第二十七話 戦の絶望と窮地の希望
プロタ王国の王女リース・モーガンは、子供ながらに卓越した技量の持ち主であった。
リースと同じく街に閉じ込められ、軍勢に攻め込まれるのを待つか、自ら戦いに出て討ち死にするか、ほとんどの国王たちにはその選択肢しか無かった。
だが、リースは違った。たちまち街にあふれかえる鎧たちの姿を見て、すぐに護衛の近衛を召集。世界会議に大軍は連れていけないが、四人の精鋭がリースの下に集った。
一人目、リースの側近であり、もう一人の側近アーチボルド亡き後、粉骨砕身の思いでリースに仕えている従者、グレース。
彼女は王城にてソラのパーティの女性三人に完膚無きまでに叩き潰された後、それを教訓として毎日厳しい訓練に打ち込んでいた。
その成果か、今では並みの剣士を圧倒できるほどの力量と剣技を会得。国の名に恥じない立派な一人の女騎士として成長した。
二人目と三人目は、リースの祖父が二十数年前に拾った孤児である。祖父のアルバス・モーガンに拾われた二人は、アーチボルドに厳しい指導を課され、二十数年経った今は既に冒険者として活動をしていた。
彼らは遥々アクロから王都を訪れ、リースの護衛として共にテロスの王都へと向かった。技量ではリースに並ぶくらいだが、二人とも剣に対する熱意は人並み外れている。
その名をゼノン・レイ、カイ・ランドールと言った。
四人目は、プロタ王国が誇る最強の剣士である。一応冒険者という立場ではあるが、魔王軍征討や魔王討伐等の名声は留まるところを知らない。
だが本人は自らの力を不甲斐なく思っており、暴走したソラを止められなかったこと、そしてカマエルに殺されそうになったことを悔やんでいた。
一ヶ月の猶予の間に限界ギリギリの鍛錬を寝る間も惜しんで積んだ。その結果ユニークスキル【一刀両断】は神之権能【真剣之神】に昇華。最早血反吐を吐くのが当然のような辛く苦しい鍛錬の末、神域に至ったのだった。
“剣聖”、リオン・ウィルト。神の領域に踏み込んだ彼の出現により、敵の命は風前の灯火であった。
その四人だけでも、十分に心強かったことだろう。だが、戦場は質ではなく数が物を言う。押し寄せる総勢二十万もの軍を前に、グレース、ゼノン、カイの三人は大敗を覚悟した。
自らの命を賭してでも、主を守る。純粋な忠誠心から来たその願いは、主に届くことはなかった。
何故ならば―――守るべき主こそ、彼らの力を凌駕する強者だったからだ。
リース・モーガン。この混沌とした時代に生まれし鬼才であり、天の申し子である。
ユニークスキル【新進気鋭】。自分の感情により、剣の腕が強化される感情系のスキルだ。怒りに満ちていたり、調子がいいと感じていたりすると感情の高ぶりに比例してどんどんと強さも上昇していく。反対に、落ち込んでいたり乗り気ではないときは十分に発揮できない。
彼女が五歳の時に不意に手にしたこの権能を、リース自身さほど上手く扱えていなかった。
本人も落ち込みやすい気質のため、最大限の力を引き出すことができていなかったのだ。
ただ、彼女は二つの柱を得た。
アーチボルドの死による絶望、そして彼女の希望であるソラの存在である。
全く対になる感情だが、それが彼女の心の内の感情の操作を補助し、結果的に強くなる度に【新進気鋭】の力を引き出すことに成功していた。
リース自身も、忙しい公務の合間を縫って鍛錬を積んでいた。
毎日毎日、訓練場での三時間の自主練は欠かさなかった。ひたすらに剣を振り、手のマメが潰れるほど、一時脱水症状で倒れかけるほどに一所懸命になっていたのだ。
更にリースには、神器『天叢雲剣』がある。代々プロタ家に伝わる家宝であり、モーガン家が受け継いだ後は当主がそれを所有するという取り決めがある。
この天叢雲剣――リースが呼ぶムラクモ――は、自我を持っている。複雑な思考はできないが、己が認めた主の命令を遂行するという使命が、かの剣にはあった。
スキルを我が物にし、希望と絶望を糧に成長したリース。そしてその手に握られているのは、三百五十年もの間主の身を守ってきた名剣であるムラクモが握られていた。
まさに、鬼に金棒。神の力を手にしたリオンといえど、リースから止めどなく溢れ出る好奇のオーラに圧倒されてしまう。
「奥義――空斬――鎌鼬」
リースの横一文字の一撃により、斬撃に触れたものは勿論のことその後ろにいた者たちでさえ、空間ごと斬り裂く奥義【鎌鼬】に耐えることはできなかった。
たちまち敵兵たちの胴は上半身と下半身に分断され、その一振りでおよそ千五百人が絶命。かろうじて死ななかった者たちも、瀕死の重傷を負うことに。
