第十三話 世界会議
「―――ロア姫、何故戦争を始めようと?」
「―――当方の名はロアではありませぬ。ですが、敢えて言及致しましょう。」
円卓を囲む、十九人の男女。老若男女様々な世代、年齢、性別、容姿の人々が、それぞれ等間隔に並べられた椅子に座って話し合っていた。
これは、世界会議。アギオスの巨大な大陸に存在する十九の国々のトップが、一堂に介しているのだ。
現在話しているのは、大陸四大大国のうちの一つであるデントロ自然公国の国王と、同じく大陸四大大国の一つのテロス王国の姫だ。
ロア姫は、荘厳な雰囲気をその佇まいと言葉にまとわせながら質問に対し丁寧に答え始めた。
「当方は、代々祈祷を生業としております。その為政治にもその一部を取り入れているのですが、神様からお告げがもたらされたのです。」
「その、お告げというのは?」
「当方の神様が故、その有難き御言葉はアギオスの言葉で表する事が不可能にございます。その為詳細に事を形容することは出来ませぬが、敢えて申し上げると、『戦争にて自国の民を救え』と、そのような御言葉を至極恐悦ながら賜らせて頂きました。」
「さ、左様ですか……」
その何とも言えない存在感に若干身を引いたデントロの王。彼らにとって一番重要であった点であるはずが、逆に気圧されて黙り込んでしまう始末だ。
だがそんな空気感になって尚、口を開いた人物がいた。
「貴国が信仰する神はどなたですか。」
その点はとても重要で、その質問から、質問をした人物は話の柱を理解していると考えることは容易だ。
この世界に七柱、神が存在することが確認されている以上、彼女の国――すなわちテロス王国が、何の神を信仰していてお告げというのはどのような思想の上でそうなっているのか、その場の者たちが少なからず気になっていたことだった。
身長差と年齢差で見下されないよう、非常に真っ直ぐ手を挙げてその質問をした人物は、大陸四大大国が一つ、プロタ王国の王女であるリース・モーガンである。
そのリースの質問にも、ロアは先ほどと変わらない厳かな口調で、且つ厳かな雰囲気のまま返答をする。
「当方がお仕えしている神様は、残念ながらその名を口にすることはできません。最大限の敬意の念を込め、そのように致しました。
但し、かの御方は貴殿らの平穏を護る崇高な存在でありまする。問にお答えできぬ非礼、心よりお詫び申し上げますが、どうかおわかりくださいませ。」
と、頑なに教えることはなかった。でも、丁重に断られたからといって食い下がるリースではない。次なる質問を投げかけ、さらに掘り起こすことで事柄を繋ごうと試みているのだ。
「ではこちらの方をお聞きします。
貴国は、そのお告げで賜った戦争について、どのように行動をしようとしているのですか。」
直接的な質問に、場の者は無礼に顔をしかめるものと好奇心にひたすら視線をロアに注ぐ者。雰囲気は二分された。
ロアは前者だったが、多少眉間にしわを寄せただけですぐに元の仏のような柔らかい笑みに戻り、違わぬ落ち着いた声色で再度質疑応答を始めたのだ。
「それにつきましては、機密事項の為詳しくは言及が出来ませぬ。当方とて一般的な祈祷師に過ぎませぬ。政治に関わるのはあくまで神様の言葉だけであり、当方が直接的に政治に加わることは神様のお告げによって固く禁じられておりまする。又もや非礼だとは重々承知ですが、それが故に当方は何も答えることは出来ませぬ。また、当方は一切の物事を存じ上げておりませぬ故、その事をご理解宜しくお願い致します。」
またもや丁寧な姿勢で応答を棄却するロアののらりくらりとした態度に若干嫌気が差してくるリースだが、国のためにも彼女はここで引くわけには行かなかった。たとえどんなに断られようと、何か情報だけでも持ちかれることができればと、手探りに質問を続けていく。
