第十六話 王都での聞き込み
「あー、やっと着いたね……」
「一度経験済みとは言え、長い旅でしたね……」
思い切り伸びをするリュナと、リュナの言葉に賛同した疲れ果てた表情のシエラ。
彼女たちは、先ほどここプロタ王国の王都に辿り着き、今まで爆速で進んできた竜車を降りてやっと王都の中に入ったところだった。
「何日経ったかもう分からないですよ……ああ、早くお風呂に入りたい……」
「ええと、だいたい六日くらいですかね。今日でソラさんが誘拐されてから七日目ですから。」
「最高速度でも一週間かかるんだ……アクロと王都ってどれだけ距離あったの。というか、魔王討伐の時、カイルこの距離含めて移動しようとしたんだね……」
「皆さん、まだまだ王都ですよ。私たちの目的はテロス王国なんですから。」
「も、もう良くない?後は王女様に任せてさ……」
「駄目!」
「えぇ……」
怠けようとするリュナと、それを阻止しようと強い口調でリュナを引っ張り起こそうとするノア。
でも、全員に疲労が溜まっていることは避けがたい事実であった。
全員がスピーディーに動いたことでより早く王都にたどり着けた一行だが、六人の中に旅中の事を考えた者は一人もいなかった。ソラを探す一心が故の失態である。
そう、準備を一切して来なかったのだ。一週間に迫る長旅だというのに、以前リュナたちが経験した東の魔王討伐の際は、ソラが積極的に準備を行い、その結果一週間を超える野宿でも疲弊することは少なかった。
ただ、今回は何の準備もなかった。魔導具によるテントセットも、食糧、飲料水、着替え、簡易風呂等、誰もその必要性に気づかなかった。
もし魔法が存在していなければ、彼女たちは今頃衰弱死或いは餓死していたところである。
リーベによる、水魔法を使った飲料水の確保。そしてノアによる、生活魔法を使った衛生管理。
幸運なことに、ついて来ていた精霊王メイが一つ、テントセットの魔導具を持ってきていたため野宿については何とかなった。二人用のテントに六人は狭く、窮屈で寝る余裕など無かったが、それでも夜の雨風は凌ぐことが出来た。
そして頼もしいことに、クロノが周辺の小動物を狩って肉を確保したのだった。これには、リュナ、シエラ、ルミアも協力した。だがそれでも確保できた食糧は少量で、飢え死にしない程度だった。御者からの厚意で干し肉を分けてもらったり、ゲテモノ扱いである魔獣の肉を恐る恐る食べてみたりと、全員が準備をちゃんと準備をしなかったことを悔やんだのだった。
そのため過酷な六日間を過ごし、最早体力も精神力も限界まで近づきつつある彼女たちに、さらに移動したり活動をしたりというのは無理な話だった。さらに、もう日は暮れかけている。地平線は橙色に染まり始め、あちこちの家で夕飯の準備が始まっているところだった。
疲労で動けない、シエラとリュナ。同じくらい疲れているというのに、その消耗を隠して進もうとするノアとルミア。リーベとリア、そして精霊王の三人は道端に座り込んで休憩していた。
流石に、ノアとルミア二人で強行するわけにもいかない。それに、自分たちもそろそろ倒れそうだということを二人とも予期していたので、仕方なく折れることにした。
「じゃあ、明日の朝から再開しましょうか。」
「そうですね。今日のところは、少し休みましょう。」
「やったー!ねね、ご飯食べに行こうよ!」
「銭湯がないですかね、身体がベタついてて……まずみんなでお風呂に行きましょうよ!」
「そうだね。よし、まずはお風呂に出発だー!」
休めるということを聞いた瞬間、急に元気になりはしゃぎ始めたリュナとシエラ。その現金な態度に呆れるノアとルミアだが、二人してくすっと笑い、リュナたちの後をついて行くことにした。
そして一行は、東門から数分歩いたところにある銭湯へとやってきた。
男湯と女湯に分かれた銭湯。ここでリュナがとある問題に気づいた。
「クロノ君ってどうするの?」
その疑問に、「あっ」と声を上げて目線で考え始める一同。女性の中で唯一男性、しかも子供、しかも精霊王。どうすればいいのか誰にも分からなかった。
だが、そこでヒナタが頼りがいのある一面を見せた。
「✟✡✢✙✧✦✺✩✤❦✡✟✯✟❂✢、✠❅❋✺✮✫✯✜✡✥✝。」
「なんて言ってました?」
