十八 ある噂
二人は、平氏方が本格的に準備を整えて攻撃を開始する前に挙兵したいと考えている。
現在、頼朝方が伊豆・西相模と三浦・千葉に分断されている状況では、挙兵が十月以降になると、個別撃破される可能性が高くなる。
だから敵側の準備が整う前に挙兵し、すばやく鎌倉入りを果たしたいと考えているのだ。
鎌倉に向かう途中で攻撃される可能性もあるので、挙兵時には三浦・千葉を伊豆方面に進軍させ、敵の背後を衝かせる準備をしておく。
要害の地である鎌倉にさえ入ってしまえばしめたもので、そこから改めて関東の源氏に檄を飛ばして早期参入を促す。
味方の軍勢が大きくなれば、本格的な平氏方の侵攻にも耐えられる。
山木館の絵図を見ながら、これから討ち入りの手順を決めようとした時、館の前の道を数人がばたばたと走ってゆく足音がした。
「今日は、なにやら騒がしゅうございますな。ちょっと様子を見て参ります」
と言って時政が表に出て行った。
少しして再び戻って来た時政は慌てていた。
「佐殿。このすぐ近くの四日の市で、大きな噂になっていることがあるそうで、それが何と武蔵相模の平氏方がここ北条に攻めてくるとの由にございます」
「その噂、確かなのか?」
「台所の者の言うには、何やら三島の宿から伝わって来たとか。三島の宿ならば街道が通っておりますゆえ、関東から西にのぼる商人どもからの見聞かもしれませぬ」
「なるほど。東海道を通ってきた者どもが、それを伝えたとするなら、その噂は嘘ではなさそうじゃの。して攻めてくるのはいつごろと申しておる? 来月あたりか?」
「さにあらず。八月の半ばには攻めてくると申しております」
「八月半ばじゃと。それは……まずいの」
頼朝が顎のあたりをしきりに撫で始めた。
時政は頼朝の歯痛がまた始まったことに気がついた。
「佐殿。歯痛ですかな?」
「うむ。ひどくはないのだが時々少し痛むのだ。だがよい薬を持っているゆえ大事ない」
と言って文机の横に置いてある小さな箱の中から経口薬を取り出した。
時政が台所の方に向かって言った。
「誰かある」
すぐに家人がやってきて廊下に膝をついた。
「佐殿が薬を飲まれるゆえ、水を持て」
家人が下がり、台所の女がお椀に水を持ってきた。
時政がそれを受け取ると頼朝に渡した。
女は下がる際に、廊下からすばやく部屋の中央に広げてある絵図を一瞥した。
頼朝と時政は、女に絵図を見られたことに気が付かなかった。