「貴国は、戦争によって得た利益によって何をしようとしているのですか。」
「申し訳ありませぬが、その問いにも答えかねます。当方は祈祷をしているだけなので、それにつきましては一切の事情を聞かされておらぬのです。」
「では、貴女が祈祷をする理由は何でしょう」
「当方は神様の御言葉により一族から選ばれし巫女が祈祷を行います。これは神様の代弁者ということであり、当方は決して利益の為に行っているわけでは無いことをご理解していただきたく存じます。」
「この戦争に関し、他にお告げはありませんか。」
「神様は『戦争をして民を潤せ』と、それだけしかおっしゃっておりませんでした。」
のらりくらりと薄い回答をして具体的なことは隠し通すロアと、何度も同じ事を質問したら非礼に値してしまう事を逆手に取られ、未だ決定的な話を聞けていないまま質問にて追いかけ続けるリース。
両者の追いかけっこは暫くの間続き、ある程度ロアが喋ってリースが折れたところで、質疑応答の追いかけっこがやっと終了した。
先程から大国の主たちが話を続けているため話に入れないでいた小国の王たち、そして傍観者として静かに見守り続ける、大陸四大大国の一つ、ディナスティア魔導帝国の皇帝、キリベニシ・カトロス・エクシンタトリア・ディナスティアは興味深い話し合いに口角を僅かに上げた。
その後も話し合いが続いた後、遂に停滞してしまった会議は一度お開きとなった。
部屋を出ていくリースのお付として後ろにグレースが控えているまま、リースは不機嫌そうな態度で会議室を後にした。
「ったく、ほんとに答える気あるの?あの女。」
「ご尤もでございます。ですがリース様、あまり他国のトップをここでけなさないほうがよろしいかと……」
「ああ、ごめん。会議では精一杯見栄張ってたつもりだけど、どうだったかな。」
「バッチリでございます。リース様を下に見る者は、いなかったかと。」
「国の大きさとかで決められちゃ、いずれは舐められちゃうんだよね。親の七光りっていうの?あれじゃ、意味ないよ。ソラ兄が頑張ってるんだから、私もしっかりしないとね。」
次の会議に向けてそう自分に言い聞かせながら自信をつけるリースだが、自分の部屋に着くなり素っ頓狂な声を上げた。
「んん?」
見ると、ドアの隙間に一通の手紙が挟まっている。紙はそれなりに良質なもので、王都で流通している代物だ。王都で何かあったのかと思いつつ、リースはその封を開けてみた。
中に入っていた、一通の紙。かなり達筆ながらも、急いでいたのか乱れた筆跡で書かれたその書は、彼女にとって驚くべきことが記されていた。
リース様。突然このような形の文書となり、不躾を謝罪いたします。ですが、早急に耳に入れてほしくこうして手紙を送った次第であります。
時間があまり無いので手短に申し上げますが、先日我らがパーティのリーダー、ソラが誘拐されました。
恐らく犯人はテロス王国かと思われます。
私たちも全力で追跡いたしますので、どうか貴女様は、来るであろう戦争に向けて万全の準備をお願い申し上げます。
イノウエ邸邸主傍付、ルミア
クシャッと、その手紙はリースが両手に持った状態で握りつぶされた。
リースの顔には怒りが浮かんでいる。わなわなと震える両手にも力が入り、内容に対して憤慨しているのは一目で見て取れた。
「グレース。」
「はっ」
「プロタ王国に残した重鎮たちに通達。王都の、いや、我が国全ての調査機関を総動員してでも、ソラ兄の行方を探し出して。そして全ての武力機関には、テロス王国の攻撃に備えるよう要請。」
「了解しました!」
グレースはすぐさま、廊下を走って何処かへと向かった。
リースは、部屋の前で小さく一言、怒りに燃えた声で呟いた。
「ロア……テロス王国……この私の怒りに触れたこと、後悔するといい……!」