「ええとね……『私たち精霊王はお風呂に入らなくていいから、お姉さんたちで入ってきて。』って。」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ヒナタちゃんたち、すぐ戻ってくるからここで待ってて。」
「❅✫❦❦✝❂✙❀」「↤↱⇂↭↳↢」「/)/`"¥“==;?¡」
恐らく了解の類の返事をしたのだろう、同時に答える三人。
リュナたちはヒナタたちを番台の前に置いていき、六人で女湯の更衣室へと入っていった。
服を脱いで脱衣所のかごに入れ、六人ともが風呂場へと入っていった。
プロタ王国王都の銭湯の仕組みは、各地に点在する領主邸と同じ仕組みが利用されている。
かつて東に存在した大国、イグモニア連邦国の技術がかなり昔に流入してきた影響だ。今のところ、イグモニア連邦国の風呂技術を転用しているのはプロタ王国のみとなっている。
まず守らなければならないマナーとして、身体は先に洗う。それから湯船につかるのが礼儀とされていた。
領主邸暮らしが長いルミアたちメイド三人は、そのシステムを完全に理解したうえで先に身体を洗っていた。リュナたちはそのシステムが分からなかったが、三人に説明され納得し、六人並んで身体を洗った。
背中の流し合い等じゃれ合って暫く楽しんで、一段落したところで身体の泡を洗い流し、湯気が立ち込める湯船に足をつける。
そのまま入っていって、やがて湯に肩まで浸かった。
騒がない、そしてタオルを湯船に浸けないというのも、銭湯のマナーであり、その点は全員がちゃんと弁えていた。
浸透してくる熱で疲れをほぐし、深い溜息を一つ吐きながら、リュナが口を開いた。
「ソラ君、無事かなぁ。」
その何気ない一言に対し、ノアがポジティブな言葉でリュナを励ます。
「大丈夫ですよ、ソラくんはちょっとやそっとじゃ怪我しませんから。きっと、今頃閉じ込められてるところから脱出しようとしてますよ。」
そんな理論でもソラならやりそうだと思い、リュナはフフッと声を漏らし、笑みを浮かべた。
「そうだね。きっと、ソラ君なら大丈夫。私たちも頑張らなくちゃね。」
「案外、ソラさん一人で戦争止めようとしてるかもしれませんよ?」
「あのお兄さんならやりかねないよね。」
寂しい気持ちを紛らわすために皆で楽しく会話をする。が、ノア、リュナ、シエラ、ルミアの四人の心に出来た隙間は埋められなかった。ソラが失踪したことで生まれた隙間は、ソラにしか埋められない。四人は、表面上は楽しくしつつもソラが戻ってくることを心から祈っているのだった。
六人は風呂にて疲労を溶かし、さっぱりした状態で風呂から上がって脱衣所に戻った。
と、ノアが変化に気づく。
「あれ?」
綺麗に畳んでいたはずの衣服が、多少乱れていた。それ以上に驚いたのは、衣服についた汚れが綺麗さっぱり無くなっていたのだ。六日の間洗濯や入浴など出来なかったので、全員の衣服には汚れがかなり蓄積していた。ノアは付近の衣服店にて新調し、汚れた服などは捨てようとしていた。だが、付着していたはずの汚れは最初からなかったかのように服は綺麗である。
疑問を抱きながらもノアは服を着た。他の五人もその異変に気がついたものの、聞き合っても分からなかったのでとりあえずは全員が服を着て、外に出たのだった。
番台の前では、精霊王三人が瓶に入ったフルーツ牛乳をグビグビと飲んでいた。
「ああ、お客さんたち、あの子たちの保護者かい?」
番台にいた八十代くらいのおばあさんが、ノアたちに話しかける。
「ええ、そうですけど……」
「駄目じゃないか、子供たちを放っておいちゃ。
にしても可愛いもんだねぇ。あの子たち不思議なんだよぉ、お客さんたちの服を魔法かなんかで綺麗にしちゃったんだから。
あの果実牛乳は奢りだよ、ちゃんと面倒見てやんな。」
「あ、ありがとうございます。」
ノアが受け答えしているうちに、リュナが三人の下へと駆け寄った。
「私たちの服綺麗にしてくれたの、ヒナタちゃんたちなの?ありがとう!」
「✟✟✙❅❀❦!」「[€!&+¿」「↙↹↪。」
傍から聞けば何を言っているのか理解不可能な会話だが、リュナには完全に理解が出来ていた。
「へぇ、そうなんだ!ありがとうね、三人とも。」
リュナがそう返答すると、三人はニコニコと口角を上げて、それから暫く嬉しそうな反応をした後、また三人で仲良くフルーツ牛乳を味わい始めた。
そんな子供のほのぼのとした光景に、思わず六人の心も和む。
