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第二十八話 真の虐殺

 ―――あれから、王国軍の数の優位性はいとも簡単に崩落した。

 僅か一時間で内部の犠牲者は七十万人にも上り、送り込んだ軍勢の半分以上がその命を刈り取られていった計算になる。

 その虐殺劇の立役者が、ソラであった。たった数種類の魔法だけで臨機応変な戦い方をし、時には核撃魔法で広範囲一帯を焼き尽くす荒業も見せたほど、異世界に来て七カ月での成長とは思えないほどに魔法というものを上手く操っていた。

 ソラの攻撃により死んだ者たちは、およそ二十五万。そのうちの十万程の兵士の遺体は残っていない。

 他のメンバーも奮闘した。ノアにより空間ごとその存在を消された者たちは十万人、リュナの大規模スキルにより魂だけを抜き取られた者たちは六万人、ヒナタの光の乱舞によって出た犠牲者は二万人と、錚々たる強さの顔ぶれが暴れ散らしていた。

 更に、ソラに合流しようと突き進むリースとリオンもただならぬ数の敵を虐殺していたのだ。

 その数、およそ二十七万人。大半はリオンが濃密な覇気により剣すら使うこと無く殺した弱者たちだったが、たまにいる銃器を所持した一つ格上の兵士たちは、リースの目にも留まらぬ華麗で痛快な剣技を目の当たりにしたとき、もう既にこの世にいなかった。

 その後も、着々と死者は増え続けている。

 だが側近の兵士からその旨の報告を受けたアサヒは、1ミリの焦りも感じていなかった。


「―――犠牲者は七十万人ほどかと」

「そうか」

「もう既に半数しかおりません、このままだと危険かと」

「いや、このままだ。このまま戦い続けて。」

「ですが―――」

「何」

「い、いえ、なんでもございません……」


 先ほどと何ら変わらぬ表情で、軍に指示を出す。その心境も、外見通り何も感じていなかった。

 七十万の配下の将兵が死んだというのに、アサヒの心は動じない。

 その理由は、彼女の二つ名が明確に表していた。

 “虐殺”。書いて字の如く、殺戮を繰り返し多くの命を奪う行為である。

 彼女は人の死に慣れすぎた。西側諸国で絶えない紛争や、ディスタグモス大森林の調査でも、彼女はあまりに多くの人の死を目にしてきた。

 前世でも、彼女の周りには人の死がつきまとっていたものだ。

 死を目の当たりにしていただけでなく、政争や地位競争等でたくさんの強者をその手で葬ってきた。

 その末に、人の死に関して何も感じなくなってしまったのだ。

 ただ、アサヒの心は徐々に苛立っていた。部下たちを殺されたことではない。ソラがアサヒの想像を超えてきていたからだ。

 アサヒの思考は既に異常を来たしていた。自分より多く人を殺したものが、羨ましく思えてきたのだ。それはある種の嫉妬に近い、とても強大な思い。それこそが彼女を凶行に走らせていたのだ。

 ある日突然アサヒがこの世界に召喚されてから、十六年が経過していた。

 その間に彼女が殺した者は三十五万、死に立ち会ったものは六十二万人に上る。

 ソラが殺した人数は、彼女が十六年かけて殺した人数に早くも到達しようとしていた。

 勿論全体の犠牲者だけでは、アサヒにはソラが実際に殺した人数を推し量ることは出来ない。

 それでも、全体の犠牲者が彼女が死を見た人数を越えていることに対し、強い嫉妬心を燃やしていたのだ。


(そうだ、そう。私は“虐殺”、諸星アサヒ。私より人を殺す人間なんて、存在しちゃいけない。私こそが、人の死を貪るものなのだから。

師匠もそう言ってた。姉さんを殺すためには、魂から得られる力を生かせねばならない、と。)


