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第十五話 大脱出

 夜。太陽が地平線の向こう側へと姿を隠し、変わりに月が出てくる時間。そんな時間に一番効果を発揮するものと言えば。

 狼男や、吸血鬼だろうか。満月によって力を得たり、日光がなくなったことによって力を得たり。だが、この人の力はそのレベルではなかった。

 神之権能(ゴッドスキル)月光之神(ツクヨミ)】。詳しい効果は分からないが、管理者権限を必要とする結界を、何の痕跡も残さずに透過させた。それにより俺は囚われの身から解放され、懲罰房らしき暗い牢屋から出ることができたのだった。


「さて、これからどうしようか。君をここから出しちゃったから、あたしがやったとバレるのも時間の問題だし……まあどうせなら一暴れしてから脱出しちゃおうか。」

「ここに閉じ込められてる異世界人たちを助け出したいんだけど……」

「ああ、君以外にも何十人もいたね。流石に全員は厳しいけど、五人くらいだったら何とかなりそうかな。」


 五人なら脱出させることが可能らしい。俺の中で既に四人は決まっている。向かいの牢屋のケント、おどおどしている態度に反し滅茶苦茶速いヨツキ、食事を何故か分けてくれたドミトリー、俺に魔法のシステムを教えてくれた女性、ハルカの四人。正直残酷なことを言うが、他はどうでもいいという考えすらある。

 二日とはいえこんなところにいて心が廃れてきたのだろうか、それともこの要塞を潰したいという気持ちのほうが勝ってしまったのか、どちらでもいいけれど、俺が救いたいと判断したのはその四人だった。


「―――なるほど、その四人だね。分かった。残念だけど他はちょっと厳しい。その四人はあたしが連れ出しておくから、君はやりたいことやっておいで。」


 四人のことを話しただけなのに、俺が要塞を攻撃したいということまでお見通しだったようだ。しかもそれを否定はしなかった。シノブも同じ気持ちなのだろう。

 それだけ話してから、シノブはこの部屋を出て皆が閉じ込められている地下室へと向かっていった。あれほどの力の持ち主で、しかも二百年以上も生きているとなると、ほぼ確実に首尾よくやってくれるだろう。

 その点については、シノブに任せるだけだ。俺は―――どうやって潰しに行こう。

 まず真っ先に障害として頭に浮かぶのは、ラビスだ。俺をこの懲罰房に閉じ込めた本人であり、凄まじい強さの持ち主。あんなのがこの戦争に参戦するとなったらまず勝ち目はないだろうから、正直ここで潰してしまいたい。

 俺も部屋を出る。この要塞の中で何度も見たような木のドアを開けて外へ出ると、そこは直接廊下へと繋がっていた。部屋自体はこの建物の中心に位置するようで、左右には廊下が伸びている。


「どっちだ……?」


 外に出られるなら、どちらを行ってもいいだろう。でも、衛兵がいる場所だったりは避けて通りたい。ラビスは尚更だ。

 俺はまずこの建物の外に出て、より多くの兵士がいるという建物に行きたい。そこで暴れられれば、軍も壊滅的な状態になるだろう。

 決して自爆テロみたいなことにはなりたくない。

 そして、現在この建物ではシノブが四人を救い出すために奔走している。たとえラビスが居ても、ここで不意打ちの戦いなんてしたらシノブも巻き込んでしまうだろう。


「できるだけ、見つかりたくはないしなぁ……

余計な戦闘は避けたいところだけど……」


 そんな独り言を呟きながら、右か左かどちらに進めばいいかのの決断を下す。根拠は何もない。先が見通せないので、こればかりは勘で行くしかないのだ。


「左っ。」


 未知数であるこの先を予想しながら、どうなってもいいやと半分投げやりに、左を選んだ。でもどうやらそちらが成功のようだった。

 左に進む。途中いくつか部屋の入り口があったので、恐る恐る中を覗いて人の目に入らないように、コソコソと移動した。角を曲がるとすぐに外につながるドアがあり、俺はドアに付いている明かり取りの窓から差し込んでくる月光に気づき、無我夢中でそのドアを開けた。