風呂と合わせて、六人の長旅の疲れは一気に吹き飛び、再びソラを探すやる気が湧いてきたのだった。
その後九人は近くの宿に泊まった。資金はノアが持っていたため、十分に残っている金額によりある程度の不自由は無く過ごせる。それも、準備をしていればの話となるが。
リュナたちが泊まった比較的大きめな宿にて大部屋を借り、九人で話をしてから、各々就寝。
その翌朝から、彼女たちの活動は再始動した。
彼女たちがまず取った行動、それが王城への訪問だった。すっかり再建された王城は、以前のような煌びやかで豪奢な雰囲気がいささか減っているように感じられる。だがその分重厚で、反面何処か優しい雰囲気があった。
そんな王城の大きな門へと辿り着いたリュナたち。門の前で怪しき者を見定めていた門番に、王女との面会を頼んだ。
門番はリュナたちに見覚えがあったのか、快く聞いてくれた。だが、それが良い結果に直結するとは限らない。門番の片方が王城の敷地内の庭を突っ切って代の入り口へと向かい、丁重にドアを開けた後中に入っていった。
暫く待つと、門番と一人の執事が走って戻ってきた。それを見てリュナたちは期待に心揺らすが、執事から発せられた言葉に落胆した。
それが、「現在王女は不在」という事実を伝えるものだった。権力を持つものはいるが、王城への客の出入りを許可できるほどの権限はない。まして、リュナたちがアポイントも無しにいきなり訪れたのなら尚更の結果であった。
だがルミアは諦めなかった。何とも頼もしいことに、王女宛の手紙を持ってきていたのだった。昨夜書いたものだそうで、それを王女に渡してもらうように執事に預けた。執事はそれを快く受け取り、一礼してリュナたちを見送った。
頼みの綱である王女の協力が得られなかったことで、彼女たちは何をすれば良いのか一時錯迷した。ただ、手がかりはまだ残っている。犯人たちの足取りが掴めれば、テロス王国及びソラが幽閉されているであろう場所への行き方、そしてソラの救助が可能になる。再び地道な作戦にはなるが、それでも何も手がかりが残っていないよりかはマシだった。
―――それから丸一日、彼女たちはあらゆる手段を試し、ただソラを救いたい一心で時間と労力を費やした。
だが、その努力が実を結ぶことはなかった。
馬車の記録、そしてそこから浮かび上がった犯人たちの足跡。それを辿りはしたが、如何せん一週間前の話である。途中で足跡は途絶えてしまった。
行き詰まったまま、その日も夜を迎えることとなった。彼女たちは宿に戻り、また全員で夜を明かす。
―――王都について、三日目。昨日丸一日外で活動を続けたリュナたちは、正直疲労も蓄積していたものの、まだ諦めるまいと己を鼓舞し、奮い立たせた。当然、リーベとリアに付き合う義理はない。だがそれでも、ソラを助け出そうと躍起になっているルミアを見捨てられず、二人も努力を積み重ねていった。
ただその日の朝、一同に衝撃が走る事態となった。
それも、同時に二つ。寝耳に水な話がいきなり飛び込んできて、驚愕と動揺が一時彼女たちの思考回路を支配することとなった。
「ヒナタちゃんがソラ君のところへ行ったぁ!?」
それは、リュナが発した声だった。早朝、部屋に響き渡った大声。
目の前には、きょとんとした態度のメイとクロノが。
ヒナタの姿が見えないことに気づいたリュナが、いつも傍にいるメイとクロノにヒナタの行方を聞いた結果、衝撃の回答が返ってきた。
その大声によって全員の目が覚める。ルミアとノアは朝早くから情報収集に行っていて、もう部屋には居ない。
思わず大声を出してしまったことにまずいと思いつつも、リュナは立て続けに自分の疑問を二人に吐き出した。当然全てに答えられるわけもなく、幼い精神を持つ二人には重かった。たちまち泣き出してしまったが、朝早くのその騒動も直後にもたらされた情報に掻き消される事となる。
息を切らしながら部屋に戻ってきたノアとルミアが持ち帰った情報だった。
「皆さん大変です!テロスが、テロス王国がこの国に向かって進軍を始めたそうです!」
流石にそれには、一同驚愕を隠しきれない。遂に動いたかという驚き、そしてこれから戦争が始まることに対する恐怖、果たしてソラはどうしているのかという不安。様々な負の感情が思考回路を駆け巡る中、リュナが静かに立ち上がり、混乱で埋め尽くされたその場の空気を一掃するかのように真面目な口調で言った。
「テロスに行こう。」