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第十八話 デントロ自然公国防衛戦

 西側諸国攻めの神託が降りる、二日前の出来事。

 大陸の西南に位置する自然豊かな大国は、現在戦火に包まれていた。

 西側諸国との国境沿いに、まるで国境を塞ぐようにして伸びている城壁。そのたたずまいは万里の長城を思わせる。

 これは戦争であり、戦争ではなかった。

 巨大な城壁は無傷であった。崩れている箇所や攻撃を受けたとみられる箇所は一つもない。城壁の向こう側にあるアルフ大河も異常はなく、軍勢が攻め込んでいるわけでもない。

 これは戦争とは言えない。だが、これも戦争である。

 デントロ自然公国の国境沿いの大都市、交易都市シニクは、たった一人の侵入者により壊滅した。

 衛兵は尚の事、一般の市民でさえ皆殺しにされた。女や子供含めて、生存者は一人もいなかった。たった一夜で、たった一人の侵入者に一つの大都市が陥落した。

 目撃者は皆死滅したため、侵入者の情報は何一つ無い。

 国の上層部では、頂点に立つ者たち以外、混乱状態に陥っていた。戦争の開幕なら、全員冷静に動けただろう。だが宣戦布告も前触れも無しに攻撃を受けた国は、とても統制が取れているとは言えない状態にあった。


「シニクが陥落した……」

「周辺の街はどうなるんだ!それどころか、国の危機だぞこれは!」

「だからどうしろと?この国は中立国。他国に助けを求められるほどのコネがない」

「このままじゃ皆死ぬぞ!長年続いてきたこの国も、滅んでしまうんだぞ!」

「皆、いったん落ち着け、軍を動かして、どうにか侵入者を捕らえるのが先決だと思うが。」

「卿も知っているだろう、国の軍の五分の一があの街に駐在していたんだ。たとえ全ての戦力を掻き集めたとしても、大打撃を受けることになる。」

「そうだ。西側諸国も侵攻を受けていると聞くし、ここで兵力を失うのは惜しい。」

「じゃあどうする?このまま出し惜しみして、むざむざ滅ぶのか?」

「そうは言ってなかろう」

「そういうことだろう!」


 不毛とも言える言い争いが続いていた。焦りと不安、のしかかる責任と生存本能、人間の負の感情が一斉に入り乱れた会議場は混沌と化し、最早話し合いなど成り立っていない。だが、部屋の奥でその光景を冷ややかに眺めている者たちがいた。

 “五森王”の四人だ。やや湾曲して横に並んだ五つの玉座に、それぞれ足を組んだり頬杖をついたり、腕を組んだりと退屈そうな顔をしていた。


「てめぇらの下僕、役に立たねえな。」

「それはあんたんとこもでしょぅ。」

「人間は愚か也。かくして混沌に満ちていれば、朕らが出るしかなくなろう」

「まあ、それでも良いんじゃないのかしら?ちゃちゃっと捕まえて、私はドーナツを所望するかしら。」

「誰が行く?」

「「「キリス」」」

「まじか……」


 気怠げながらも立ち上がった男は、キリス・デントロ・アフテゾーン。“五森王”の一角、“霊獣”のキリスだ。ライオンの獣人である彼は、逞しい肉体とライオンのような赤毛を持っている。対人戦では最強と称されるほどの強さを持ち、国が興る前は獣人族のトップに立って森の覇権を争っていた長寿個体である。

 そんな彼は、赤く光る玉座から立ち上がり、少し伸びをした後ドスドスと乱暴に足音を立てながら会議場まで降りていった。

 五森王の一角が向かってきて、一瞬で言い争いは鎮まり全員が席についた。

 キリスは円卓を両手で思い切り叩く。その音で全員が縮こまったが、気にせずキリスが語り始める。


「てめぇら、どうやら話の結論が出ないようだな。いつまでも言い争ってても仕方がねぇからこの際、俺が軍を率いてその侵入者とやらをぶっ潰しに行ってやろう。

おっと、心配は要らねぇ。この俺がてめぇらのようなひよっこに身を感じられるようなヘマはしねぇよ。」


 自信満々に、キリスはそう豪語する。それほどまでにキリスの力は強いのだ。

 勿論、それに反対する者はいなかった。国のトップの圧倒的な強者の在り方を見て、反論できるほどの者はこの国に居ない。

 かくして、キリスは残っている軍のおよそ三分の二の兵力を引き連れ、侵入者討伐へと向かうこととなった。


 キリスが侵入者のもとにたどり着くまでに、犠牲者は増え続けた。さらに一つの都市が陥落、五つの集落が潰された。犠牲者は累計で十万人を超え、これにはデントロで暮らしている五つの種族全てが含まれていた。エルフ、ドワーフ、獣人、リザードマン、そして人間。国としてもとても看過できる事態ではない。国民の十分の一が無惨にも殺害された今、キリスの怒りは上昇を続けていた。