 アサヒは真っ直ぐ、門の向こう側を見透かすかのように城門を睨みつけていた。

 左手は、腰に差してある剣の柄を強く握りしめている。彼女の師匠と同じ癖だ。


「姉さん、今私が―――」


 虚空のような黒い瞳に怒りと死への渇望を滾らせながら、小さいながらも強い意志の籠もった声で喉を震わせた。


「―――殺しに行くから。」


◀ ◇ ▶


 そして、虐殺者同士の決戦が始まった。

 あれから三十分。新たに二十万人の犠牲者が出て、王都内に残っている兵力は二十万、周囲を十万が取り囲んでいる。

 だが、アサヒが出した決断―――それは、全兵力を持ってソラたちを潰すことだ。当然その中には、アサヒ自身も含まれている。

 もうすぐ三十万の軍勢が隠していた力を全開放する。事前に用意していた音速を超える新兵器や、五人に一人の兵士に銃器を持たせていた。

 十六方位から放たれる、理不尽なほどの力の砲撃。

 すぐその地獄絵図が広がることになろうとは、ソラたちは全く想像していなかったのだ。


 一方ソラたちは、やっとの思いでリースとリオンと合流していた。

 リースがその力を存分に振るったことも、リオンの権能が昇華していたのも。

 それに加えノアとリュナ、メイド三人組と精霊王二人とも合流。そこから十六人での活動になるのだが、ソラの中のタルタロスがすぐさま警鐘を鳴らした。


《今すぐ逃げて!何か来てる!》


 その直後だった。王都を円形に囲む城壁の向こう側、城門の四カ所とその間の十二カ所、合計十六カ所から目にも留まらぬ速さの砲弾が飛んできたのだ。

 タルタロスを除く誰も感知できなかった。気づいた時には、もう遅い。

 空気抵抗や重力を完全無視したプラズマの砲弾が、現在ソラたちが付近にいる王城めがけて発射された。 

 その時だった。マッハを超えるスピードの砲弾が豪奢で巨大な白亜の城に着弾するほんの一瞬前、世界はその鼓動を止めた。


 刹那の出来事だった。ソラの百倍に引き延ばされた時間でも、僅かにしか感じ取ることしかできなかった瞬間。

 その瞬間に、精霊たちの本質を見せつけられることとなった。

 世界の鼓動が停止した僅かな時間、動いたのは三人だった。ヒナタ、メイ、クロノである。

 ヒナタの【熱操作】により、大気中の熱を操ってプラズマ砲弾を相殺。砲弾の周囲だけを超低温に変えることで、元の鉛の砲弾に刻まれた術式を強制的に破壊したのだ。

 更にメイは、【範囲削除(デリート)】の上位互換である【無限魂喰領域(ムジヒナルヒカリ)】を発動。生存者二十万人、そして街の外の十万人の魂をたちまち刈り取った。兵士たちの胸から水色の光の玉が抜き出され、暫く上空に浮いたあとソラの杖のクリスタルへと吸収されていく。

 終いに、クロノは属性固有スキル【時空瞬操(タイムトリガー)】を解除し、鼓動は再び鳴り始める。

彼のスキルは身体への負担がとても大きく、一秒の百分の一でもその存在に大きく影響を及ぼす諸刃の剣なのだった。

 幸いにもタルタロスの警告がコンマ一秒早かったお陰で、欠員が出ること無くその場を凌ぎきれた。

 ソラ――すなわちタルタロスと繋がっている三人は、ソラより先にその警鐘を感じ取り、意思疎通なしに完璧なチームワークを発揮。見事に、危機を取り除いてみせたのだった。


 ソラたちは今何が起こったのか、状況をつかめていなかった。

 青い稲妻がほとばしる砲弾が十六カ所から飛んできたと思いきや、突然消滅したと同時に兵が全員死んだのだから。


「…………」

「え、何が起こったの?」

「今、外から攻撃がありましたよね」

「なんだか時が止まったような……」

「あり得るの?そんなこと」


 ソラは、なんとなく状況を察していた。明確な根拠は無いものの、自身の杖から溢れ出す膨大な力と一瞬だけ見えた景色から、タルタロスあたりが何かしたのだろうと思っていた。


《私何もしてないけどね……》

(え?じゃあ誰が?)

《そこの、精霊王たち。》

(ヒナタたちが?)

《うん。一つ一つ説明すると長いんだけど―――》


 というふうに、時が止まっていても認識が可能だったタルタロスが、傍観した結果をソラに説明し始めた。

 ある程度理解したソラが、過程を端折ってヒナタたちが防いだ旨を皆に説明。ざっくりとした説明ながらも納得してもらったところで、これからどうしようかと考え始めた、その時。

