第十話 施設での生活
「あ痛てててて……」
「……ごめん、ちょっとやりすぎた。」
「いいよいいよ、模擬戦って言ってもお互い本気だったし。それに、ソラの実力を知れたから万々歳だよ。」
「あれでもあまり本気は出してないんだよ。」
「え!?そうなの?ソラの強さが想像もつかないや……」
ここは医務室。俺との模擬戦により負傷したケントを運び込み、現在治療が終わったところだった。
肩や脇腹、頬、腕、脛等の要所要所に処置が施してあるケントの姿は、俺がやったとは言え少々痛々しく、その佇まいを見て申し訳なくなったほどだ。
俺がとどめを刺した脇腹と、少々強く叩いてしまった肩をさすりながらケントは俺の強さに驚いている。
「いや~、負けちゃったなぁ。」
「ケントもかなり強かったよ?」
「いやいや、僕の剣術はまだまだだよ。先月剣のお師匠に、『半人前だ』って言われたばかりだし。
こんな事言うとあれだけど、まさか魔法で前衛職の技と渡り合えるなんて思っていなかったよ。僕のお師匠は魔法のこと見下してたから、魔法への対処法なんて考えたこともなかったんだ。でもこうして攻撃魔法と防御魔法だけにこてんぱんに打ちのめされて、魔法の強さを知った気がするよ。」
「まあ、これでも何度も剣士と渡り合ってきたし。
ちなみに俺は魔力量が常人より多いだけで、普通だとあんなに動きながらの魔法詠唱だったり素早い防御魔法の展開だったりはできないらしいぞ。」
「そうなんだ。じゃあ、ソラの才能なんだね。」
この豆知識は、三回戦にて出会った魔法使いの女性に聞いた話だ。俺の異様な戦い方に驚いたんだそうで、どうやら俺が普段やっている戦い方は魔法使いには絶対にできない動きらしい。
というのも、通常魔法というのはイメージで組み立て、実行するものだ。だがしかしその仕組みとして、イメージで世界の法則に干渉し具現化するというシステムで魔法は働いている。つまりは術式を描き、それを元として世界の法則を書き換え、効果として現世に落とし込むことによって初めて魔法は発動する。その段階が早すぎるのだ。通常は術式を組み立てている途中にどうしてもロスが生まれてしまうものだし、それを法則に反映させるのにもラグが発生する。さらにそこから現実にて発動させるにまでもラグが存在し、俺のように臨機応変な魔法は発動しないのだそう。
しかしこれにはちゃんとした理由があった。その原因は俺のスキル―――つまりタルタロスの影響だ。
タルタロスの前身である【諸行無常】の仕組みは、魔法の術式やスキルの発動が世界にもたらす変化を妨害し、抑え込むという方法をとっている。つまり、魔法を妨害するために魔力をかき乱しているわけではなく、スキルを妨害するためにより強大な力で抑え込んでいるわけでもない。ただ書き換えられた法則を、現実世界に反映される前に書き直すことで無効化しているというわけだ。もともと世界の法則に干渉しやすいスキルを普段から使っていただけあって、自分自身も法則への干渉が容易になってしまったのだ。俺の魔法発動が早いのも、それが原因として挙げられる。
このように、魔法にもちゃんと仕組みがあったのだ。俺は知らずに使っていたが、魔法使いなら大抵の人が知っている常識らしい。魔力持ちならなおさらの知識である。でも知っていたとしても、それは常人の身では乗り越えられない高い壁なのだ。速さが生存率に直結する繊細な技術でもある魔法。その話をされて、もっと魔法のことについて勉強しようと心に誓った俺なのであった。
「才能……まあ、案外そうなのかもな。」
「いいなぁ、才能。憧れだよ。
あ、もうこんな時間だ。ソラ、僕は傷の治療がある程度終わったらすぐに合流するから、ソラは先に行っといてよ。」
「いや、待つよ?」
「だめだよそれは。怪我とか事故とかのよっぽどの理由がない限り、時間に遅れたらあの男――教官の懲罰対象になっちゃう。」