 そこは小さな広場の出入り口だった。


「囲まれてるな……」


 だが、外に出られればこっちのものだ。有刺鉄線なんてものは、俺には効かない。流石に高圧電線は危ないけれど、まあどうにかなるだろう。

 タルタロス、お前の力であの高い塀を越えられるよな。


《これ越えるのぉ……?言っておくけど、飛行魔法とか無いよ?使えるのは悪魔族と天使族、それに一部の人だけだし。残念だけど、幾ら魔法を創ったディボス様の権能だからって、空は飛べないの。》


 空を飛べないのなら、登ればいいじゃん。ほら、限界突破があるじゃないか。多少負担は掛かるけど、それでもここから出れることと天秤にかけたら安いものだ。


《いいけど、今回は本当に危ないよ?訓練の時みたいな少しだけの解放じゃないんだから。

あのトゲトゲのやつと、雷属性のエネルギーが流れてるやつのダメージを耐えるか避けるには、登るのに加えて結構なパワーが必要なの。

ごしゅじんは登るなんて気軽に言うけど、それも筋力とか考えたら、腕や足、平衡感覚、肩、体幹とか、色々な要素が必要になってくるの。それに加えて肉体強度アップなんてしたら、自我を保てなくなっちゃう。

私の初仕事の時ほどじゃないけど、それでも乱暴になったりするんだから!

私、知らないからね!》


 まあ……それは好都合なんじゃないかと思う。


《なんで!》


 だって、俺はこれから下手すれば―――というか、ほぼ確実に人の命を奪うことになる。幾らこの世界に来て慣れてきているからとは言え、流石に俺の良心が抵抗してしまうんだ。

 ならいっそのこと、力に任せて記憶のないまま暴れ散らかしたほうが、まあ現実で起こってることはどのみち変わらないにしろ、罪悪感は軽減される。それに、いざとなったらタルタロスが助けてくれるんだろ?俺は信じてるよ。


《ぐ、ぐぬぬぬぬ……もう!分かった、このレベルの解放だったら、少なくとも二時間は無事でいられるはず。それ以上動いちゃったらあの時みたいに反動が返ってくるから、要注意ね。暴走状態になったら自我も消えるし、その時の記憶も残らない。だから判断能力もなくなっちゃうから、本当に危なくなったら私が中断させるからね!分かった?》


 分かった。じゃあ、後は任せるよ、タルタロス。


《任せて!ごしゅじんが無理しても助けるのは私の仕事だから!》


 そんな頼りになるタルタロスの声を聞きながら、俺は徐々に体の奥底から湧いてくる力に身を委ねた。

 腹の底から熱いものが上がってくる。血が、沸騰する。たちまち筋肉が強くなるのを感じていくうちに、まず俺の身体の制御権が失われた。

 動けなくなった俺の思考もだんだんと虚ろになってきて、最終的にプツンと、まるでプラグが抜かれるかのように俺の意識はそこで途絶えた。


◀ ◇ ▶


 多数の異世界人を抱える、パーゴ駐屯地。敷地の中でもいくつかの部に分かれているテロス王国の中でも特殊な構造のその駐屯地では、それぞれに司令分部というものが存在する。司令部と言っても役割はごく簡単なものであり、お互いの敷地での兵の練度の情報交換や、共同訓練、駐屯地内軍事会議での情報共有など、大仰な名前とは裏腹に、役目はそれだけだった。それでも約三万の軍を束ね、戦争において活躍するために必要なことだったのだ。

 そんな司令分部には、それぞれ連絡用の魔導具が存在する。普段はそれにて口頭で情報共有を行っているが、今日は少し様子が違った。


『カルゴ少佐、今しがたラビス大佐より情報が入った。』

「ほう、ラビス大佐から。珍しいな、どんな内容だ。」

『それが、ラビス大佐が担当する例の矯正施設で、命令に背いた違反行動、そして教官に対する反逆、さらには懲罰房からの脱走をした異世界人がいるらしい。』

「それはまた大事になるな。あのラビス大佐でも止められなかったとは、早速軍にも起用したいところだが、何という気性の荒さだ……」

『まあ、大丈夫でしょう。あちらには優秀な術師がいる。我が国の技術で従えてしまえば―――』


 突然、その男の声が途絶えた。先程まで兵士訓練棟の高官と、非戦闘員訓練棟の高官――カルゴが会話をしていたものの、いきなり聞こえなくなった相手の声にカルゴは声を震わせた。


