三十九 平井久重の怒り
平井久重は怒っていた。
山木館の雑人に対してである。
頼朝の討ち入りの日にわざわざ北条館にノコノコ出かけて行って捕まるようなヘマを犯し、間者であることがバレてしまった。
頼朝にとっては、兼隆が死に山木館が焼失してしまった以上、雑人などどうでもよい。
殺すのは簡単だが、頼朝は今回の勝利が神のご加護によるものと信じているので、いくさ以外で血を流す行為は避けたいという思いで解放したらしい。
雑人は山木兼隆の差し金だったと頼朝側は思っている。
その裏に久重や景親がいることは露見していないはずだ。
それが不幸中の幸いであったと言えなくもない。
討ち入りが終わった十八日に解放された雑人は、行き場を失って平井館に一人でやってきて、久重に捕まった経緯を申し訳なさそうにくどくどと説明した。
元々、久重は、雑人のことを深く信用していたわけではなかった。
酒好き博打好きで、いつも銭に飢えていることと、たまたま北条館の台所の女と深い関係にあったという事情から、誘いをかけただけだった。
……こいつは我れの顔に泥を塗りやがった。どうしてくれよう……
その時、久重の頭の中に一つの悪魔的な計画が閃いた。
これは大庭殿から頼まれていたことを実施するにはちょうど良く、しかも効果的な方法である。
久重は胸の内の憤怒を押し隠し、にこやかな表情で雑人に言った。
「銭になる仕事があるのじゃが引き受けてくれぬか? 何、簡単な事よ。山を越えて湯河原にある土肥館まで書状を届けてほしいのだ。前金を渡すほどに、これからすぐに出立してくれぬか? 怪しまれぬよう山伏に変装してな」
久重は、雑人が出立したことを見届け、腕の立つ郎党に耳打ちして後を追わせた。
八月十八日の夕刻、その死体が見つかったのは、伊豆東海岸の湯河原の南十町ほどの山の中で、街道から少し脇に入ったところだった。
ここは腰をかけるにちょうどいい石があり、旅の休憩場所として使われていた。
旅人が死体を見つけ、湯河原にある土肥館に知らせた。
この付近は来宮から湯河原に向かう山道で、強盗が度々出るところとして知られており、日の高い時刻以外は通らないように付近の村では周知されていた。
館から武士二名が現地に向かい、死体を改めた。
山伏の旅装で、背後から心の臓を一突きにされて絶命していた。
懐の中には何も入っていない。
肩に掛かっていた旅用の行李の中を検めると一通の書状が入っていた。
何気なく開いて文面を見たその武士は、顔面が蒼白となった。
急いで館に戻った武士は、この書状を持って主の土肥実平がいる伊豆北条館へ向かった。




