第二十五話 王都包囲網迎撃戦
ここはテロス王国の中心からやや南東に位置する、王都。円形の広大な範囲を囲む城壁の向こうでは、この街にいた全ての住民たち、そして魔法で姿を隠していた軍勢が、街を取り囲んでいた。
その軍の数、およそ百二十万。テロス王国の国境警備を除くほぼ全ての兵力が、ここに集結していた。
それぞれが一律に揃えられた武装をし、城門が開かれるときを今か今かと待ち構えている。
外にそんな大軍が待機していることは、中にいる人間たちには知る由もないことだった。
現在ほぼもぬけの殻状態の王都の城壁の内側には、世界会議で呼び出された各国の王、そしてソラ一行、リュナ一行がいた。
軍勢を率いる“十戒”の一人は、中に八人入っていった報告は受けている。だが衛兵八人が殺害されていても、危険因子にはならないと判断していた。
「参謀長、全ての兵の準備が完了致しました。」
「ご苦労。」
「いつでも突撃は可能ですが、いかがされるおつもりで?」
「時を待つ。私の友人がその時を知らせてくれる。それまで、万全の状態を保ったまま待機だ。」
「はっ!」
軍勢の戦闘で、揃えられた装備の兵士たちとは一線を画す人物がいた。
それもそのはず、一人だけ装備が違うのだ。
ところどころ黒い部分が見える金髪のロングヘアーに、突き刺すような視線を王都に向けて放つ漆黒の瞳の女性。
自らの体格に合ったオレンジ色を帯びた鎧、太陽の柄が描かれ、所々が赤く染まっている外套、腰には鞘が真紅で柄が漆黒の剣が携えられている。
まるで何かに恨みがあるかのように、部下が報告をしに来ても視線をずらすことはなく、ただひたすらに王都の城門を睨みつけていた。
「姉さん、あんたと私は違う。」
独り言を呟き、その女性は左側の腰に差してある剣の柄を強く握りしめた。
(いつもそうだった。姉さんは根暗なのに、私より才能があった。いつもいつも、私は二番だった。明らかに私のほうが明るくて、みんなから好かれてるはずなのに。
姉さんの謙遜が許せない。才能を持って生まれた者と、才能無くして才能ある姉の妹となった者。浴びる注目がどれだけのものか、あんたには想像つかなかったでしょう。いつも自分はもてはやされ、姉妹というだけで私にも期待がのしかかる。
師匠が死んだ今、もうあんたに対して遠慮する必要はなくなった。この時を以て、その才能ごと打ち砕いてやる。)
表向きはテロス王国真光騎士団副団長、そして裏の顔は偽善の棺桶の“十戒”、ナンバーシックスの“虐殺”。
その女性の名は―――諸星朝緋といった。
◀ ◇ ▶
テロス王国王都の、南側の街にはソラたちの一行がいた。
ソラ、シノブ、ヒナタ、ケント、ヨツキ、ドミトリー、ハルカの七人は、それぞれ怪我を負った者もいるが何とか全員無事だった。
先刻のラビスの強襲により、ソラは身体に複数の打撲、ケントは左側の肋骨が何本か折れて、シノブはこめかみの骨にヒビが。ヨツキも、内臓にダメージがあった。
痣は当然の如くあり、ソラに至ってはほとんど痣だらけ。痛々しい跡がたくさん残っていた。
そんな場合によっては重症たり得る怪我だったが、驚くべきことにヒナタが全て治してしまった。
「あるじぃ、いたくない、いたくない、」
幼い声と喋り方で、実際幼女であるヒナタはソラの患部に手をかざし、治癒魔法を使った。
わずかな熱とともに放射された陽属性の魔力は身体に浸透していき、あっという間に患部に到達して根本から治療できる。回復術師としては有能極まりない能力だった。
それと同時にヒナタの態度にも癒され和んだソラの心は、全員の怪我の治療が終わるとともに完全回復。再び、やる気に火が灯った。
「さてと、これからあの王城に攻め込むぞー―――と言いたいところだけど……」
ソラは伸びを一つして、治療を終えた皆に向かって言い始めた。
