三十二 討ち入りするか否か
十七日の朝、完全に夜が明けきって、昨夜の雨がうそのように青空が広がっている。
頼朝と待機していた武士たちは、虚脱状態にあった。
さあ合戦だ、という最高の緊張状態から、討ち入り中止となって一挙に緊張が解けてしまい、体の中がもぬけの殻となってしまっている。
それでも頼朝は、気を取り直して、毎年の恒例となっている三島社への神事の奉幣を側近の安達盛長に命じて行かせた。
だが思考の方は麻痺して、次の展開を考えることができないでいた。
その時、懐島景義の使者が北条館へ飛び込んできた。
何事だ、と武士たちにざわっと殺気が走ったが、頼朝は景義からの書状で大事ないことを告げ、安心させた。
自室に入って書状を開いてみると、そこには驚くべきことが書かれてあった。
北条館が、平井久重によって監視されているかもしれない、と言うのだ。
頼朝は時政を始めとした数人の主だった武士を自室に呼んで、懐島景義の書状の内容を話した。
誰もが驚き、それとなく周囲に気を付けて、怪しいそぶりの者がいないかを注意してみることにした。
我らの動きが敵にばれてしまえば、山木館は防備を強化し、討ち入りは確実に失敗に終わるだろう。
または山木兼隆自身が逃走してしまうかもしれない。
だが、かといって武士たち全員で怪しい者を探し出すようなことをしたら、その意図を察知して、監視者はすばやく逃げ出してしまうだろう。
だから秘密裏に探し出さねばならない。
頼朝の部屋を退出した武士たちは、それとなく館の内外を注意し始めた。
十七日の昼過ぎの未の刻になって、佐々木定綱・経高・盛綱・高綱の四兄弟たちが北条館に到着した。
途中の川が、昨夜の雨のため増水して渡れなくなってしまい、討ち入りの時刻に間に合わなかったと弁解した。
頼朝は、彼らが来たら叱り飛ばしてやろうと思っていたが、彼らの疲れ切った顔と泥だらけの服を見たとたん、うれしいやら、悲しいやら、胸の中の気持ちが複雑に混じり合ってしまって、何も言葉が出てこなくなってしまった。
山木館に討ち入る戦力はようやく整ったが、これまでの計画が白紙となってしまい、新たにどうするのかを考え直さねばならなくなった。
加えて、懐島景義の書状によって、今もどこからか敵方に監視されているかもしれない、と思うと気が気でなかった。
さらに三島神事に伴うお祭りは今夜までで、夜遅くになれば山木館の武士たちもお祭りから戻ってきて、館内の守備が通常に戻ってしまう。
……どうする? どうすればよい?
頼朝は、重圧の中で脂汗を流しながら、ひたすら考えた。
……やはり今夜、討ち入りを決行しよう。ぐずぐずしてはいられない。
奇襲であるため、昼間の軍事行動はすぐさま相手に知られてしまうから、夜になってから行動を起こす。
監視者の件については、洩れていないことを祈るしかない。
頼朝は再び、時政と主だった武士たちを集め、討ち入りの段取りを説明し始めた。




