二 姉の死
平治の敗戦後、父源義朝や兄たちと東国へ落ち延びる際、父の郎党の鎌田正清が一旦、一行から離れ、しばらくして戻ってきて、父に告げた言葉に、頼朝はあやうく落馬しそうになるほどの強い衝撃を受けた。
正清は、頼朝の姉を殺してきたのである。
それは義朝の非情な命令であった。
「正清。姫を失い参らせよ」
京の六条堀河の宿所にいた姉は、やってきた正清にいくさの首尾を聞き、敗戦と知った瞬間、自分の運命を悟った。
敗軍の将である義朝の娘が、敵に見つかれば辱めを受ける。
何故正清がここに来たのか、姉は理解していた。
「正清、頼朝は無事なの?」
「はっ、ご健在にござる」
「よかった。正清、頼朝に伝えて。強く生きるのです。
妾がいつも極楽浄土から見守っている、と……」
姫はまだわずか十四歳。
健気にも持仏堂の中で静かに手を合わせている姿に、正清は刀を構えつつも涙が溢れ、動くことができない。
しかし姫に急かされ、泣く泣く命令に従った……
頼朝は、この話を聞いた時、涙が溢れて止まらなかった。
最後まで自分を心配してくれた優しい姉は、もうこの世にはいない。
いくさに負けるとはどういうことなのか、心の激痛をもって理解した。
頼朝三歳の時に乳母からもらった小さな銀の正観音像が、何故か亡くなった姉と面差しがよく似ていた。
観音様がいつでも頼朝を守ってくれますよう、乳母は毎朝、髪を結いながら、髻の中にそれを忍ばせ、丁寧に烏帽子を被せて、傍から見ても気づかれぬようにしてくれたものだ。
正観音像を見るたびに姉を思い出し、いつしかいくさを忌避するようになった。
……いくさは勝たねばならない。
負ければまた悲しい思いをせねばならぬ。
しかし自分は、父や兄のような強さは持ち合わせていない。
……自分は源氏の棟梁としての期待には応えられない……