一瞬怯んだ兵士たちだったが、何かに駆られているかのように捨て身で特攻を試みてくる。
リースの誤算はここからだった。彼女の戦術教育では、人間仲間の無惨な死を目にすると恐怖が身体を突き動かす。その際本能的に逃走を選ぶ―――というのが、リースの一般知識だった。ただ、その話には続きがあったのだ。
ただ、恐怖に支配された人間は生存本能のタガが外れて突進してくることもある―――と。
リースはそこを忘れていた。それに、奥義【鎌鼬】は何度も連発できるような技ではない。他にも使える奥義はあるにはあるが、他の奥義を放った直後、そして位置関係と体勢から使用するのは不可能だった。
未だ迎賓館を取り囲む二十万の軍に、リースが勝てるはずもない。彼女はひたすらに耐え、その後も合計三千ほどの将兵を討ち取るが、いくらユニークスキルがあるとは言えまだ子供。限界というものは到来するのが早かった。
だが、ここで真打ち登場。
そう、リースの気配に気圧されて情けないながらに傍観しか出来ていなかったリオンが、動き出したのだ。
神器『アスカロン』を地面に突き刺し、自らの身体から濃密且つ練り上げられた覇気を解き放つ。
「リース陛下には――指一本触れさせない」
リオンの身体から解き放たれた赤と黄色の斑のオーラは、たちまち半分の軍を覆い尽くした。
そして前線部隊は―――一瞬にして壊滅。その全員が、凄まじいほどの闘気に当てられ死亡したのだ。
目、口、鼻、耳、全身の血管が弾け飛び、穴という穴から大量のドロッとした血液を噴射し、一瞬のうちにして命を刈り取られた。
辺りには血溜まりができ、範囲内にいた敵兵は全員が死亡。味方の兵は、リオンが事前に【真剣之神】の対象に置いていた者以外の十数名が死亡。
十万の将兵の命を握りつぶしたリオンは、威嚇の意味も兼ねて普段の態度とは似つかわしくない威圧感で兵たちを一瞥した。
「死にたくなければ―――今すぐここから立ち去り、陛下の命を狙おうなどという愚行をしないことだ。」
十分な決め手となったその警告は、大半の兵士の退却の理由にもなった。
だが目の前で仲間が十万も死んだというのに、分を弁えずリオンに攻撃を仕掛けてきた兵が何人かいたのだ。
それは全員がリオンの見慣れぬ武器を所持しており、筒状になっている先端をリオンに一斉に向けた。彼らが持っていたのは、ハンドガンやライフル等の銃器である。
だが、その銃口から鉛の弾丸が発射される直前、攻撃する前にリースの餌食となったのだ。
「奥義――月斬――陽炎」
一振りの三日月型の斬撃は、僅かな炎と超高温の熱が籠もっていた。
当然、当たれば無事では済まない。
ハンドガンやライフル程度で防げるわけがなく、案の定愚かな兵士たちは灼熱の斬撃に焼かれ、熱さを感じる前に命を散らしたのだった。
死亡十一万、逃走九万。迎賓館を取り囲む二十万の大軍は半数以上が死亡、理不尽なほどの強さを目の前に突きつけられて、生き残りたちは全員敗走した。
彼らが逃げ切り、無事に生き残るという保証は無いが。
リースがその本領を発揮し始める少し前、揺れとそれに伴う爆音が辺りを包みこんだのだ。
遠く、恐らく東側の王都の市街地で、二つの火炎の半球が轟々と音を響かせながら燃え盛るのをその場の全員が目にしていた。
それを見てリオンが僅かに口角を上げたところを、リースは見逃さなかったのだ。
「―――陛下」
「それじゃあ、ソラ兄と合流しよう。」
「―――そうですね。」
何故リースがこの街にソラがいることを知っているのか、突然リースの口から出てきたその名を聞いて面食らったリオンだが、一瞬の間に理解できた。
理由は定かではないが、やはり二人の間には何かあるのだと、何の根拠もないリオンの直感がそう示していたのだ。
「ありがとう、リオンがいなければ今頃私たちは――」
「礼には及びません。これこそ、僕の果たすべき役目なんですから。」
二人は迎賓館の奥に避難していた各国の王たちの安全、そしてグレース含む三人の怪我の様子を確認してから、火球が現れていた方向に向けて出発したのだった。
王の中にも、自衛ができるものはいる。デントロのシモスや、ディナスティアのキリベニシ等が良い例だ。
西側諸国の貴族特有の傲慢で狡猾な王たちは、多少の武術は心得ているものの当然この場にいる者たちの足元にも及ばない強さである。そんな王たちは、後にあとに残されたグレースたちが警護に付き、いつまた来るかも分からない襲撃に備えて万全の警備をしていた。
―――ただ、その場からロア姫の姿がこつ然と消えていたのだった。
連続投稿二話目!
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