい被さった。
周辺に雨のような矢が降り注ぎ、瞬く間に一帯がハリネズミとなるが、二人に当たった矢はすべて甲冑で跳ね返された。
頃合いを見て、再び実平と七郎丸は、頼朝に介添えして奥に向かって走って行く。
辺りは暗くなり、ほとんど人の輪郭さえも見えなくなった時、遠くで大庭景親の「遠巻きにして敵を包囲したままにするのだ」という声が聞こえて、景廉と実政の周りから、潮が引くように敵がいなくなった。
実政が肩で息をしていると、隣の景廉の独り言が聞こえた。
「剛の者と出会えぬいくさは面白うないのう……」
実政が呆れたように景廉を見た。
暗くてよくわからないものの、少し前までの奮戦などなかったように涼しい顔をしているのだろう。
いくさをするために生まれてきたような男じゃな、と思った。
「それでこれからどうする?」
実政が聞くと、景廉が応えた。
「まあ、南でも行ってみるか。殿はたぶん土肥館へ向かったであろうからの」




