二十三 合戦準備
大庭館での景親との宴会を早々に切り上げ、渋谷館へと戻った佐々木秀義は、自室に入り、景親から聞いた内容を書状にしたためようと思ったが、事は急ぐと思い、嫡男の定綱を呼んで説明し、頼朝の元に行かせることにした。
定綱はすぐに出発し、翌八月十日、伊豆北条館の頼朝に秀義の伝言を口頭で伝えた。
頼朝は、内容を聞き取った後、定綱をねぎらい、部屋を用意させ、酒食を給するよう命じた。
定綱が退出すると急ぎ時政を呼んで、自室に入り二人で密談を始めた。
頼朝が時政に言う。
「やはり八月半ばに、ここ伊豆北条館を攻めるという噂はまことであったな」
「火のない所に煙は立たぬ、と申します。それにしても以外なのは、大庭景親が攻めてくるのではなく、太政入道殿よりご下命を受けた武士との事。一体何者でございましょうか?」
「見当もつかぬ。それともう一つ気になるのは、例の噂も景親の話も、箱根路を下って北から攻めてくると言うことじゃ」
「どの程度の軍勢かはわかりかねますが、それなりの規模であれば、三島の宿あたりで軍勢を二つに分け、本隊は南下して我が館を囲み、別隊は駿河の海沿いに進んで、口野の港を押えるつもりかもしれませぬな」
「口野の港を押えられると、海への脱出はできなくなる。すると南か東にしか移動ができなくなる。南へ行けば鎌倉から遠ざかることになるゆえ、東に行かざるを得まい。だが、敵が大軍であれば、一旦南に逃れるということも考えられる」
伊豆北条の地は、南の伊豆の山脈と、北の平野との中間に位置している。北条から南へ狩野川沿いを進めば、牧之郷に出られる。
そこは味方の工藤茂光の所領である。相手が大軍であっても渓谷を細長く行軍せねばならないため、守る方は地形を利用した防備がしやすい。
「我らは、その軍勢が到着する前に、山木に討ち入り、兼隆の首を上げ、その後に情勢を見ながら、伊豆の山を越えて東に移動するか、一旦南に向かうか、という段取りになりまするな」
「うむ。いずれにせよ、我らが立ち去った後この北条館は裸同然となる。政子や大姫は避難をさせておかねばならぬ」
「政子と大姫様は、山木へ討ち入り後に、走湯山権現の覚淵殿のところに退避させまする」
「うむ。それがよい。それで討ち入りの日取りは、八月十七日早暁でよいな?」
「三島神事に合わせて、山木館が手薄になるところに討ち入りをかけませぬと、勝つ見込みが少のうございますゆえ、それしかなかろうと存じまする。早速、お味方の武士どもに触れをかけて、十六日夜には、ここ北条館へ合戦支度の上、参集するよう書状を出しましょうぞ」
「時政、時が惜しい。別室に郎党どもを集めて書状を書かせるのだ。足りなければ字が書ける家人も使え」
頼朝には、先日集めた武士たちが、いくさの説明を聞くことができず、不満を溜めていることから、早く知らせたいという思いがあった。
「はっ、早速手配して参りまする」
「その手配の後、絵図を見ながら、山木への討ち入りの手順を決めようぞ」
頼朝は、文箱にしまってあった山木館の絵図を出してきて、自室の中央に広げ、先に検討を始めた。
時政は、別室に郎党と家人を呼んで、山木討ち入りの日と参集時刻や合戦支度を告げて書状を書かせ、分担を決めて各地の武士のところへ走らせた。
その後、頼朝の自室に戻り、密談の続きに入った。
書状が書き終わった部屋には、書き損じの紙が何枚か捨てられて残っていた。
部屋の掃除に入った台所の女は、そのうちの一枚を誰にも悟られずに懐にしまった。