 襲撃を受けた街と集落、そして経過した時間から大まかな位置を割り出し、人海戦術で侵入者の位置を割り出した。

 それにより多少兵に犠牲は出たが、犠牲を厭わないのがキリスのやり方だった。

 現在、四万の軍をその背後に控えさせているキリスの目の前には、渦中の人物が佇んでいた。


「―――てめぇか。国を荒らし、国民の尊厳を踏みにじって葬っていったのは。」


 キリスが怒り混じりにそう言っても、その人物は何も反応を示さない。

 黒いローブで身体のほとんどを隠し、顔の上半分はフードの影となって見えないが、その口に着けられた鉄のマスクが異様さを加速させていた。


「―――手前は」


 くぐもった低い声が、鉄マスクの向こう側から発せられる。


「手前は“十戒”、“禁句”のレクシス・アンデンス。」


 そう名乗りを上げたレクシスは、それだけ喋った後突然キリスと軍隊に攻撃を仕掛けてきた。


「孤独」


 レクシスがそう言った途端、キリスの後ろに控えていた四万の兵士たちがドサッと音を立てて倒れた。

 あまりにも突然で理解不能な状況に、キリスは取り乱す。が、すぐに冷静になって自分の近くに倒れている兵士の脈を測った。

 首に指を当ててみたが、心臓の鼓動は感じられない。


「てめぇ……っ!」


 キリスの怒りは増幅していた。レクシスが躊躇なく大勢の命を奪ったことに対し、腹を立てていた。


「切断」


 だがその強い感情も、次の瞬間レクシスが発した言葉によって無に帰される。

 目に見えない斬撃が、否、干渉によって書き換えられた世界の法則が、キリスの四肢を切り裂いた。

 鮮血を巻き散らせながら、根本から切断された両手両足とともに、キリスの肢体は崩れ落ちた。

 流血は酷い。痛みが脳を突き抜ける中、闘争本能に忠実なキリスは冷静に今の攻撃が何なのか考えていた。自分の状態など、まるで窮地だとも思わずに。


(今の攻撃……不可視の斬撃か?いや、だとしたら空気の揺らぎでわかるはず。それに、『孤独』と『切断』。あいつ、“呪言”の使い手だな。孤独と言った途端、周りの兵は死に、俺だけが残った。切断と言ったら、俺の四肢はもがれた。

クソッ、ユニークスキルの中でも強力な類だな。死にはしねぇが、この状態だと動けねぇ……奥の手を使わないと死んじまうな。)


 キリスの神之権能(ゴッドスキル)蛮獣之神(ケルベロス)】は、レクシスが持つユニークスキルよりも強力である。故にこの攻撃で死ぬことはなかったが、四肢を失い身動きが取れない状態で反撃をするには、体力を過剰に消耗してしまう奥の手を使わなければいけなかった。

 迷いを捨てたキリスは、レクシスが次に呪言を使ってくる前に【蛮獣之神(ケルベロス)】を発動させた。


「獣神三頭!」


 途端、キリスの切断された身体から獣の毛が生えてきて、切り離された四肢が動き出した。それぞれが凶暴な獣となり、レクシスに襲いかかる。

 腕は指を足に、そして手のひらを口にして形を保ったまま獣に変化。脚も同様に獣に変化し、異形の獣が四体誕生した。そして胴体も、獣に変化していく。

 両腕両脚が時間を稼いでいる隙に、胴体は獣と化した。そして四体の獣はあるべき位置に戻り、傷口が接合して一体の大きな獣となる。

 凶暴をそのまま象徴するかのような気性の荒さ。レクシスは動じることなく、呪言を使った。


「圧殺」


 地面が割れ、獣化したキリスの両脇に跳ね出された地盤が壁となって迫る。

 潰される直前に危機を脱したキリスは、レクシスが次なる呪言を使う前に飛びかかった。

 黒いローブはその一撃で裂かれる。だが鋭く伸びた爪はレクシスに届くことはなく、風でなびいたローブと空中を切り裂いただけだった。

 レクシスは攻撃を避けた後、また次の呪言を発した。


「重力変化」


 途端に、まるで糸で引っ張り上げられるかのようにキリスの身体は宙に持ち上げられた。上空高くまで引き上げられ、高度上昇が止まった後自由落下の速度よりも速いスピードで、地面に叩きつけられる。

