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第二十四話 主たちに襲い来る災害

 リースは、現在テロス王国にある迎賓館の一室にいた。窓からは王都の町並みが一望できる。

 整えられたベッドの上に座り込み、目を瞑り天井を見上げた。

 十二歳という年齢で早くに王位に就き、本来まだ学ぶべき年齢で民を導く立場へと至ってしまったリースは、ここ最近苦悩の連続だった。

 活性化する魔王軍、連続して起こる襲撃、更に危険な都市の調査、魔王討伐、終いには戦争まで起こってしまうのだ。

 子供の身で狡猾な大人たちを相手に啖呵を切り、国として舐められず現在の立場に立っていられるのは、今も部屋の外で警護をしているグレース、そして身を呈してガブリエルからリースを守り殉職したアーチボルド、なにより一番なのは国と彼女の希望であるソラの存在が彼女を支えているからだった。

 そんな中ソラが誘拐された旨の報告が入ったリースは、湧き上がってくる赫怒を何とか抑え込み、冷静に戻って考え直した。

 ソラ兄が安々と負けるわけがない。きっと何か策があるんだ―――と。

 押し付けがましい期待ではあるが、結果的にそれは的中することとなる。

 リースはもうすぐ開かれる次の会議のためにベッドから立ち上がり、窓の外を一瞥してかれ椅子に掛けてある上着を取り、それを羽織ってドアを開け、外のグレースと合流して特別会議室へと踏み出していった。


◀ ◇ ▶


 部屋の椅子に座り、自前の高級葉巻を口にくわえ揺蕩う煙をぼーっと眺め、肺いっぱいにその葉巻特有の快楽物質を取り込みながら、男は思考した。

 あの姫は、胡散臭いところは多々ある。だが、その纏っているオーラは神々しく、まるで神を憑依させたような佇まいであった―――と。

 無論、そんなことはありえないと本心でも理解していた。だが、たとえ神ではなくともそれに通ずる何かがあると考えたのだ。

 ロア姫の姿を見て、まず真っ先にこの男の視線は姫の胸元へと向けられた。情欲ではない。男の視線を引いたものが、そこにあったのだ。

 “神器”。眩しいほどの輝きを放つその石は、真紅の紐でアクセサリーにされ、姫の首に掛けられていた。

 この男は、代々武器を作ったり鉱石を掘ったり、木の伐採や魔物の駆除などだいたい何でもやる働き者の種族に生まれた。

 男の名は、シモス・デントロ・ボルグ。種族はドワーフだ。三十代後半の小太りそうな見た目だが、やや膨らんだ腹や腕などは全て筋肉である。皮脂でテカった顎を撫でながら、シモスは自らの目を引いたアクセサリーについて思考を巡らし、やがて一つの結論にたどり着いた。

 あれは神器だ―――と。十三ある神器のうち一つは存在せず、八つはプロタ王国に、四つの所在が確認されていないことはシモスも知っていた。それどころか、所在の分からない四つのうち一つの所在を何となく計算し始めていたところなのだから。

 それが何処にあろうと、シモスはあの神器のほうが気になった。目の前にある、種族の憧れともいえる神器を気にならないわけがなかった。

 いっそロア姫と話して神器をせめて触れないかとも考えたが、今の国家間の状況を考えたらその行為も危ういと悟り、自制を利かせた。

 ふとタイムクリスタルを見ると、既に約束の時間であるオレンジ色に近づいていた。

 シモスは三分の二ほどを吸った葉巻を灰皿の上で潰し、万全を期して会議室へと繰り出した。


◀ ◇ ▶


「………フッ……」


 迎賓館の一室で優雅にくつろいでいたのは、ディナスティア魔導帝国の皇帝、キリベニシだ。

 赤のビロードを張ったフカフカのソファに座り、目の前の机に置いた紅茶と高級な菓子を堪能していた。

 彼が頭を動かす度にサラサラとなびく銀髪に、ステンドグラスのように美しい黄緑色の瞳。均整のとれた顔と、スラッとした身体。

 “陽光の貴公子”と名高い彼は、日々続けられている不毛な言い争いに参加すること無く、四大大国であるというのに傍観している立場だった。あまつさえその話し合いに面白ささえ見いだすという、常人には理解出来ないであろうスッキリとした思考で、戦争を楽しんでいた。

 ディナスティア魔導帝国が余裕なのは、皇帝である本人の気持ち以外にも理由があった。まず、大陸の北西にあるテロス王国から大陸の南東にあるディナスティア魔導帝国までの距離が果てしなく遠いことだ。

 近代兵器か転送魔法でも使用しない限り、ディナスティア魔導帝国に火の粉が飛ぶことはない。

 それでも、一応プロタ王国の同盟国という立場であり、世界会議という催しの特性上必ず参加しなければならなかったため、彼はこうして王都にはるばる足を運んできたわけだった。