 一つの膨大な覇気を、その場の全員が感知。

 北門に存在する、怒りを含んだ闘気。ただならぬ殺気を感じ取った瞬間に、素早く動けた者全員が無意識にそちらの方向へと進もうとしていたのだった。


 数分後、一行は最後の将軍と相まみえた。


 “十戒”のナンバーシックス、“虐殺”のアサヒ。死への執着が凄まじいことから組織では有名であり、また一番人間の死を目の当たりにしてきたのも他ならぬ彼女だった。

 その本質は『凶気』。権能により生命体の思考を無理矢理捻じ曲げ、一時的だが凶暴化させられる。

 同時にそれは自分にも適用されるため、リミッターを外し暴れることも可能なのだった。

 ただ、彼女にとって目の前で警戒心を剥き出しにしているソラたちは、看過できない存在だった。

 何故なら、権能が効かないのだ。まるで何かに阻まれているかのように、深層心理どころか表層心理にすら到達できない。

 まだアサヒには剣を使う手があるが、その手段が最早絶望的だということは本人も悟っていた。多勢に無勢。いくら精度も攻撃力も高い攻撃を放ったところで、精々一人葬るのがやっとだろうと。

 百二十万の兵士を二時間足らずで殺したことから、ソラたちがただの強者ではないことは重々に承知していた。

 何をしても、勝利の道は薄い。ならばと、アサヒは最後の道を選択した。


(こうなったら、憎き姉さんだけでも殺してやる。)


 アサヒは剣を抜いた。それを見てソラたちも迎撃態勢をとるが、一人だけゆっくりと前に出てきたものがいた。

 アサヒの姉、ヨツキだった。

 後ろでは、予想もできなかったヨツキの行動にソラたちは目を丸くし、何かを言いかけたがヨツキが手で制した。


 「―――久しぶり、アサヒ。」

「―――姉さん……」

「騎士になれたのね。良かった。」

「………」

「私はね、冒険者を捨てて騎士の道を選んだアサヒが心配で―――」


 直後、カキーンと、ヨツキの言葉を遮るかのように甲高い金属音が木霊した。

 アサヒが涙を流しながら、怒りと恨み、憎しみを込めた全身全霊の一撃を放ったのだ。

 右手に握られた一見鉄製の剣は、左側から大きく弧を描きヨツキの首を捉えていた。

 勿論、常人には視認すらできないほどのスピードである。

 勝った―――と、アサヒは確信した。両目から溢れた涙は頬を伝い、感情を押し殺すために歯を食いしばっている。

 アサヒが振った、渾身の一撃。それはヨツキの首に狙い通りの軌道で向かっていき―――受け止められた。

 ヨツキがいつの間にか右手に携えていた直刀が、彼女の首に剣が到達する直前に刃を受け止めていた。

 両者の剣の刃は、力の押し合いのため細かく震えカチャカチャと音が鳴る。


「―――やっぱり、攻撃しようとしてきた。」

「―――っ!」

「アサヒが私のことを憎んでいるのは、もうずっと前から分かってた。才能がある、私のことを」

「だから……っ!だから何だって言うのっ!」

「だから!」


 癇癪にも似たアサヒの金切り声は、彼女の感情がついに決壊してしまったことを示していた。目からは大粒の涙があふれ、それでもその目はヨツキを睨んでいる。

 だがその悲痛な叫びを掻き消すようにして、ヨツキが普段の態度とは似ても似つかない強い口調で遮った。


「言ったでしょう、私たちは二人で一つだと。アサヒの意志を尊重したけれど、本当は一緒に冒険者をして面白おかしく暮らしたかった。もう、アサヒに悲しい思いをさせたくなかったの」


 振り絞るように、胸の内を明かすヨツキ。

 涙が溜まった目を見開いて、アサヒは首を横に振る。


「嘘だ!そんなの、そんなの思ったことないくせに!」

「嘘じゃない!同じパーティになれば、アサヒが独りぼっちになることもなかった。それに、私と比較されることもなかったはず。

でも、それを拒んだのはアサヒでしょう?あなたが、私と歩む道を絶ったのよ…?」

「………」


 それを聞き、黙り込んで大粒の涙を流し続けるアサヒ。

 まるで否定したいかのように暫く小さく首を横に振っていたが、やがて感情の決壊がピークを迎えたのかアサヒの腹の底でわだかまっていたたくさんの感情が一気に溢れ出した。


「ああああああああああああっ!あああああああああああああっ………」


 ヨツキの胸に縋りつき、声の限り泣いた。今までの孤独を、負の感情とともに涙が押し流していく。

 ヨツキはそんなアサヒを抱きしめ、優しく頭を撫でていた。

 一度裂けた姉妹間の絆は、こうして再び結ばれることとなったのだ。



連続投稿三話目!

果たしてお楽しみいただけているでしょうか?


次回第二十九話はエピローグ!

十九時投稿です!お楽しみに!

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