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第十九話 逃走

 ―――ここは、何処だろうか。

 恐らく、また夢の中だろう。でも、前みたいな真っ暗な空間じゃない。手足の感覚こそ無いけれど、なんだか、そこは暖かかった。

 無限に続く、クリーム色の空間。薄紫や、桜色、レモン色等の暖色系の淡い光が、あちらこちらに見える。

 視線は動かせなかった。どうやら身体自体そこに存在しないようで、俺の意識だけがそこに縛り付けられていた。

 そして、目の前に映し出された真っ白なスクリーン。長方形のそれは。まるでこれを見ろと言わんばかりに視界の中央に鎮座した。

 そんな突然現れた大きなスクリーンに、突如映像が映し出される。よく古い映画などである砂嵐が画面に映し出された後、画面のノイズの直後にとある一場面が投影された。

 その一場面は、金髪の十二歳くらいの少女と、幼女ともいえるような外見の、サラサラの白髪と薄桃色の瞳、綺麗な肌をし、この空間と同じようなクリーム色のドレスを着た少女。

 二人は、色とりどりの花畑で遊んでいた。笑いながら二人並んで走る場面、少女が幼女の頭に花輪を置く場面、二人で寝転がって青空を眺める場面。

 少女の方は全く知らないが、俺は幼女の方に強い既視感を覚えた。勿論見たことはないが、何故か何処かで見たような気がする。

 少女と幼女の、仲睦まじい映像が数十秒流れた後だった。ノイズと共に場面は切り替わり、それを見て俺は息を呑んだ。

 夜、恐らく何処かの住宅街の一角だろう。木で出来た立派だったであろう家は、真っ赤な業火に包まれていた。

 勿論、それだけだとただの住宅火災だ。でも注目すべきは、その家の前、敷居の前だった。そこに、座り込んでいる少女がいる。

 その少女――否、幼女は、先ほど花畑のシーンで見た幼女だった。十数秒の間、そのシーンは映像で流れ続け、次は幼女の顔のアップになった。

 幼女の顔は、火の赤い光に照らされていた。その瞳からは大粒の涙が溢れ、口は半分開き、ただ淡々と、燃え盛る家を見つめていた。

 そして場面――時間は切り替わり、焼け跡となった住宅が映し出された。もう既に日は上り、昨夜燃え盛っていたであろう家は焼け残りが炭となり、所々崩れ落ちた骨組みがその家の面影を残していた。

 幼女は、まだ座り込んでいた。涙も乾き、目の前の炎は止まったというのに、夜と同じ姿勢、同じ首の角度、同じ表情で、変わらず家を見つめていた。まるで抜け殻のように、死んだ目で見つめ続けていた。

 だが、幼女の顔のアップに切り替わり数秒した時だった。視点の向こう側、すなわち幼女の左側から一人の男が歩いてきて、幼女の肩を優しく叩いた。

 それに気づいた幼女は、ゆっくりとそちらの方を振り向く。

 男の顔は、黒いノイズが覆い隠すようにして映し出された。故に、男が誰かは分からない。見えたのは、男は真っ白な軍服を着ていたことくらいだ。

 男は、何かを喋りながら幼女に手を差し伸べた。幼女も(しばら)く男を見つめた後、無言でゆっくりと左手をその男の手に置いた。

 またまた場面は切り替わり、今度は幼女自身が淡い光を発しながら、暗い部屋の隅に丸まっている様子だった。

 少女の薄桃色の瞳は白く染まり、それまで血色の良かった肌も真っ白に変色している。着用している衣服もあのドレスではなく、白いドレスに変わっていた。

 そんな、生きる気力を失ったように微動だにせず、まるで抜け殻のようにただ時間だけが過ぎていく日々が続いたのだろう。どういうわけか食事も排泄も、何も必要ないらしい。瞬き一つせず、暗い部屋の中、淡い光を纏いながら死んだように生きていた。

