三十三 間者の捕縛
十七日の夜、酉の刻に雑人の男が目覚めた。
明け方に寝入ってしまって、またこんな時刻まで寝てしまった。
……えっと、何をするんだっけかな?
そうだ、女のところに行って銭をもらって来るのだった。
……この時刻ならまだ女は北条館にいるだろう。
そう思って、男はあり合わせの飯をかっこんで北条館に向かった。
もう日はとっぷりと暮れていたが、あたりは明るい月夜になっている。
北条館まで行くと、何故か妙に静まり返っていた。
討ち入りのことはすっかり忘れていた。
建物から誰か出てくれば、そいつに頼んで台所の女を呼び出してもらうつもりでいた。
そっと門を入って、台所に近寄って内部の様子を窺っていた時、
「おい」
背後から声をかけられた。
ビクっとして振り返ると、武装した男に腕をねじり上げられて、地面に押し付けられた。
その音を聞きつけて、他の武士たちが近寄ってきた。
男を押し付けているのは、頼朝側近の安達盛長配下の者だった。
盛長が近寄ってきて問いかけた。
「いかがした?」
「はっ、館内を見回っていたところ、台所を覗く怪しい者がおりましたので、取り押さえました」
男は、台所の土間に引きずり込まれ、燈火で顔を照らされた。
「やっ、こやつは、山木館の雑人ではないか?」
集まった武士の一人から声が上がった。
「見知っておるのか?」
「はっ、確かです」
そのとたん、雑人は縛り上げられ、さるぐつわを噛まされた。
「殿が言っておられた間者とは、こやつに違いない」
その瞬間、武士たちが殺気立った。
「始末しましょう。こやつを放せば山木に漏れましょう」
雑人は目を剥いたまま、震えている。
「しばし待て」
盛長が頼朝の居室に行き、すぐに戻って来た。
「生かしておけとの仰せだ。納屋に放り込んで家人に見張らせよ」
すぐに武士の一人が雑人を引っ立てた。
その様子を台所の女が青い顔で見ていた。
頼朝は、山木館の間者を捕らえたという報告に安堵した。
……よかった。討ち入りの事は漏れていない。
そして武士たちが待機しているところへ行き、皆を見渡した。
すでにいくさ支度は万全である。
武士たちは、気迫みなぎる頼朝の表情を見て奮い立った。
「よし。者ども、山木に打ちかかれ!」
「おーっ!」
武士たちは、事前の打ち合わせ通りに二手に分かれ、北条館を出立して行った。
頼朝は、小具足を身に着け、片手に小長刀立てて、縁側からその様子を見送った。
……頼んだぞ……




