四十 密書の内容
使者が、北条館に到着したのは夜遅い時刻であった。
書状をまず実平に渡し、発見した時の状況を説明した。
実平はすぐに頼朝の寝室へ行き、就寝中の頼朝を起こして書状を見せた。
書状の差出人は大庭景親で、宛先は伊東祐親である。
その内容は驚くべきもので、なんと頼朝への攻撃依頼であったのだ。
「現在、伊豆の源頼朝を討つために、武蔵・相模の武士に動員をかけているところであるが、京での宇治合戦から関東に戻って半月しかたたぬため、武具の修繕や矢の調達に時間がかかり、また稲刈り前でもあるので兵粮が集まらずに苦労している」
「現状では軍勢の動員は、早くて八月二十四日以降となりそうである。そこで八月二十一日を期して、太政入道清盛殿肝煎の武士が、三島宿方面から南に進軍し、伊豆北条館にいくさを仕掛ける手筈となっている。この時、駿河湾の口野港も同時に押えて頼朝の脱出を阻止する」
「伊東殿は、修善寺から狩野川沿いを北に進軍し、南下する武士と共同して頼朝を挟み撃ちにしてほしい。その間に準備ができた武蔵・相模の武士を伊豆に向かわせるゆえ、三方面から頼朝を攻めれば必ず討ち取れるであろう」
頼朝は、状況からすると、相模の大庭景親から伊東祐親宛への密書が偶然手に入ったらしいと思った。
密書を運んでいた者は、山伏に変装して怪しまれないようしていたが、湯河原の南で強盗に遭遇して殺されてしまったのであろう。
他に身元が分かるようなものや、多分持っていたであろう旅金などは見当たらなかったという。
書状に手が付けられていないのは、強盗が文字を読めなかったからだろう。
頼朝は、すぐに時政を呼び、土肥実平と三人で密談に入った。
時政は冴えない顔でやって来たが、書状を見ると眠気が一気にふっとんだようだった。
そして実平からこの書状を入手した経緯について聞き取り終わると、腕を組んで虚空に目を向け呟いた。
「やはり、平家方の大将は、大庭景親であったのか」
頼朝が呻いた。
「かように大がかりな仕掛けが用意されていたとは思わなんだ」
実平が口を挟んだ。
「大庭景親の謀略とは考えられませぬか?」
時政が、言った。
「我らが山木に討ち入りした時とほぼ同じ日に、このような書状が届けられようとしていたということは、かなり以前から計画されていたのではないかと思われる」
実平が返す。
「とすると、謀略ではないと?」
時政が返す。
「謀略であるとする根拠もないな」
頼朝は、現実に徹した。
「仮に、この書状に書いてあることが真実であるとするなら、我らの行動はどのようにすべきだろうか?」