 獣化の影響でダメージは経験されたが、背中から押しつぶすようにして来る重力、そして凄まじい速度で地面に叩きつけられた衝撃により、着地地点は蜘蛛の巣状の亀裂が入り、キリスは口から鮮血を吐き出した。


(なんて強さだ……スキルだけじゃない、こいつの技量が差を埋めてやがる……)


 キリスはそう悟ったが、勿論レクシスは手を抜かない。何度も何度も、キリスが立ち上がれなくなるまで先ほどの攻撃を繰り返した。

 亀裂が広がっていく地面。そして、幾度となく叩きつけられて肋骨どころか内臓すら危険な状態に陥っているキリス。余りのダメージに動くこともできず、成すすべもなく攻撃を受け続けた。


「がはっ……」

「終わり。圧殺。」


 大量の血を吐き、遂に意識が朦朧とし始めたキリス。頃合いを見計らったレクシスは、再度完全に殺せる呪言を発した。

 キリスの両側の地面が盛り上がり、両側から押しつぶす壁となってキリスを挟もうと近づいてくる。

 突き抜ける痛みと霞む視界を感じ、朦朧とする意識の中キリスは諦めかけた。もうだめだ、と。

 だがしかし、キリスが押しつぶされてこの世を去るのは防がれた。

 ドスッと音がした後、白く狭窄し霞んだ視界でレクシスの方を見上げる。それまで佇んでいたレクシスは、右手で左肩を押さえ、よろめいていた。


「ふぅ、間に合ったぁ。大丈夫ですか?」


 その後ろに立っていた人物を、キリスは見たことがない。まるで宝石のような輝きを放つ紫色の弓を携えたその女性は、レクシスを眼中にせず倒れているキリスの元へと駆け寄った。


「あ、あんた、は、」

「酷い怪我……喋らなくて良いです。あと動かないで。

私はプロタ王国の射手(アーチャー)、イヴァナ・デッドアイ。助けに来ました。」


 それだけ話すと、イヴァナはキリスの傷の具合を確認してから鞄の中の小瓶を取り出し、中の水色の液体をキリスにかけた。

 その効果は微々たるものではあったが、キリスの流血は止まった。怪我は治ったわけではないし、痛みも引いたわけではない。が、キリスは自身の身体に力が少し戻ってくるのを感じた。


「背後からの、不意打ち……完全に見落としていた……」


 相変わらずくぐもった声でそう呟くレクシス。イヴァナは相手の言い分を聞く気はないようで、背中の矢を弓につがえた。


「【天羽々矢(アメノハバヤ)】!」


 イヴァナが撃ったその矢は一度天に昇り、その後巨大化して帰ってきたのだ。レクシスを追尾するように、巨大な矢は勢いを加速させていく。

 少し逃げても逃げ切れないことに気づいたレクシスは、諦めたように矢の先端を見つめた。

 最期にレクシスが何かを言ったが、たちまち丸太ほどの太さはある矢に貫かれた。

 矢が刺さった場所には、レクシスの死体が―――いや、レクシスはまだ生きていた。虫の息だが、呪言により致命傷を回避していたのだ。

 イヴァナが次なる矢をつがえる前に、レクシスは「瞬速」の呪言によりその場から逃げ去った。

 それを深追いしても意味がないことを悟ったイヴァナは、諦めて手に持っていた矢を背中の矢筒へと戻し、キリスの方を見た。


「イヴァナ……恩に着る……」

「貴方の名は?」

「キリス・デントロ・アフテゾーン。五森王の一人だ……」

「五森王って言うと……この国のトップ?良かった、ほんとに間に合って。

よほど、激しい戦いだったようですね、私が央都まで連れて行ってあげますから。」

「……感謝しても、し切れねぇなこりゃ……」


 そこで、キリスの意識はプツリと途絶えたのだった。

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