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源頼朝挙兵物語  作者: 中野掘門
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四十四 土肥実平の不安

 八月十九日の昼、土肥実平は、出発の準備をしながらも一抹の不安を感じていた。


 ……そんなに都合よく密書など手に入るものだろうか?


 実際、この北条館も山木の間者によって、見張られていたではないか?


 懐島景義殿の言うには、その背後には平井久重と大庭景親がいるらしい。


 ……我らに、何らかの策を(ろう)してきたのではないのか?


 それでは、景親の意図とは何か?


 我らを早く伊豆の山を越えさせて、東海岸に出させることではないだろうか?


 そこを大庭が北から、伊東が南から(たた)くという策ではないのか?


 ……とすると、戦場となるのは我が館がある真鶴・湯河原の付近となるやもしれぬ……


 実平は、熟慮の末、辺りを見渡した。


「七郎丸はおるか?」


 七郎丸と呼ばれた郎党は、すぐにやってきて膝をついた。


 実平とは同じ歳で、幼いころから付き従っている最も信頼厚い従者である。


「子供のころ、(なんじ)ら兄弟二人と真鶴の西の山中にある切株で狩りをしたことを覚えおるか?」


「え? あっ、はい」


 七郎丸は、実平が何を言っているのか一瞬分からなかった。


 実平は、構わず続けた。


「汝は、これからここ北条館を離れ、急ぎ我が館へ向かえ。

 そして水と干飯を用意して切株下の空洞に隠しておくのだ。量は五人で五日分程度でよい。

 それとな、猟師が使う短弓と矢五本も用意するのだ。すぐに発て。

 そして準備が終われば、館にて我れの到着を待て。よいな」


「承って候」


 実平は、もし敵の策にはまって自軍が総崩れとなった時、頼朝を守ってうまく逃がすのは自分の役目になるだろうと思った。


 幸い、真鶴・湯河原周辺の地形は誰よりも詳しい。


 それが夜間の山中であっても、相模湾沿いの村々の明かりや星を使って自分の位置がわかる。


 そして頼朝を伴って少人数の逃避行となった場合に備えて、食料と水の準備をしておいた方がよい。


 おそらく敵方の捜索は熾烈を極めるだろうし、湯河原にある我が館は包囲され、近づくことすらできないであろう。


 しばらく潜伏を余儀なくされるはずだ。


 子供のころ、よく七郎丸と弟の八郎太の三人で真鶴の西の山中で狩猟をして遊んだことがあった。


 偶然に見つけた大きな切株の下が空洞になっているところに身を潜めて、けもの道を通ってやってくる動物を餌でおびき寄せて弓矢で仕留めたのである。


 切株自体は古く、はるか昔に造船のために切り出されたものだと聞いたことがある。


 このような切株が付近にもう二か所ほどあり、十名程度なら隠れる空間がある。


 周辺は、落ち葉が長年の間に降り積もっており、この地に詳しくなければ、切株の下に空間があるなどとは夢にも気がつかないはずだ。


 いざとなったらここに頼朝と隠れようと思ったのである。


 ……使わずに済めばよいのだが……


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