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第十二話 懲罰房

 頭が痛い。いや、頭だけじゃない。両腕、両脚、腰、鳩尾、胸、脇腹、両肩、首、身体の全部位とも言えるほど、身体の至る所がズキズキと刺すように痛む。

 痛い、痛い、痛い。

 視界は真っ黒だ。目は開いている。瞼の感触、そして眼球が空気に触れて乾く感触はある。でも、網膜には何も焼き付かない。光をとらえることができない。この空間に、一ミクロンも光はないのだ。それだけは確信できる。故に真っ黒で、真っ暗。何も見えない。

 耳は何も聞こえない。耳鳴りはしない。ただ静寂だけが、この世に存在するとは思えないほどの、音が一切ない静寂だけがこの空間を満たしている。

 視覚、聴覚は何も捉えることはできない。勿論味覚、嗅覚も、何も感じ取ることはできなかった。

 真っ暗な謎の空間の中で、ただひたすらにもがく。この手が何か掴むまで、この足が何処かに触れるまで、ただ当てもなくもがくだけしかできなかった。


「―――何故、気づいてくれなかった」


 耳が痛くなるほどの静寂の中で、そんな人の声が聞こえた。―――否、聞こえてはいない。鼓膜はいかなる振動も捉えていない。

 まるでタルタロスと会話をする時のような、頭の中に直接響いてくるような感覚があった。


「何故、この苦しみに気がついてくれなかった。」


 謎の声は続ける。その声を聞いて、だんだんと思考回路がその機能を取り戻しつつあった。

 これは男の声だ。それも、いつも身近で聞いていたような、懐かしくなる声だった。俺はこの声を聞いたことがある。何度も聞いた。その感覚は掴めど、それが誰の声なのか、思い出せなかった。


「何故、何故、何故、何故……!」


 男の声は徐々に強くなっていく。まるで怒っているような、強い口調に変わっていった。


「何故、貴様は我を眩い世界に放り込んだんだ!」


 一瞬また頭の中は静まり返り、声なんて何もしなくなった後、再び男の声が何かを訴えかけてきた。

 この声、この一人称、この二人称、覚えがある。そうだ、これはセトの声だ。今は亡きセトが、話しかけてきているのだ。

 それが理解できた時には、もうセトの声はしなくなった。

 再び静寂が脳を支配する。

 途端、その静寂を突き破るように、まるでダムが決壊したかのように、数々の人の声が頭の中に溢れてきた。


「何故、お前は我を殺した」

「なんで、あんたは俺たちを見捨てたんだ」

「お前のせいで、何人の人が死んだと思ってる」

「お前はどれだけの命を奪った!」

「どれだけの命を見捨てたんだ!」

「仲間が大事とか、自分を納得させるための言い訳にすぎないだろ!」

「仲間は仲間でも、違うパーティだったら見捨てるの……?」

「お前は仲間が無事なら何でもいいのか!」

「お前のせいで踏みにじられた俺たちのことを少しは考えろ!」

「お前は、俺の命を天秤にかけた。その末がこれだ」

「もとはと言えばあんたのせいで……!私たちはあんたの巻き添えで死んだんだよ!」

「お前があちこち振り回して、果てには俺たちのことを放って、どうせ自分たちがいいならそれでいいんだろ。」

「仲間を失って孤独になった時の気持ち、お前には分からないだろうなぁ!」

「返せよ!俺と仲間たちの命を返せよ!」


 ―――これは、なんだ……?

