五十二 霧の中の敵 一
同じく八月二十三日の明け方前、大庭景親率いる三千の軍勢は、予定通り寅卯の刻に、早川を渡河する計画であった。
しかし未明から西の箱根山より霧が漂い始め、渡河予定時刻には数間先も見えないほどの濃霧となった。
景親は、伝令を出して渡河をしばらくの間見送り、各武士たちは早川の北岸沿いに展開するように指示を出した。
濃霧の状態はしばらく続き、薄くなる兆候が全くなかった。
一方、頼朝は、早川の南の丘陵地帯で軍を停止させ、濃霧が晴れるのを待つことにした。
その間に兵に兵粮を使わせ、軍備の点検も行わせる。
頼朝は、判断を下しかねていた。
敵勢の総数も不明で、どのように攻めてくるのか皆目わからない。
……このまま早川を渡って進んでよいものか?
早川を越えて平野部に出れば、鎌倉に向かって右手には海、左手には平野が広がる地形となる。
そんなところで敵に囲まれたら逃げ道はない。
辰巳の刻を過ぎるあたりから、風が吹き始め、濃霧を少しずつ払っていく。
時間が経つにつれ、霧はどんどん薄くなり、視界が広がり始めた。
その時であった。
頼朝がいる早川の南の丘陵から指呼の先に、敵の軍勢がぎっしりと犇めいているのが見えるではないか。
敵味方双方から、どよめきの声が上がった。
……やはり待ち伏せされていた!
すぐに、土肥実平が頼朝に近寄ってきた。
「殿! ここ早川の地は、北の湯本の方から攻められると簡単に包囲されてしまいまする。すぐに軍を引いて、しかるべきところに陣を張りましょうぞ!」
頼朝は、無力感に苛まれながらも頷いた。
実平が大音声で指揮する。
「者ども! この地は悪しきところじゃ! 急ぎ南に移動せよ!」
頼朝軍は、丘陵地を南下し始めた。
だが……