「それはやばいっ」
せっかく訓練での懲罰対象から逃れたんだ、時間に遅れたなんていうくだらないことであの男の実力を垣間見たくはない。
慌てて移動しようとする俺の姿を見て後ろでケントがクスクスっと笑うのを耳にしながら、俺は医務室のベッドで休んでいるケントに別れを告げ、廊下を走って次なる場所へと遅れないよう走っていった。
「確か次は……夕食の時間だったな。だとしたら食堂か。」
そんな独り言をつぶやきながら、風を切るようにして廊下を走っていく。途中衛兵にぶつかりそうになり、横目に謝りながらも廊下を駆けていった。
探索してみたい部屋もたくさんあったけど、時間に百パーセント遅れてしまうという理由ともし万が一見つかりでもしたら大目玉だという二つの理由で泣く泣く諦め、俺は食堂を探し始める。
廊下の奥から微かに数える声が聞こえてきたのでそちらの方に行ってみると、無事に食堂を発見できた。
声は食堂の内部からする。
「五、四、三、二、一、ゼロ。」
俺が食堂に入り奥へと進んだところで、そのカウントはゼロになった。
何事かと思いきや、俺の目の前の机の向こうには、黒ずくめの服の武骨そうな男が仁王立ちしていた。ラビスだ。その表情は相変わらず何を考えているのか全く分からない、ムスッとした表情だが、声色から怒りを覚えているのは間違いなさそうである。
「良かったな、ギリギリとはいえ時間に間に合って。
今日は飯にミンチを使っているそうだが、危うくお前のほうがミンチになるところだった。
ほら、さっさと飯貰って席に着け。他の奴らは既に食べ始めてるぞ。今度こそ遅れたら、どうなるかは想像しろ。」
脅しの仕方がプロなんだよ。遠回しに怒りを示唆するところが、こいつの怖いところだ。二回も免れたところで三回目やったらどうなるか恐ろしいと思いつつ、そそくさとカウンターにて夕食のプレートをもらい、目についた適当な席に座って夕食を食べることにする。
メニューはラビスの言った通りミンチだった。レンコンのような謎の根菜と一緒にケチャップで炒めてある。それとパサパサしたパン、コンソメに似た味の野菜スープ、コップ一杯の牛乳。まるで給食みたいだ。パット見は質素な、監獄で出されるようなご飯。でもこれでそれなりに美味しく、その上栄養バランスがしっかりしているのだから言うことはない。兵士の体調に配慮した食事なのだろうか、それとも厨房にいる料理人たちのささやかな善意なのだろうか。
「おうおうおう!さっきの小僧じゃねえか!」
急に大声で声をかけられ、食事中にそんなマナーの悪いことをするやつは誰だと思い、若干だが顔をしかめながら後ろを振り向くと、そこには二回戦で戦ったドミトリーが立っていた。
「小僧!お前育ち盛りなんだ、これも食え!」
何をしてくるのかと思いきや、口をつけていない綺麗なスプーンで自らの炒め物を俺の皿に放り込んできた。さらには牛乳の入ったコップまで置いていく。
「あ、ありがとうございます。」
「いいってことよ。」
それだけやって、ドミトリーは自分の席に帰っていった。そこで何やら他の人たちと話に花を咲かせているので、不本意ではあるがちょっと興味も湧いてきたので聞き耳を立ててみた。
「おいドミトリー、自分の飯をガキにやるなんてどういう魂胆だ?」
「あんな貧相なガキ、どうせすぐ死んじまうだろ。」
「バカ野郎、これは俺なりのお礼さ。あれでもあいつは俺を倒した強者だからな、いい試合をさせてくれたお礼に、飯をやったんだよ。
まさか俺が押されるなんて思ってもいなかったさ。小僧だからと侮っていたが、俺と同等の実力。お前らも気をつけろよ。」
「へいへい、ドミトリーより弱い俺たちじゃ、あんなガキでもコテンパン。そういうことだろ?」
「まあだいたいあってるな。」
「そこは仲間の強さを信じて否定しろよ。」