 今までこの世にいる人たちの怨念……?いや、違う、これは―――

 ―――俺が関わったせいで命を落とした人たちの怨念だ。

 数々の罵声を浴びせられ、その声がどれだけの悲しみを帯びていただろうか。今まで、俺は俺のせいで死んでいった人たちのことを考えたことがあるだろうか。

 俺の考えが及ばず、巻き添えで死んでいった人たち…

 俺のミスで、その命を散らしていった人たち…

 俺がこの手で、その命を奪っていった人たち…

 彼らの悲しみを一身に浴びて、俺は改めて深く考えた。

 でも、罵声はそれでもまだ続いた。


「ソラ君、きっと君に会わなければ、私はこんなことにならなかったんだろうね。」

「貴方に縋らなければ、私はもっといい未来を送れていた。」

「貴方が無闇に人の事情に首を突っ込むから、私の人生は捻じ曲げられたんです。」

「思えば、ただの客人とただの使用人の関係。貴方を信じた私が馬鹿だった。」

「フフフ。お兄さんが何もしなかったら、私たちも苦労することはなかったのに。」

「お兄さんのせいだよ。お兄さんが何も考えなかったからだよ。」

「ソラさん、たとえ貴方がどれだけ強かろうと、僕たちの運命を捻じ曲げてどん底に落としたのは貴方だ。」

「お前さえいなけりゃ、俺たちもあんな危険を被ることは無かったんだ。」

「お前さえいなけりゃ。」

「貴方さえいなければ。」

「消えろ。」

「消えて。」

「今、すぐに―――!」


◀ ◇ ▶


 「―――っはぁ!?!?」


 俺は飛び起きた。いや、厳密に言えば飛び起きたわけではないけれど、意識を無理やりに現実へと戻してきたのだ。今まで息が止まっていたのか、俺は必死に酸素を貪る。

 意識が覚醒し、目の前の景色を見て現実だと革新した後、俺はやっと先ほどの現象がただの悪夢なのだと察することができた。


《大丈夫?汗びっしょりだし、顔色が悪いよ?》


 ああ、うん、大丈夫。

 落ち着こう、今のは夢だ。ただの悪い夢。リュナたちが、幽霊たちが、そしてリオンたちが、俺にあんな事を言うはずがない。

 改めて周りを見渡してみる。これが現実だということは確かだけれど、先ほどの夢に負けず劣らず視界は暗い。僅かな光はある。遠くにあるドアらしきものの明かり取りの鉄格子から僅かに入ってくる、外のランタンの淡い光が。狭い隙間から入ってくるその光は、俺が現在いる部屋の一部を照らしていた。

 俺は状況把握のために立ち上がる。

 すると、ガチャリという金属音と共に両手首が何かに引っ張られ、俺は尻餅をついた。その拍子に後ろの壁に強く背中を打ち、痛みに顔をしかめる。

 必死に酸素を取り入れ、働けていない脳みそをたたき起こす。

 ここは何処か。まずそれからだ。

 明かりのない中で、まず手元を探る。俺は現在両手を挙げた状態で何かに縛り付けられていて、身動きはほとんど取れない状態だ。足にも重い何かが付いていて、足首が痛む。


《【一望千里】に暗視効果あるけど、使う?》


 そう言えばそうだったな。勿論使わせてもらう。

 暗視効果が発動し、俺の視界は明るくなった。まず真っ先に見えたのは、俺がいる部屋だ。

 縦長の、両脇に木で出来た長椅子が置いてある部屋。牢屋とさほど変わらないような感じではあるけれど、あの牢屋と違って鉄格子ではなく重厚そうな木の扉が俺の正面にある入り口を塞いでいる。扉だが、開きそうにない。

 続いて、俺の足首にあるものだ。両足首には鉄製の足枷が付いていて、足枷に付いている鎖の先に重そうな鉄球が転がっていた。どう考えても拘束具だろう、これ。

 となると手首の方なんて見ずとも分かる。一応確認すると、壁に取り付けられた二本の鎖の先に手枷が付けられ、その枷は俺の手首を縛っていた。

 先程から万歳のポーズで、立ち上がれないのもこれが原因だ。

 一体何があったのかは……タルタロスに聞くか。


《覚えてないの……?

まあ、説明するよ。情報を集めるために排気口に潜ったごしゅじんだけど、通気孔のフタが外れて下に落ちちゃったんだ。それを見た衛兵が、あのラビスっていう男を呼んできたの。ごしゅじんを連れて行こうとするラビスに対してごしゅじんは抵抗したから、戦いになったの。まあ、私のサポートを受けたごしゅじんでも、ラビス相手には手も足も出なかったんだけどね。

やっぱり、私が予想した通りの強者だったよ。

で、ごしゅじんは今もっと厳重な牢屋に閉じ込められてるってわけ。》


 なるほど。完全に理解した。残念ながら通気孔から落ちた後の記憶はないけど、これでラビスが危険なのが証明されたわけだな。

 ちなみにタルタロス、お前のサポートは本気だったか?


《私が本気になったら今頃この要塞形を保ってないよ。》


 そりゃそうか。

 まあ本気だったらこの先どうしようとは思ったけど、幸いにも本気を出したら勝てそうな相手だから助かった。


《助かったわけではないけどね……》


 そんな皮肉を口にするタルタロスは放っておいて、俺はこれからどうしようかと画策する。

 まずはこの厳重な牢屋から出ることが先決だが……もういっそ暴れてしまってもいいだろうか。

 ラビスの強さもわかったし、盗み聞きした噂話からだと恐らくそう遠くないうちに戦争が始まってしまう。そうなればプロタも、西側諸国も、なんなら他の国々も危険にさらされてしまう。原初之権能(プリミティブスキル)であるタルタロスでも、容易には勝てないような強さを持つラビスがいるんだ、何の対策もなしに放っておけば余裕で小国一つは滅びかねない。ならばその前に、この要塞ごと吹き飛ばしてしまおうというわけである。

 とはいえ、準備が必要だ。異世界人は全員救い出したい。彼らも、俺と同じく無理やり連れてこられた人々なのだから。無慈悲に命を奪うより、一緒に脱出したほうがいいだろう。

 そのためには、まずここから出れればいいんだが……

 なあタルタロス、多分この牢屋、結界が張ってあるだろ。


《うん。それもかなり強力なね。私の力だったら余裕で壊せるけど、この結界、無理やりに壊すと管理者にバレちゃうね。それでもいいなら今すぐにでも壊せるけど……どうする?》


 いや、どうにかして他の方法で外に出る。こんな丈夫な結界、わざわざ俺を閉じ込めるために張るなんてどうせラビスの仕業だろう。

 というか、この鎖外せるのか?


