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源頼朝挙兵物語  作者: 中野掘門
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五十 何かがおかしい……

 頼朝は、馬に揺られながら考え事をしている。


 ……北条館が北と南から攻められるということはなかった……


 一昨日の八月二十一日に、太政入道清盛肝煎(きもいり)の武士が、三島宿方面から南に進軍し、伊東祐親軍が修善寺から狩野川沿いを北に進軍し、共同して頼朝を挟み撃ちにする手筈(てはず)となっている、という密書の内容にも関わらず、そうしたことは起きなかったのである。


 ……何故、襲撃がなかったのか……?


 南から攻めてくる伊東祐親はともかく、北から軍が攻めてくることは以前から噂となっていた。

 ところが、我らが北条館にいた二十日ごろには、さっぱりこの噂は聞かなくなっていたのだ。

 本当に軍兵がいたなら、噂が再び起こって来るのではないだろうか?

 一般の(たみ)や商人は、そういう事には敏感なはずだ。


 ……何かがおかしい……


 懐島景義が、山木館討ち入り直前に書状を寄越して、平井久重が北条館の監視を行っているかもしれないことを知らせてきた。

 事実、その直後、山木館の雑人を捕らえることができた。


 ……我らは、確かに見張られていた……


 幸い山木館討ち入りは成功し、山木兼隆の首を上げることができた。

 その後、雑人を殺しても無意味と考えて放免した。

 昨日の書状によると、北条館の厨房の下女と雑人との間に何かの関係があったのかもしれないと言う。


 頼朝は、ハッとした。


 ……そうか……


 雑人は、単に北条館を(のぞ)いていたのではなく、厨房の下女に会いに来たのではなかったか?

 厨房の下女に北条館の内部で起こっていることを報告させ、それを平井久重に知らせていたのではないか?

 さらにそれは書状によって大庭景親に届けられていた……


 ……と、するなら……


 頼朝は、ここ数か月の出来事を思い返してみる。


 山木館の襲撃を初めに考えたのは、京の宇治で以仁王と源頼政が討ち死にし、その一か月後の六月十九日に京の三善康信の一旦奥州へ逃げるべしとする書状到着後のことだ。


 六月の前半には、京に滞在中の景親が、弟の俣野景久を使って関東武士への勧誘を始めている。


 ……もしかしたら……


 これと同じ時期には、北条館の厨房の下女を(かい)した工作も始まっていたと考えた方が自然ではなかろうか?

 厨房の下女は、館内のすべてを監視できた。

 我らの会話、書き損じの書状、来訪の武士、合戦の準備など一切を知ることができたはずである。


 ……それがすべて景親に筒抜けだったとしたら……?


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