十一 頼朝の決意
――恵まれたお味方と、殿の優れたお知恵、これこそが殿の最大の強みであると考えまする。
頼朝は、懐島景義との会話を何度も反芻している。
平治の敗戦で姉が殺されて以来、いくさに対する思考を一方的に忌避し、保元・平治の合戦をこれまで冷静に分析できずにいた。
今、頼朝は自分の胸の内の蓋をこじ開けて、新たな視点からそれを見つめ直そうとしていた。
……保元のいくさは勝利したが、平治のいくさでは完敗した。
なぜ負けた? 何が悪かったのだ?
頼朝は、平治のいくさの際は十三歳であったから、ただ父や兄に従うしかなかった。
しかし当時のさまざまな状況を思い返すにつれ、父義朝の行動に疑問を持った。
保元のいくさの後、父義朝は、自身が正五位下左馬頭兼下野守に任官しただけなのに、その後、信西と組んだ平清盛やその子息が、軒並み国守となって累進してゆく姿を見て、悔しくて妬ましかったのだ。
父は強欲な人だった。
関東では、その強欲さをいかんなく発揮して、周囲を切り伏せて勢力を拡大したが、都ではそう簡単にはいかない。
そして平治のいくさでの父の最大の失敗は、あまりに清盛を敵対視しすぎて目が眩み、何の能もない藤原信頼という大不覚人と組んでしまったことだ。
官位の上では、いくさ素人の信頼に従わざるを得ない。
当初優勢だった戦いを、信頼の愚かな判断であっという間に逆転され、敗戦に追い込まれてしまったのだ。
頼朝は、平治の敗戦の真の原因は、父義朝の強欲さにあったと結論付けた。
強すぎる欲望は、人から冷静な判断を奪ってしまう。
……自分は、亡き父と違う道を模索してみよう。
強欲ではなく信義によって、強要で動員した脆弱な味方でなく、心の絆で結びついた味方によって、新たな頼朝与党を作り上げる。
これによって源氏の棟梁としての期待に応え、いくさに勝つ。
……うむ!
そう思うと、胸にあったわだかまりが解けていくような気がする。
これまでの弱気な自分を改め、今迫りつつある状況に全力で対処しようと思った。
頼朝は、烏帽子を脱いで、髻の中にいつも隠し持っている正観音像を文机の上に立て、静かに手を合わせた。
……姉上、この頼朝をお守りくだされ。