《これね、封魔の鎖(スプラギザ)っていう魔導宝具(アーティファクト)。これ自体強力な魔具だけど、私なら解除できる。》


 ならよろしく。

 割とすぐにタルタロスによって両手両足の枷が外された。パキャッという小さな音と共に鉄の輪は二箇所が外れて真っ二つに割れ、俺の手首足首は解放された。

 ゆっくりと立ち上がりさてどうしようかと伸びをしたところで、何やら外から女性の声が。

 俺はてっきり外で何か話しているのかと思ったが、その女性の声の対象は明らかに牢屋内の俺に向けられていた。そして見てみると、扉の明かり取りの小さな鉄格子から、一人の女性が顔を出している。でも入ってくる光は遮られていない。

 白と黒がところどころ混ざった変なカラーリングの髪の毛。おかっぱ――というよりはただのショートだろうか、何処か凛々しい感じの女性だ。ただ一つ、影がないことを除いては。

 女性の頭が光を遮っていない。いくら暗視効果がついているとは言え影はしっかりと視認できるので、この女性が人外なのだろうか。吸血鬼(ヴァンパイア)は影ができないともいうけれど、この女性は吸血鬼(ヴァンパイア)なのだろうか。


「君、闇の加護持ち?ということは、あたしと同じように神なの?」


 女性は牢屋の中に向かってそう話しかけてくる。当然牢屋の中には俺しかいないため、必然的に主語の「あんた」は俺を指すというわけだ。

 闇の加護持ち?神?何言ってんだ?


《この(ひと)、陽の加護を持ってる。基本的に加護っていうのは神之権能(ゴッドスキル)を持ってる人しか無いからね。》


 ということは、この人も神之権能(ゴッドスキル)所持者ってわけか。よく注視すれば、魔力のオーラとは別に身体の周りに薄く黄色い光を纏っている。これが加護の証だろう。


「ああ、わかりにくかったね。君、闇属性の神之権能(ゴッドスキル)持ってるでしょ。闇属性は原初之権能(プリミティブスキル)の片割れ。つまり、君は相当の手練だね。

あたしはシノブ。神之権能(ゴッドスキル)月光之神(ツクヨミ)】の使い手。」


 シノブ……あれ?何処かで聞いた気が……


「ああっ!!」

「うわぁ!何、どうしたの?」

「貴女、もしかしてセトの……!」

「セト?何、待って、どういうこと?」


 と、そこで俺は冷静になって考えてみた。セトの例の事件は、二百年前の一件だ。その時子供だったとしても、二百年後である今にこうして若い姿で生きているわけではない。つまり名前が同じで、たまたま神之権能(ゴッドスキル)を持っているというだけの別の人という可能性も、限りなく低いにしろ少なからずある。


神之権能(ゴッドスキル)をゲットするとね、稀に肉体と精神の成長が止まっちゃう人がいるんだよ。》


 じゃあ本人だ。もしその稀にが当てはまるのなら、今の時代に生きていてもおかしくはない。


「―――と、そんなわけでして……」

「なるほどなるほど。つまり君は、カズム様の友達というわけだね。なら話が早い。君の名前は?」

「イノウエソラ。異世界人です。」

「お、奇遇だね。あたしはツキカゲシノブ。異世界人ってわけじゃないけど、母が異世界人なんだ。

いきなりで申し訳ないんだけど、君、ここから脱出する気はない?」

「え?」


 いきなり何を言うのだろう、この人は。何かの罠か、あるいはこの人の本心か。飄々とした態度で話すシノブの本心が読み取りにくい。一体何を考えているのかと身構えるが、俺の心の何処かでこの人のことを信用してもいいのではないかと思えてきた。

 普通は、こんなあからさまな話信じない。でも、今のところ手段もないのだからいっそ賭けてみてもいいんじゃないか。そう思った。


「脱出。正直あたし、戦争なんてしたくない。あたしの【月光之神(ツクヨミ)】はね、月夜の下じゃないと力が使えない。だからこそ、異世界人で強い人を探してたんだ。」

「そういうことなら、協力しますよ。」

「ほんと!?ありがとー!」

「でも、この牢屋結界が……」

「あ、それについてはご心配なく。そこに天窓があるから、夜になったらあたしの力が使える。

それまで待ってくれたら、無事にそこから出してあげるよ。

後敬語は使わなくていいから。普通に話しかけてね。あたしのことはシノブちゃんって呼んで。」

「じゃ、じゃあシノブで……」

「遠慮しなくてもいいのに。」


 俺に“シノブちゃん”と呼ばれず、少々不貞腐れ始めたシノブ。

 いやそんなことはどうでもいい。とにかく、ここから何事もなく出られる夜を待つしか無さそうだ。

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