四 時政の思い
「近々いくさになりそうじゃ」
時政は、いきなり政子の居間におしかけ、座りざまに言った。
「まあ、恐ろしいこと」
政子が口を袖で覆って恐ろし気なふりをしたが、時政は政子がそれほど動じていないことを知っていた。
我が娘ながら、その桁外れの気丈さは、舌を巻くばかりである。
頼朝と深い仲になったと知った時、時政も伊東祐親と同じように、二人を引き離して伊豆国目代の山木兼隆に嫁がせようとしたのである。目代とは国守の代官である。
しかし政子は実力行使に出た。
頼朝を引きずって伊豆山権現に籠り、二人の仲を認めるまで、時政に徹底して抵抗したのである。
結果、時政は折れたが、別の思惑もあった。
都の情勢を知れば知るほど平氏の栄耀栄華が、そう長続きはしないと思い始めていたのである。
必ず源氏が台頭する時期が来る。
その時に清和源氏嫡流の頼朝と婚姻関係を持っておくことは決して損なことではない。
うまくすれば頼朝が源氏を再興し、政子が生んだ男子がそれを受け継げば、我が北条はどれほどの栄誉を浴することができるか計り知れない。
時政はその夢に魅了された。
「時に政子。男子はまだか?」
頼朝と政子の間には、既に二歳になる女子がおり、大姫と名付けられている。
「妾も毎日神仏に祈っておりまする」
「いくさになる前に授かれればよいのじゃがのう」
「妾も殿のお心が奮い立つよう、保元平治でご活躍になられたお話などを差し上げるのですが……」
「ですが?」
「いくさのお話をすると返って殿のご機嫌が悪しゅうなり、妾を遠ざけたがるように見受けられまする」
「うーむ」
頼朝の顔だちは立派で、知性はとびぬけて高いし、他者に対する配慮も行き届いている。
政子が夢中になるのも頷ける。
武芸は、打物・組物などは心もとないものの、弓矢は相当な腕前である。打物とは刀などを使った接近戦、組物とは格闘戦のことである。
だが、時政は、肝心の源氏の棟梁としての気構えに関して、物足りなさを感じていた。
……どこか線が細い……
この点、父義朝や長男の義平は違っていた。
義朝は関東各地の争乱に調停と称して介入し、武力をとことん行使して周囲の人々を震い上がらせて臣従させていった。
義朝の目的は、問題解決というより武力を背景にした自身の影響力を知らしめることにあったのだ。
兄の義平は父の血をよく受け継ぎ、わずか十五歳で武蔵大蔵館にて叔父義堅と秩父重隆を討ち取り、武名を轟かせている。
どちらも自分の野心を達成するためなら、武力・恫喝・謀略をいとわず行使し、周囲から畏怖される存在となっていった。
ところが頼朝は違う。
この二人と比べると精彩を欠く。少なくとも棟梁としてアクの強さなど微塵も感じられなかった。
……貴族ならそれでよい。しかし源氏の棟梁となるのであれば、それでは困る。
やはり十四歳から二十年間も、伊豆の片田舎に読経三昧で育ってきた故であろうか?
だが、いくさを躊躇するような棟梁では、所詮見込みはない。血筋がいかに良くとも、この厳しい時代に勝ち抜くことはできないからだ。
……だが、まだ結論付けるのは早い。
もう少し様子を見てみようと時政は、にこやかに政子と話しながら心の中で思っていた。