 そんな時だった。ノイズが入って場面が切り替わってもそれまで変わることのなかった風景に、変化が訪れた。

 画面の揺れ。それとともに、今まで動くことのなかった幼女の顔が上がる。恐らく、視線の先で何かが起きているのだろう。

 その数十秒後、それまで体育座りで部屋の隅に閉じこもっていた幼女が、立ち上がったのだ。まるで何かに怯えているように。

 でも、幼女の恐怖はすぐに取り払われた。青ざめた顔も次第に元に戻り、肩の力は抜け、安心したような様子を見せる。

 そして、柔らかな笑みで画面右端から出てきた誰かの手を取った。

 再び場面は切り替わった。これは―――サイバーシティだろうか。大きく崩れ、半壊したビルが多数立ち並ぶ、水色と青が視界を埋め尽くす街だった。こんな街、この世界にあるわけがない。

 街の中心部と思われるところは周りより崩壊がひどく、そこには黒い人影があった。宙に浮いて、こちらを見ている。

 視点は、地面に倒れている男だった。その男の身体は映り込んでいるが、視点が動くことはない。

 その男は、どうやら少年のようだった。高校――いや、中学生くらいの少年の視点。先程までの幼女の姿は、少なくとも画面上には何処にも見当たらない。

 すると、画面にとある変化が訪れた。今まで無音だったのが、徐々に大きくなる形で音が流れ始めたのだ。

 吹きすさぶ風の音、建物が崩壊する音、炎が燃える音、微かな爆発音、そしてそれらとともに、女性の声がはっきりと聞こえてきた。


「あるじ!あるじ!しっかり……しっかりしてよ!

あんなやつ、あるじならやっつけられるでしょ!ねえ、おねがいだから、おきて……目をさましてよ!」


 必死に泣くのを我慢した、女性の声。喋り方は拙く、声は大人で可愛らしいが何処か子供っぽさが残っている。話の内容からして、どうやら男の方は目を覚ましていないらしい。

 悲しげな女性の声が響き渡る中、何故かはわからないけれど突然俺の意識が白い光の中に包まれ、やがて暗転した。

 あの幼女は何だったのだろうか。見たことはある。絶対に、出会ったことがある。でも、何故か思い出せない。

 目が覚めたら、思い出せるだろうか。


◀ ◇ ▶


 どうやら先程までの現象はただの夢だったようで、俺は何処かで目を覚ました。視界に広がるのは、青空。太陽の光が辺りを照らし、真っ白な雲が青い空を流れていく様は美しい。

 俺が目を覚ました直後、青空を十分に堪能する前に、何かが青空の景色を遮った。視界に入ってきたのは―――さっきの幼女。


「………んん?」


 思わず声が出たが、その幼女が誰なのかはすぐに分かった。

 ヒナタだ。

 ここにいるはずのない、今頃アクロの俺の屋敷にいるはずのヒナタが、何故かここにいて仰向けに倒れている俺の顔を覗き込んでくる。


「あるじ、むちゃしないでよ。」


 ―――喋った!?

 謎の言語しか話さなかった、あのヒナタが、喋った!?

 俺はそのことに驚いて慌てて飛び起きた。ヒナタもそれに驚いて飛び退いた。まるで起き上がってくる俺の頭を避けるようにして。


「おお、起きた?」


 次に耳に入ってきたのは、シノブの声だった。というか起き上がったらその目線の先にシノブが立っていた。奥には、シノブが救い出したであろう四人の姿がある。


 「✤❀❦✳✩✯✙✡」

「いつの間にかその子がいてね、君、知り合いだったりする?」


 ヒナタは、いつも通り理解出来ない謎の言語で喋っていた。さっきのは幻聴だったか……?あの夢の幼女とヒナタが同じ姿ってことは、あれはヒナタの過去?