ソラが指したのは、円形の王都の中央にそびえ立つ、外壁が真っ白な、まさに白亜の城というべき立派な王城だった。よく見れば金などの装飾も施されているが、全体的に白を基調とした清楚かつ煌びやかな外見である。
割と歩いて十数分の距離にあるので、特に問題は無さそうに思えた。だが、常に冷静沈着なソラは周りをよく見ている。というか、この異変は最早気づいて当然と言えるほどだった。
「―――何でこんなに人がいないんだ?」
戦いの半ばから避難を始めていた民衆だったが、ソラはそれに気づくもラビスの対処に追われていて考察のしようなど無かったわけだ。
ところが今更落ち着いて考え直してみれば、今の街の様子が明らかに通常とは異なる異変だと気づいたのであった。
「避難――俺たちの戦いのせいってわけじゃないよな……」
《そうだね、感知にほとんど引っかからない。大半の人は街の外に出てるみたい。》
それが何故か、ソラには知る由もなかった。その場にいた全員、何故こんなことが起きているのか理解ができない。突然のこの異変、全員これが危険の予兆であるということは認識できていた。だが、だからといってどうすることもできない。今のソラたちには、戦争を無理やり終わらせるしか手段がないのだ。
いるであろうこの事態の黒幕のことも、リュナたちや世界最強たちがどうなっているのかも、今何が起こっているからどうするべきなのかも、今のソラには重い判断だった。だからこそソラはそれらを後回しにし、引き続き王城襲撃の手段を選んだのである。
切り替えが早かったソラは、後々対処していけばどうにかなるだろうという危険極まりない根性で前進を決定する。
「まあ、とりあえずあの城行ってみるか。」
なんて短絡的なのだろうと、シノブとヒナタ除く四人は心のなかでそう思った。
ヒナタはソラに従うので文句を言うはずもなく、シノブは何も口を出さない。
心配しながらも四人もついていき、ソラ一行はついに動き出したのだった。
数時間後―――
「ん?なんだ今の音」
ケントが、何かを感知した。他の人には聞こえなかった、僅かな音。偶然にもその音を拾ったケントは、足を止めて辺りを見渡した。
「ケントくん、どうしたの?」
「いや、なんか変な音がして。」
「変な音……?」
「うん。ゴゴゴゴっていう、まるで城門が開くときみたいな。」
「そんな音、なってた?」
「気の所為……なのかな」
ヨツキが音を感知していなかったことを知り、ケントはただの思い違いでそれを処理した。だが、ケントの聞いた音は気の所為でも何でもない、現実で起こっている音だった。
ケントがその音を聞いてから程なくした頃だった。
僅かだが感じ取れるほどの地響きとともに、ガチャガチャという音がどんどん大きくなってくる。
「な、なんだこの音?」
「地震?それにこれって……」
「なんだなんだ?」
やがて一同の視界に映ったもの―――それは、揃いの甲冑を来た大勢の兵士たちだった。
兵士たちはソラ一行を見つけるなり、一斉にその方向を向く。
突然無機質な大量の視線を浴びせられ、頭の整理も追いつかないまま恐怖が思考回路を支配し、この光景に全員が戦慄した。
どちらが動くのが早かっただろうか。ソラたちを視界に収めた兵士たちか、真っ先に危機感を覚えて戦闘態勢に入ろうとしたソラか。
兵士たちとソラ一行が対峙してから数秒後に起こった出来事は、予期せぬ一撃だった。
最初に動いたのは兵士たち。既に何百人がソラ一行の周りを取り囲んでいて、最早逃げ場なんて無かった。
ただそれは、詰め寄ってくる兵士たちの場合だった。武器を構えて突入してきて、すぐにでもあっさりと潰されてしまいそうなこの状況、一気に盤面を覆したのは一人の女性の登場だった。
「ぐぁッ!?」「ガハッ」「ぁがッ!?」「ごぐぁッ」
次々と断末魔を上げる兵士たち。それもそのはず、漆黒の二本の大剣で身体を切り裂かれてはうめかないほうがおかしいというものだ。
