四十一 頼朝の決断
時政が応える。
「方途は、ただ一つのように思えまする。
八月二十一日に北からと南から攻められる前に、伊豆の山を越えて東海岸に出て、大庭らの準備が整う八月二十四日以前に鎌倉に到着するよう、急ぎ行軍いたします。
この北条館から鎌倉までは約二十二里。途中、伊豆の山越えや早川・酒匂川・相模川などの川越え、また各地から参陣する武士を待つ時間も考慮しますと、旅程に四日は見るべきでございましょう。
すると、この北条館を二十日には、発たねばなりませぬ」
頼朝が応える。
「今、日付はもう八月十九日になろうとしている。急ぎ準備を整えて、明日にはここを発つということか……」
時政が応える。
「現在、この北条館にいる兵は、山木攻めで死亡や負傷した者を除いて約七十名。
それ以外のお味方約二百三十名が、すでにこちらに向かっております。
合わせて約三百名で鎌倉に入ることになりまするな」
さらに、頼朝が言った。
「それでは、この書状が謀略だったとしたら、我らはどうすればよいと思う?」
実平が応える。
「もし謀略とするなら、この伊豆北条館に留まり、伊豆周辺の武士を集めることと、さらに三浦と千葉の合流を待つことになりましょうか……」
時政が応える。
「馬鹿な。噂が本当でなくとも、近いうちに北からは大庭に攻められ、南からは伊東に攻められること必定じゃ。
それに我らが向かいたい先は鎌倉だ。
ここに留まり続ければ鎌倉に行く機会は永久に失われるのではないか?
三浦と千葉も平氏方の別隊で攻められれば、こちらまで辿りつけないことも考えられる」
……時政と実平。
この二人は、黒と白、油と水のごとく性格が異なる。
時政は実利主義、利己的であり、いくさに対しては大胆さを好む。
対して、実平は愚直なまでに主従関係に忠実で、自己犠牲を厭わない。そしていくさに対しては慎重に構える。
頼朝は、思案している。
この書状を時政は信じて良しと考え、実平は懐疑的である。
しかし双方の対処の仕方を比較すると、時政の案の方が良い気がする。
確かにここに留まり続けては鎌倉には入れない。
二人が頼朝の顔を見つめている。
頼朝は決断した。
「わかった。それではこの書状が真実を語っているものとし、我らは明日二十日に、ここ北条館を出発し、伊豆の山を越えて鎌倉に向かう。
現在この館にいない武士には、我らに追いつくか、湯河原の土肥実平館で落ち合うものとする。
そこで軍勢を整え、急ぎ鎌倉に向かうこととしよう。
そして三浦には至急こちらに向かうよう使者を送れ。よいな」
「はっ」
時政と実平は、頼朝の前を下がり、ただちに出立の準備に着手した。