 気になることは色々あるけれど……とりあえず、今は難しく考えずに現実に目を向けてみることにする。あまり処理機能が回復していないこの脳みそを酷使したって、良い結果は得られないからね。


「シノブ―――」

「あのねぇ、君やりすぎだと思うよ?」


 俺の声はシノブに遮られた。

 俺は少し不満に思ったが、シノブの言葉の意味を理解するために無意識に右を振り向いた。

 視線の先には、燃え盛る要塞が。もうほとんどが崩れ落ちて、原形なんてものはとうに消えていた。


「あたしたちが出た直後に大爆発なんて、一体何したの?」

「ええと……」


 タルタロス!起きてるか?俺が暴走してた間、何が起こったのか教えてくれないか?


《全く、人使いが荒いんだよ、ごしゅじんは。》


 あ、お怒り?


《当たり前だよ!無茶しないでって言ったよねぇ!

まず真っ先に中央棟の兵士二万を相手して、それから北西棟に大見栄切って、最終的には全部【紅月之黙示録カーディナル・アポカリプス】で吹き飛ばしちゃうんだから!ちょっとは自分の体のことも考えたらどうなの!》


 ええと……ごめんなさい。


《本当に!これからはほんとにピンチなとき以外、暴走は許可しません!自分でなんとかして!》


 タルタロスがブチギレていた。

 聞く限りは、相当暴れたんだろうなぁ。だって中央棟って、ほとんどの兵士がいるところだろ?そんな二万以上もいる兵士たちを一気に相手取ったんじゃあ、幾らなんでも危険だし、身を案じたタルタロスがキレるのも当然と言ったら当然なのかもしれない。

 でも、自我無くなるんだからしょうがないよな……


《言い訳無用!》


 あ、はい、すいません。


「何?あの大爆発。流石にこの子たちも、怯えちゃって怯えちゃって。好きにしてとは言ったけど、まさかこれほどとはねぇ。」

「ええと、自分でもよく覚えてないんだけど、【紅月之黙示録カーディナル・アポカリプス】を撃ったみたい……」

「【紅月之黙示録カーディナル・アポカリプス】ぅ!?はぁ、流石はカズム様の友達だ。規模が違う。」


 そのカズム様っていうのは……多分セトのことだろう。セトも当初は名無しだったし、シノブなりの呼び方なのかもしれない。


「まあとりあえずそれは後で詳しく詮索するとしようか。君が暴れ始めてから五時間が経過してる。もうすぐ軍隊が来ちゃうから、そろそろ逃げないと。

どうする?調べれば君がやったことはバレちゃうから、テロス王国に行ったら一瞬でお尋ね者だよ?西側諸国は今戦争状態だろうし、魔王領は……論外だね。プロタまでかなりの距離あるし、デントロに行くにしても国境をいくつも越えなきゃいけない。選択肢は色々あるけど、どれも壁は高いよ。君はどうしたい?」


 どうやら、俺は五時間程寝ていたらしい。深夜、月が一番高いところまで昇ってくる零時頃に脱出したから、今は午前五時頃だろうか。宵も明けて、空は明るくなりつつある。

 逃げるとしたら、シノブが行った通り様々な選択肢があるだろう。代償や危険は大きいけれど。

 どうするのが最善策かなぁ……タルタロス。


《結局私なんだね……んーと、移動の手間とか危険とか考えたら、テロス王国に行ったほうがいいと思うよ?お尋ね者でも、まあ何とかなるでしょ。》


 何とかなるのか……?

 根性論だけれど、確かにそこら辺を考慮すればテロス王国に入ったほうが確実でいい選択肢な気もする。姿形を変えたり、隠したりすれば、或いはバレずにイケるんじゃないか?

 浅はかな希望を信じ、俺はシノブに返答した。


「テロス王国に行こう。」


 シノブはその選択を期待していたのか、満足げに頷いてから「準備して、すぐ出発だよ」と言い、うつらうつらと眠気に襲われているケントたちを叩き起こした。

 そのうちに俺も、これから敵国に乗り込む心の準備を済ませておくのだった。

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