「テ、テス少佐?どうかしたのか?」


 普通の通信障害なら、ここまで慌てることもなかっただろう。だが、先ほどの会話の中にカルゴを戦慄させるには十分な要素が含まれていた。


『グチャ』


 それはあまりにも生々しい、肉が捻り潰される音だった。

 その音は遠くからした。手にした魔導具の受話器からは、遠くで多くの兵隊が騒ぐ声が聞こえる。


『おい、何が起こったんだ!?』

『分からない、とにかく逃げろ!』

『化け物……化けもの゛ッ!?―――』

『うぁガァッ―――』

『おい、応援をッ―――』

『だ、ずげ、でェ゙―――』


 受話器の向こうで鳴り止まない兵士の断末魔と、生々しい蹂躙の音。カルゴは、恐ろしくても身体が硬直してその受話器を耳及び手から離すことができなかった。

 やがて、ドンッという音とともにカルゴに向けて呼びかけてきた声があった。


『カルゴ少佐!聞こえるか!』

「お、おう!聞こえるぞ!そっちで何が―――」

『詳しい話は後だ!今こっちで異様な強さの子供が暴れてる!まるで、まるで神話の化け物みたいだ!

そっちも逃げろ!今すぐ、今すぐにッ―――』


 そんな警告も、受話器のすぐ近くで鳴り響いた咀嚼音のような残酷な蹂躙の音に掻き消された。

 グチャッという大きな音を境に、ピタリと向こうの音はやんだ。

 受話器の向こうの高官がどうなったか、状況的にも考えてカルゴが安々と察することは可能だった。

 恐怖で身体が硬直し、まだカルゴは受話器を離すことすらできず、向こうで何が起こっているか、近くにいる同僚に訴えることもできなかった。

 相手がただの肉塊と化した音がカルゴの鼓膜を揺らし、数秒の間静寂に包まれた後―――カルゴが持つ受話器から、低く、まるで子供のような、それでいて冷たく凍りつくような声が聞こえてきたのだ。


『―――受話器の向こうにいる人間、聞こえているな。死にたくなかったら返事をするんだ。』

『は、はぃ、います、います』

『この建物の人間、およそ二万人―――全て、俺が殺した。』


 その言葉に、カルゴは目を見開いた。二万人もの訓練によって鍛え抜かれた兵士たちを、たったあれだけの時間で葬り去ったなど、あり得ない―――。カルゴはそう思っていた。

 でも、今カルゴの握っている受話器の向こうにいるのは正真正銘の化け物だった。カルゴが息を呑む音が向こうにも伝わったのか、相手の化け物はフッと鼻で笑った後、その冷たい声でカルゴの心を突き刺した。


『―――俺はカルディナ。繰り返す。俺は紅冠鳥(カルディナ)だ。プロタを敵に回したこと、後悔させてやる。』


 紅冠鳥(カルディナ)。その存在を知っていたカルゴにとって、それは心を挫く材料には十分すぎた。


(カ、カルディナだとっ!?―――いや、あり得ない、まさか脱走した異世界人というのが―――嘘だろ、なんて化け物をこの駐屯地に放り込んだんだ……

これじゃ俺たちは、ただの餌―――魔獣の檻に入れられた、肉みたいなものだ……)


 絶望、恐怖、受話器の向こうで起こったことを完全に察し、さらには駐屯地内で暴れる天災の存在を知り、カルゴは挫けた。心が折れ、周りの同僚に一大事を伝えることも出来ずに、直立したまま動かなくなった。

 そのカルゴの異常な様子に同僚が気づいて声を掛けるも、カルゴはそれに応えられるほど心に余裕がなかった。

 駐屯地に常駐する兵士およそ三万のうち、九割に及ぶ兵士の命が無残にも踏みつぶされ、殺し尽くされる、十分前の出来事だった。

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