第十四話 西側諸国防衛戦(前編)
「敵襲、敵襲―――!全軍防衛態勢に入れ!」
西側諸国の最西に位置する、デティク王国。そんな国のさらに最西、テロス王国に隣接する城塞都市は現在大混乱に陥っていた。
城壁の向こう側、国境線となるキト大河の向こう側に視認ができる、立ち込める砂煙。
言わずとも、キト大河の向こう側はテロス王国の領地である。長年覇権主義のテロス王国に対抗してきたデティク王国だが、これまで紛争として派遣されてきた使者の一行や武力を振りかざす軍の規模を大きく上回るほどの大軍が、国境であるキト大河を越えて侵攻してきたのである。
まだ大河を越えているわけではない。が、これは立派な軍事行動であり、西側諸国の要であるデティク王国が陥落しようものならあっという間にテロス王国の軍隊は西側諸国に攻め入ることとなる。
故に戦いの最前線となる城塞都市ナピリアは、侵攻してくる大軍を視認した途端に速やかに防衛態勢をとった。
国の上層部も、魔導具を通じて送られてきた緊急信号に大慌て。普段から軍事侵攻が多々あったため、上層部は混乱しつつも司令自体は至って冷静なものだった。
『城塞都市ナピリアと近隣の都市が力を合わせ、援軍が到着するまで敵軍を食い止めよ。』
国政上層部からナピリアの軍事司令分部に送られてきた命令は、そのようなものだった。
そんな命令を受け、すぐに大河の向こう側に対して迎撃態勢をとったナピリアの軍隊。
城壁の前に一列に並び、街を守るため、そして西側諸国を守るために各々武器を構えて来たる戦いに備えた。
対して、歩兵と謎の大型物体で構成され、キト大河の前で侵攻の足を止めたテロス軍。
何をしているのかとナピリア軍の兵隊たちが疑問に思った途端、一瞬にしてナピリア軍は壊滅することとなった。
何が起こったのか。現場の歩兵たちも、後衛の魔法使いたちも、見張りの衛兵たちも、そして司令部も、戦いの全容を、軍が滅ぼされた理由を目の当たりにすることは不可能だった。
それは何故か。原因は、テロス軍の新型兵器だった。
謎に包まれた大型物体は、異世界の知識を組み込まれた大量殺戮用の兵器だったのだ。ほぼ球体状の、横の二つの六角形の構造が回転することで前に進む、完全に未知数の兵器だった。
その兵器から放たれた、音速を超えるスピードで最終的に誰にも感知されることなく軍の真ん中に着弾した、最新型の弾頭。その威力は残酷なほどに絶大だった。
発射から着弾の間に弾頭は音速を超え、空気を切り裂くソニックウェーブがまず辺りを散らしていく。その後着弾すると、弾頭に仕組まれていた術式が発動し、周囲の魔力と酸素を一気に吸収して刹那膨大な熱エネルギーとなって辺りを吹き飛ばし、焼き尽くす。
完全に初見殺し、そもそも初見でさえ見えないような兵器にナピリア軍は為すすべもなく滅ぼされた。
死者は千を超え、その場にいた一万足らずの歩兵たちは残さず吹き飛ばされる。
爆発の余波で堅牢な城門は一瞬にして吹き飛ばされ、城壁はかろうじて崩れはしなかったものの既に大きな痛手を負っていた。
「おいなんだ今のは!?」
「何が起こった!」
「誰か分かるやついないのか!」
司令部の連絡網もほぼ破綻し、現場にいる兵たちは死の道を選ぶしか無かった。
誇りを捨てた者は逃げ、絶望に挫けたものは天を仰ぎ、豪胆なものは大河に向かって駆け出した。
不幸中の幸いだったのが、あの兵器の弾は装填に時間がかかることだった。たとえその間に混乱が静まらなくとも、しぶとく生き残っていた者たちには生きる時間が与えられていたのだから。
だがそれもやがて、終わりを迎える。球体の正面の銃口から凄まじいスピードで発射される弾頭は、二回目にして完全に全てを撃ち砕いていった。
城壁も、人々の希望も、兵士たちの命も、どれだけ足掻こうと人々は抗えなかったのだ。
かくして、両軍がキト大河を挟んで相まみえてから一時間も経たずに、防衛の最前線である城塞都市ナピリアは陥落した。
デティク王国の上層部では、情報が入り乱れていた。
「敵が新型の強力な兵器を使用しております!」
「ナピリア陥落!敵軍はキト大河を越えて侵攻中です!」
「死者は千名を超える模様!」
「どうかご決断を!」
椅子に座り、額に手を当てて眉間にしわを寄せながら、低く唸る一人の男。その周りには、自己判断能力を打ち砕かれて最早その男に頼るしかなくなった哀れな高官たちが集まっていた。
そう、全判断と全責任を委ねられ、戦いに参加する全ての者の命を背負うことになった男、デティク王国の国王、タリア・デティクである。
タリアは暫しの間唸りながら悩み続けたが、まるで諦めたように結論を出した。