豪快な笑いが巻き起こる。会話の大半は俺にとって失礼に値しそうな内容だったけれど、どうやらドミトリーは情に厚い男のようである。いい試合をした相手を優遇するあたり、強者に媚びを売るつもりなのか、はたまたただの善良な人間なのか。どちらかは推し量れないけど、どちらにしろいいやつそうではある。
ここに関する情報や、閉じ込められている人たちがここに来る前何をしていたのかに関する情報を得るため、聞き耳をよく立てて話を盗み聞きしながら夕食を平らげた。ドミトリーにもらった分のお陰でキツイほど満腹になったが、腹ごしらえだと思うことにする。
食事の後は、風呂だ。風呂と言っても湯船に入れるわけではなく、ただのシャワーだ。幸いにもここのシャワールームは比較的清潔で、ちゃんとお湯も出る。普通に使っている分には不自由はなさそうだ。
俺は馬車による長旅で大分身体が汚れていた。馬車の中で起きていたのは一日くらいなものだが、アクロからテロス王国まで馬車で移動するのに一日以上は絶対にかかるだろう。となると、俺がどのくらいの時間寝ていたのか、不思議である。
《よほど大きな衝撃だったんだろうね、五日寝てたんだよ。実はあの後怪しい薬を飲まされてたんだけど、私が無効化しておいた。前に眠妖花で眠っちゃった時みたいに、【諸行無常】は薬とかにも効くの。
でも殴られた衝撃で五日も寝込んでたんだから、幸い私の補助でなんとか生きてたものの、水分とか栄養とか、危なかったんだよ?》
ありがとう、ほんとに感謝しか無いよ、タルタロスには。俺に見えないところでも活躍してくれるんだから、頼りになるな。にしても眠妖花って、確か迷宮の時のだろ?あれタルタロスだったんだな!
《そ。ごしゅじんが女どもを起こすのはちょっと戸惑ったけど、それにもちゃんと協力してあげたんだよ。ふふん。》
そうしてタルタロスと脳内で会話をしながらも、俺は男湯でシャワーを浴びる。久々に浴びる熱湯が気持ちいい。五日も寝てたんだとしたら、ドミトリーから素直に食事をもらっておいて正解だったかもしれない。
仕切りの壁により小分けになっていて、壁も床も天井も白いタイル張りになっているそのシャワー室は、俺が思っているシャワーとは少し違いいかにも原始的だった。
頭上に設置してある樽の、底に開けてある沢山の細かい穴からお湯が流れてくる仕組みで、どうやら壁の向こう側で火を起こし、溜めておいた水を温めているらしい。
俺の屋敷のシャワーは、魔力を込めて熱した水を流す魔導具だ。メグさんの店で買ったもので、どういう原理か流れてくるお湯には美肌効果もあるらしい。リュナがその話を聞いてすぐに買った。
単純な構造のシャワーに少し戸惑いはしたが、これでも野営の経験がある身なので全然抵抗はなかった。
身体の汚れを十二分に洗い流し、俺はシャワー室を出た。勿論石鹸などは無いので、支給された布目の荒いタオルでまるで乾布摩擦のように体を擦るしか無かったのだ。それでも、そのタオルがないよりマシだが。
シャワーを終え、シャワー室を出て、狭く寒い更衣室で若干汚れた服を着て外に出る。洗濯機もなし、つまりはこの服をずっと着ないといけないのだ。さすがに汚れてきたら代わりの服が支給され、その服は自分で洗うそうだ。暫く衛生面が心配だけれど、まあ何とかなるだろう。
シャワーの後は自由時間。出歩きは不可能で、牢屋の中にて待機。これのどこが自由なのかは懐疑的だ。
そして夜九時、消灯時間。牢屋がある地下室には時間を指し示すものがない。そのため、時間は自分の体内時計に聞くしか無いのだ。
そんな色々と不安な生活が続くわけだが、勿論何も言わずに続けられるわけがない。さっさとラビスを倒して、こんなとこ脱出してやる。そして、リュナたちのところへと戻る。そんな野心を心に燃やしながら、俺は自由時間を終え消灯時間となる地下室で、支給された毛布にくるまり夜を迎えたのだった。