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第一話 さようなら、日本

 「―――ロ」


 何とも表現しがたいふわふわとしたまどろみの中、ふとかすかだが、誰かの声が聞こえてくる。


「――キロ!」


 俺にとって聞き覚えのない声だ。雑音がなにかが混じっている上に声も小さい為、はっきりとは聞き取りづらい。


「オキロ!」


 と、突然声が大きく鮮明になる。声の主に心当たりはない。いったい誰なんだ?


「おい、いい加減起きろ!」


 え?

 先ほどまで聞こえていた聞き覚えのない声が突然とても聞き慣れた声に変わり、俺が起き上がってみると、そこには見慣れた光景があった。

 何の変哲もないただの日常。いつもどおりの、退屈な授業中の教室。

 隣には、呆れた顔で俺を見下ろす先生の姿があった。


「給食の後だから眠いのは分かるが、ちゃんと授業聞いとけよ。」


 ……そうだ。俺は居眠りしていたんだ。そう自己解決するが、そんな先生の言葉も一瞬にして右から左へと流れていった。

 そんなことより、である。先ほど見た夢の中の声が気になった。ただの夢のはずが、不思議とどうにも既視感がある。

 …………まあ、所詮ただの夢。正夢や予知夢という可能性もあるが、脳が見せた幻覚のようなものだ。深く考えないことにしよう。


 そして、待ちに待った放課後。今日は部活が無かったので、久しぶりに二人の幼馴染と下校している。

 須見(すみ)奏太(そうた)と、瀧野(たきの)瀬奈(せな)。二人とも幼稚園からの付き合いで、俺を含め大の仲良し三人組。

 おっと、自己紹介がまだだったか。俺は井上(いのうえ)蒼空(そら)。運動も勉強もそこそこの、どこにでもいそうな何の変哲もない中学三年生だ。

 毎日毎日、眠い中登校し、授業を受け、部活をし、下校する。そんな、変化のない平々凡々な日々。正直俺はそんな日々にうんざりしていた。

 近々テストも控えていて、最近追い込みの時期だから一層疲労がたまっている。

 でも、今日は久しぶりに楽しい日だ。幼馴染の二人と話しながら帰れるんだから。


 「あそこのカフェ、新メニュー出したんだって。

友達に聞いたんだけど、そのパンケーキが滅茶苦茶ふわふわで美味しいらしいよ。」

「へ〜。俺はあそこのカフェたまに行くけど、飲み物しか買わないからあんまり気にしなかったな。」

「バナナジュース美味しいよな。」

「そうそう!あのバナナのクリーミーでとろける感じ!あー、想像したらまた飲みたくなってきた。明日でも一緒に行こうぜ。」

「いいよ。」

「ええー。私も行きたい!」


 そんな他愛もない話だが、三人で話しながら帰るだけでも充分嬉しい。

 中学生らしい話を歩きながら楽しくわいわいと話す。テストのことや、部活のこと。最近の学校内の話題や、恋バナも。

 ――――でも、そんな楽しいひと時は、一瞬で絶望に変わった。

 俺の左前、いつも交通量が多い国道から迫ってきた物があった。

 車線を大幅に外れた大型トラック。

 それが目の前まで迫ってくる。反射的に身を逸らそうとする中、俺は「運転手何してんだ!」と思って運転席に目をやる。

 一瞬だけ見えたのは、運転手はハンドルに突っ伏し微動だにしない様子。

 この状況で起きていないということは、居眠りか気絶かわからないが、要するに操作不能のトラックなのだ。

 このままだと轢かれる!避けないと!と、俺の本能が激しく警鐘を鳴らす。

 が、反射的にとった行動は自分の意とは反していた。

 俺は、とっさに横にいた二人を歩道の奥(セーフティーゾーン)へ押しのけ、脊髄反射で自分の身を犠牲にしたのだ。

 ドゴンという大きく鈍い音とともに、身体全体を駆け巡る鋭い痛み。

 暫くして熱さが全身を巡る頃、俺はやっと自分がトラックに轢かれた事を理解した。辺りには血溜まりができ、塀などには広範囲に血が飛び散っている。

 身体を一ミリも動かすことができない。無理して動かそうものなら、たちまち激痛が脳を突き抜ける。

 傍からみればグロいだろう。でも、今の俺は生きようとすることに精一杯だった。

 必死に酸素を貪るが、肺が傷ついているようで呼吸するたびに鋭い痛みを感じる。

 ふと目を開けると、目の前には俺の手を握りながら涙をこぼすセナがいた。


「ソラくん……お願い!死なないで!しっかりして!」


 今にも感情が溢れてしまいそうなセナの声。


「誰か!救急車を呼んでください!おい!ソラ!大丈夫か!今救急車呼んだから!」


 慌てふためくソウタの声。

 沢山の血が流れ、身体が寒くなってくる。もう脳も機能しなくなってきたようだ。視界が白く狭窄し、意識がだんだんと薄れ始める。焼け付くような熱さだけが脳を支配して、他のことなんて考える余裕はなかった。


「お……い!誰か!ソ……んを助け…!」

「しっか……るんだ!死……じゃない!」


 どんどん辺りの音がかすれていく。酸欠。血が足りない。

 ああ、俺は死ぬのか。

 目の前のセナの瞳からは涙が溢れ出し、ソウタは身体を揺さぶってくるので視界が揺れる。

 でも、二人には怪我は無さそうだった。セナとソウタが無事でよかった――――

 そうして意識が闇に沈む直前、アナウンスのような、若干楽しそうな口調の女性の声が聞こえた。


《おめでとう。スキル【諸行無常】、【千里眼】を獲得しました》


 それがどういう意味か、死にかけの俺には理解する余裕が無かった。


◀ ◇ ▶


 「――――ロ」


 何か聞こえる。右も左も分からない真っ暗闇の中、まるで脳に直接語りかけるかのようにガンガンと響く低音ボイス。

 ふと先程の光景を思い出した。まるでフィルムに焼き付いたかのようにフラッシュバックする、血に染まった光景。あの後、俺はどうなったんだ?


「――キロ!」


 段々と聴覚が戻ってきたようだ。より鮮明に聞こえてくるその声は、なんだか何処かで聞いたようなデジャヴに襲われる。

 俺の意識はある。それに声が聞こえるということは、俺はまだ生きてるということだろう。


「オキロ!」


 はっきりと頭に響く声。

 相変わらず感覚はほとんどないが、病院か?良かった、助かったのか。

 そう安心したのも束の間、薄っすらと感覚が戻りつつあった俺がゆっくりと目を開けると、そこは明らかに病院と呼べる場所ではなかった。

 辺り一面岩だらけ。なぜか淡く光るクリスタルがあちこちにある。

 ―――洞窟?と、真っ先に思ったほどだ。背中の感触も戻って来るが、幻覚などではなくしっかりとした岩そのものだった。僅かに湿った、硬く冷たい岩。

 それに加え、目の前に浮かんでいるのは紫の小さな雲。後頭部がズキズキと痛いが、事故当時の怪我や痛みはない。


 ―――一体どうなっているんだ?


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