「全軍、テロス軍の進路上の街に集まり、何が何でも防衛をしろ。決して奴らを西側諸国に喰い込ませてはいかん。」
すぐに伝令は広まった。まるで捨て駒のように扱われることに不満を抱える兵士も当然全体の何割かはいたが、たとえ圧倒的な戦力でも自分たちが西側諸国の命運を握っているということに誇りを持ちながら戦いの準備を始めた。
一方テロス軍は、無理やりに門をこじ開けさせたナピリアに向けて、大河を越えて進軍中だった。
彼らの革新的な技術である『空間補助』を使って。これは一時間に一度使える技術で、短い距離だが空間を連結させて進むことのできる方法だ。これにて大河を渡らずとも越え、長距離でも一部を短縮することでより短い期間で辿り着けるという効果が得られている。
崩壊した城門の前に到達したテロス軍は、ズカズカと街の中に入っていった。
街の住民はもう既に散り散りに逃げ、街はもぬけの殻だ。だが兵による物資の略奪は行われない。その理由が、軍団長の統率にあった。
「いいか、我らの目的は西側諸国の制圧!物資の強奪や略奪が目的ではない!私欲の行動は慎め!」
行進中の軍の戦闘にて、新型兵器や兵士たちの武装には不釣り合いの綺麗な白馬にまたがった騎士は、後ろを行軍中の兵士たちに向かって呼びかけた。
その騎士は、重そうな甲冑を頭から爪先まで全身に纏い、一切の素肌を隠している。
“安息”のナノイ・エルゲニス。それが、この軍を率いる騎士の名である。
兵士たちは、その通り名はおろか騎士の名前すら知らない。何もかもが謎に包まれた人物であり、年齢も、性別も、その素顔も、知る人は少ない。
そんなナノイ率いるテロス軍は街の中を進んでいき、やがて西側諸国の入り口となる向かいの城門にたどり着いた。そちらは城門が閉じている。
またもや新型兵器により破壊するのかと思いきや、ナノイが白馬から降りて城門の前に立った。そして背中に背負った薙刀を手にし、全く隙のない構えを見せる。
ナノイが薙刀を一度振った途端、重厚で巨大な木の城門は斜めに真っ二つに切られ、四つの巨大な板となって崩れ落ちた。
ナノイ自身の身長の何十倍もある巨大な城門が、一刀のもとに斬り捨てられたのだった。
軍はそのまま突き進む。程なくして見えてくる次なる街を目指し、ナノイ率いるテロス軍は蹂躙を目的に進むのだった。
遂に西側諸国への侵入を許してしまったデティク王国だが、国王タリアの下にこれ以上無いほど心強い援軍が、いきなり現れたのだった。
それは一人の男だった。だが侮るなかれ。タリアの下に男が来るまでに止めようとした衛兵や侮辱してしまった衛兵は、廊下の所々で気を失い倒れている。
王の近衛だけあって、男が倒した者たちも伊達な強さを身に着けていない。そんな強者たちを一瞬にしてねじ伏せた男の名は―――カイル・ドラコニスと言った。
「き、貴様は一体何者だ……!」
カイルをテロス王国の差し向けた暗殺者と勘違いしたタリアは、腰を抜かして椅子から転げ落ちていた。
その姿を見てカイルは呆れながら、自分が何故ここに来たのかを打ち明ける。
「俺はカイル・ドラコニス。プロタ王国最強と言われてる、しがない魔法使いさ。
西側諸国が危険だって我が王から聞いたんでな、助けに来た。」
「プ、プロタ王国……!もしや、そなたが龍殺しと名高いあのカイル殿か!
カイル殿!どうか、どうか西側諸国をお助けくだされ!」
「任せときな。さてさて、俺を楽しませてくれる野郎どもは今何処まで来てるんだ?」
「い、今は最前線の城塞都市ナピリアが落とされ、予想では敵軍は政定都市イヴェニスに向かってるらしいが……」
「イヴェニスだな、座標はあるか。」
「あ、あるぞ」
タリアの命令により、別の部屋から衛兵が一枚の紙を持ってきてカイルに手渡した。カイルはその紙を一瞥し、すぐに転移魔法の呪文詠唱を始めた。
「じゃあ、行ってくる。貴方たちは、そうだな、この首都が攻められたとき犠牲者が出ないよう、他の友好国にでも助けてもらうといい。」
そう言い残すと、カイルは転移魔法でその場から消え去った。
後には、呆気にとられたタリアと高官たちが残されたのだった。
政定都市イヴェニスに飛んだカイルは、西門から外に出て軍の姿を探した。
もう既に街でも避難が行われており、ただでさえ人口が多い街の道は避難者たちでごった返していた。
そんな中街の外に出たカイルは、来るであろうテロス軍を待つ。
カイルの準備は万端だ。杖よし、魔力よし、権能よし。戦争が始まり、闘争本能が刺激されたカイルを止められるものは、この国にはもういないだろう。
カイルは地平線を見つめながら、もうすぐ始まる激闘を待った。