十二 頼朝と景親の策動
数日後、懐島景義から、頼朝に書状が届いた。
京にいる景親が、弟の俣野景久に指示して、相模・武蔵の武士たちに近々動員令が下った際、平氏に味方するよう説得させているらしい。
――頼朝は朝敵。平氏にお味方すれば恩賞は手厚いですぞ。
……すでに景親は動き出している。
京の宇治合戦の残党狩りが終結すれば、景親は近いうちに相模に戻ってくるだろう。
しかし帰国する前に、早くも平氏に味方する武士を確保しようと動き始めているのだ。
おそらく平氏凋落のうわさに関東武士が動揺し、頼朝に与するものが増える前に手を打ってきたと判断できる。
……それなら我が方も速やかに対抗しよう。
以仁王の令旨を前面に押し出して、源氏累代の御家人を説得する。
武士が最も嫌うのは、名分のない戦いである。
特に朝敵扱いされるのを嫌う。
武士らは、朝廷や天皇の権威を絶対視しており、どんな理由があろうとも、それに弓を引いてはならないと信じている。
それならこちらには、後白河法皇の第二皇子である以仁王の令旨がある。
名分勝負では景親方とは互角だ。
……負けてなるものか。
六月二十四日、頼朝はついに平氏追討を宣言、源氏累代の御家人に書状を送り、檄を飛ばした。
六月末、京の初夏はとても暑い。
都は、貴族や各地から集まった武士、それに付き従う郎党や家人、さまざまなものを売り歩く商人や農作物を運ぶ農民などで、いつもごった返している。
商人の振り売りの声や郎党家人の罵り合い、京童の甲高い声など四六時中喧騒に包まれ、静寂なのは深夜に限られる。
宇治合戦の残党狩りが終息していくと、都のあちこちにたむろするようになった関東武士は、京の美酒と京女の雅に夢中になった。
その下品な姿を明らかに蔑んでいる貴族や平氏の人々を見るにつけ、景親は早く帰国したいと願っていた。
六月の初めに弟の俣野景久に送った書状の返書によると、相模・武蔵の武士たちの説得は、順調に進んでいるとのことであった。
それと、伊豆北条の東隣の平井郷を領地にしている武士の平井久重に、北条館の監視を依頼した。
久重が、北条館の台所にいる女と深い仲になっている山木館の雑人を買収し、女を通じて情報を得る工作が進行中であることも記されていた。雑人とは下級役人のことである。
山木館は、伊豆国目代の山木兼隆の居館で、同じ平氏方であるが、気心がしれないので接触はしていない。
むしろ工作が露見した時に、頼朝方は兼隆の差し金だと思うだろうから、こちらとしては都合が良い。
……ほほう。景久もなかなかやるな。うまくすれば頼朝方の動きがすべて筒抜けになる。
景親はほくそ笑んだ。
さらに思考を重ねる。
……頼朝のことをもっと知りたい。敵となった相手を知ることは兵法の基本。性格や好み、考え方、私生活のことなど洗いざらいを知りたい。
これらを知っている身近な人物としては兄の懐島景義がいるが、すでに頼朝方にあり聞ける状況にない。
……何とか知る方法がないものか?
なるべく頼朝の身近にいる人物で、こちらの素性を悟られないようにして聞き出す方法がないものか?
景義はある具体策を案出し、にんまりした。
……よし、帰国したらさっそく試してみよう……