「……フフフッ……フフフフフッ」


 笑いが止まらない。肩を揺らしてクスクスと笑う彼は、戦争がたまらなく面白いと思っていた。

 美形である見た目とは反対に、腹黒い。貴族である以上仕方がないことでもあるが、特にディナスティア家は異常を来たしていた。

 困難と思えること、絶望的であること、争いや血なまぐさい事を楽しんでしまうのだ。

 一族から狂人が出たこともあるほどの、狂いっぷり。


「フハハッ、ハハハハハハハッ」


 笑いは堪えられなかった。脳裏に会議の様子が浮かぶ度に、高笑いがこみ上げてくる。

 だが、一人の少女の存在を思い出して笑いは自然と止まった。

 彼の目に焼き付いているのは、金髪緑眼の、大人たちに向かって物怖じせずきっぱりと物事を話す少女だった。


「もうすぐだなぁ。また会議で、彼女の姿を見るのが楽しみだぁ。」


 ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、彼はまた紅茶を愉しみ始めた。


◀ ◇ ▶


 先日もそのまた先日も、どうにか戦争を終わらせたい国々と一向に譲歩しないテロス側の主張がぶつけられてきたこの会議室。

 リースは最早見慣れてしまったこの光景にうんざりし、今回で終わらせようと強く決意したのだった。

 リースを皮切りに、次々と各国のトップが部屋に入り、決まった席に着いていく。

 全員が揃ったのを確認した頃、デントロの国王―――“五森王”のシモスが、その場を仕切り始める。

 これも定型と化した始まり方に、リースはつまらず頬杖をつく。

 何の意味もない話し合いが永遠に続けられる、この無駄な時間を有効に使うことができれば、戦争に対してどれだけ優位性をとることができるだろうか、と。

 彼女を含め多数の王たちを縛り付けているこの会議は、主にテロス王国の進軍を辞めさせるために開かれているものだった。

 ただ、一つだけ、彼女の腑に落ちない事があった。


(なんで、この会議をテロスが主体となって開いたんだろう。)


 その疑問は、前々回の会議で挙がった。それに対して代表であるロア姫は「無駄な血が流れることを避ける為、各国に降伏を促す事を目的とした会議」云々を説明していた。

 当然、そんな一方的な主張が通るわけがなかった。事実全ての国が提案を拒否し、断固徹底抗戦の意を示している。

 だが、会議に割り込むようにして入ってきたこの報告を聞いてテロスの主張が本気であることを全員が理解した。


「伝令―――!」


 大きな音を立てて扉が開かれ、グレースの配下であるプロタ王国の近衛騎士が会議室に飛び込んできた。

 重そうな鎧に、汗だくで切迫した表情のその騎士は、息切れしつつもその場にいた全員に聞こえるように大きな声で報告の内容を口にした。


「西側諸国のアプシア王国、ミアシンタ共和国が陥落!」


 二つの国が、テロス王国の軍によって大敗を喫したというのだ。

 それには全員、ロア以外の各国の重鎮が息を呑んで驚いた。特に、両国の国王は目を見開き、声も出せない様子だ。

 それは当然の反応である。自分が治める国が、不在の間に攻め落とされてしまったのだから。今すぐにでも国に帰りたいところだろう。

 両国の国王はすぐさま立ち上がり、入り口まで荒い足音を立てて向かった。

 外に出て自分の国に帰ろうとしたのだろう、だが入り口の衛兵に遮られ、部屋から出ることは叶わなかった。

 賢明な判断である。今戻っても、どうにもならない。

 これは戦争なのだ。テロスは本気だった。二つの国が陥落し、テロスの軍が脅威であることは十分に認知された。

 これを受けて、何が何でも戦争を終わらせるべく躍起になる国王たち。それでも意味がないことだけは、まだ幼いながらも一介大国の王であるリース、そして全てを見定めるキリベニシだけが、真っ直ぐ現実と向き合って戦争の行く末を案じていた。


 王たちが何を言っても、またもやロアはのらりくらりと躱すだけだった。

 またもや会議は何も収穫なしに打ち切られた。それも、今回のきっかけは天から伸びた幾筋もの光だった。

 グレースが真っ先にそれを見つけ、リースが外の様子を目の当たりにした。

 窓から見下ろす王都の町並みに、いつものような活気はない。それもそのはず、活気を生み出しているはずの人々の姿が見当たらないからだ。

 代わりに、一箇所に向かって降り注ぐ天からの光。乳白色の光の奔流は、まるでそこにいる何かの息の根を止めるかのように乱暴に集中的に放射される。

 その神々しくも荒々しい現象を目の当たりにしたリースは、状況の整理が追いつかないままに呟いた。


「一体、何が起きてるの……?」



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