そう。たちまち包囲を破ってソラたちを助けたのは、シエラだった。
「シエラ!」
「ソラさん!大丈夫ですか!ヒナタちゃんも、どうやら大丈夫そうでよかったです」
「今何が起こってるのか分かったりする?」
「私たちが無理矢理王都に入った直後、城門が開かれて大量の兵士たちがなだれ込んできました。恐らく目的は―――」
「俺か?」
「いえ、それもあるでしょうが、恐らく彼らの目的はここで開催されている世界会議の出席者、プロタ王国の王女であるリース様。ソラさんのことも一気に潰そうとしたんでしょうね。」
「じゃあ、今はリースと合流したほうが良いのか?」
「ソラさん、少しはリース様を信用してあげてください。彼女、かなりの強さの持ち主ですから。きっと大丈夫ですよ。」
そう話しながら、シエラは向かってくる衛兵たちを両手に持つ大剣で斬り伏せていく。
それなりに強度があるはずの鎧は、まるでケーキでも切るように切断され、内側の生身の人体も血を噴き出しながら切り裂かれる。
シエラの【百花繚乱】の権能の一つである。武器を強化させ、攻撃力を大幅に上げる力。現在リュナたちとははぐれてしまっているシエラは、せっかく見つけたソラを渡すまいと奮闘していた。
ソラもやっと落ち着きを取り戻して、魔法の準備をし始める。ケントたちも、それぞれ適当な店から拝借した武器を携えてにじり寄ってくる兵士たちと対面した。
シノブは腰の剣を抜き、独自の構えを見せつける。ヒナタはその目を虹色に輝かせ、ソラを亡き者にしようと愚考する愚か者どもを葬り去ろうと静かに殺気を滾らせていた。
「皆!行くぞーッ!」
「「「オーーッ!」」」
数的に圧倒的な不利な状況にあるにも関わらず、たった九人による蹂躙戦が今始まったのだった。
まず動いたのはソラだった。自分の意識が直接届く範囲、すなわち自分の視界の範囲全てに【破滅之光】を乱射。
それを躱してきた者たちは、ヒナタが陽光の放射で焼き貫き、殺す。
二人とも魔力はかなり消耗しているはずだが、時々つらそうな顔を見せながらもおよそ半分を無に帰させた。
そして、ソラの息が上がってきたところで交代。武に長けたケントたちが、その刃を振るい始めた。
仲間であるはずの兵士の屍を乗り越えてでもソラを葬ろうとしてくる兵士たちを、情け無用で斬り捨てていく。
そんな中、遠くながらソラの正面にある建物の天井に、一人の人物が立っていた。
黒髪に、マリンブルーと群青のオッドアイ、頭には猫の耳がついている十六歳くらいの少女。手には青いクリスタルが付いた愛用の杖と、異空間から取り出した日本刀、赤いクリスタルが付いた杖が握られていた。
「ソラくん!これを!」
そう叫んだ彼女―――ノアは、左手に持った杖と日本刀をソラに向けて投げたのだ。
息を切らしながらも魔力を多少回復させたソラは、自分に向かって飛んでくるその二本をみごとにキャッチ。
「うん、やっぱりこれがしっくりくるな。
ありがとう、ノア!」
愛刀を手にしたソラは、最早向かうところ敵無しの状態だった。タルタロスの補助なんて無くとも、数々の修羅場を共にしてきた愛用の日本刀は手に馴染み、武器での相棒だと認識していたほどだ。
「それじゃあ、皆下がってて。」
その声を聞いて急にソラの雰囲気が変わった事を悟り、全員戦いを辞めて後ろに下がった。
代わりに一歩前に出てきたソラの目は紅く光り、その魔力からは殺気をダダ漏れにしていた。
兵士たちはオーラは見えずとも、その異様な雰囲気を感じ取ったのか若干身を引いた。だが何がそんなに彼らを刈り立たせているのか、怯むこと無く向かってきたのだ。
ソラの反対側では、まだシエラが戦っている。
シエラとソラは背中を合わせ、お互い剣を構えながら言葉を交わした。
「シエラ、背中は任せたぞ。」
「ソラさんこそ。」
二人は同時に踏み込み、それぞれ前にいる軍に向かって駆け出した。