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第七話 軍事訓練(後編)

 トーナメント表に記されていた俺の対戦相手は、『諸星夜月』。読み方は『モロボシヨツキ』。つまり、あのヨツキが対戦相手だ。


「えっと、あの、よろしくお願い、します」

「よろしくお願いします」


 この戦闘では、武器が貸し出されている。と言っても全て木で出来た武器だ。剣は木剣、棍棒も木だし、ナイフや斧といったものも木だ。

どうやら魔法使い用の装備はないらしい。まあ、魔力持ちならば自らの魔力を操作できるからということなのだろう。事実、俺は杖を使っているものの杖がなくても魔法は使える。制御のしやすさの問題なのだ。

 俺は一応木剣を持ち、相手であるヨツキはナイフを携えている。

 衛兵の一人が立会人としており、俺とヨツキは向かい合って礼をした。


「模擬戦、開始!」


 衛兵は、鎧のせいでくぐもった声を上げた。それと同時に俺の視界からヨツキが消える。


《後ろ!》


 タルタロスの警告のおかげで、何とか攻撃を見切ることに成功。後ろを振り返って防御魔法を張ると、六角形が組み合わさった障壁に木のナイフが突き立てられた。そしてそこには真剣な眼差しのヨツキが。


「―――止められましたか」


 それだけ言って、ヨツキはまた俺の視界から消えた。テレポートでも使っているのか、それともただ速いだけなのか。幸いにもタルタロスが次の攻撃の場所を教えてくれるので、ギリギリのタイミングだが的確に防ぐことが出来ている。

 ここから何とか攻勢に転じたい。まだ余裕はある。ユニークスキルの恩恵か、ヨツキの動きは人間のそれではない。だが今まで数多くのユニークスキル所持者と一戦交えてきた俺にとって、苦戦すべき相手ではないのだ。今は防戦一方だが、ヨツキの体力が切れるのを見計らって攻撃魔法で攻めようと思っている。あのランニングと筋トレの後で、ヨツキに残された体力はそう多くはないだろう。こっちはタルタロスが無理に引き伸ばしているから大丈夫だけど、ヨツキはいくらユニークスキル所持者とは言え身体自体は人間だ。限界も人並みのはず。そう考えながら、次々に襲いかかってくるヨツキの攻撃を防いでいく。

 にしても、速くないか?ユニークスキルにしても、速さ自体だと神之権能(ゴッドスキル)に匹敵しそうだけれど。


「一体どんな能力なんだよ……」


 いや、待てよ?そうじゃん。俺、ユニークスキル無効化できるじゃん。


《そうだよ。》


 気づいてたんなら早く言ってよ。俺もこの攻撃全部受け止めるのかなり負担なんだよ。


《ごしゅじんがいつ気づくかなって。やっと気づいたから、【諸行無常】発動してあげるよ。》


 あまりにも遅すぎたその気づきに自分でも呆れてしまうが、教えてくれなかった意地悪なタルタロスが権能を発動してくれた。僅かな倦怠感が身体に負担をかけるが、これこそが【諸行無常】が発動した証拠だ。それと同時に、先ほどまで音速を超えうる移動をしていたヨツキの速度が急激に落ちる。


「―――っ!?」


 自分の身に何が起こったのか理解出来ないヨツキ。その戸惑いは致命的な隙となった。タルタロスの補助もあり、一瞬で魔法の発動が可能となった俺にその隙を突くことは容易く、ヨツキが再び動き出す直前に多数の攻撃魔法を展開。俺の体の周囲にまるで曼荼羅(まんだら)のように描かれた魔法陣たちが、魔力を凝縮した水色の光の奔流となり、幾筋もの光線がヨツキを容赦なく襲う。

 その攻撃を避けようとしたヨツキだが、四方八方、三百六十度から迫ってくる魔法を避けきれるわけがなく、着弾直前になって本人もその事を理解した。だがそれを理解したところで時すでに遅し。数多の水色の光芒は一斉にヨツキに襲いかかり、ヨツキは眩い光に飲み込まれた。


「決着!勝者、イノウエソラ!」


 試合の終了宣言が、見届人である衛兵によって言い渡される。攻撃魔法の圧倒的な力により敗北を喫したヨツキは、幸いにも大したケガはなく、髪の毛の乱れと数カ所の小さなケガだけで済んだようだった。

 あの魔法のイメージには、衝撃だけしか込めていない。殺しちゃだめだし、殺す気なんてないし、無力化したかっただけだから。ケガを最小限に且つ攻撃として通るものとなれば、スタンか衝撃くらいだと思ったからだ。

 地面に座り込んでいるヨツキに、俺は手を差し伸べる。ヨツキはその手を取って、立ち上がった。


「あ、その、ありがとうございました」

「こちらこそ」

「強い、ですね」

「まあ、おかげさまで。ヨツキさんもかなり速かったですよ。」

「そう、でしょうか……こうして、負けてしまったわけですし、何より、あまり自信がないので……」

「大丈夫ですよ。自信持っても誇大ではないですから。」

「ありがとう、ございます。ソラ君、でしたっけ。頑張ってくださいね。」


 勝負に負けたヨツキは、俺と握手を交わしてからグラウンドの端へと歩いていった。その背中は、負けたにも関わらず何処か満足気だった。

 にしても、あのスキルってなんなんだろう。速度だけだと、シエラの【百花繚乱】やミカエルの【聖人無夢】よりも速い。それどころか、セトの【混沌之神(カオス)】にさえ匹敵するんじゃないかという具合の強化でさえある。

 タルタロス、権能が分かる力とか無かったっけ。


《あるよ。あの力はね、【撼天動地(かんてんどうち)】っていうユニークスキル。知覚速度、移動速度を数百倍にまで高めるっていう、空間属性のスキルだね。》


 なるほど。知覚速度を高め、さらに移動速度を引き上げることでより高速での活動が可能になるというわけだ。このスキルをランニングの際に使わなかった事が疑問だが、本人なりに理由があるのだろう。それはともかく、少々卑怯な力の差を使ったがヨツキに勝利できた。別に罪悪感などは一ミリもない。持てる力は存分に発揮するのが重要なのだから、模擬戦だからといって気は抜きたくないのだ。その結果として掴み取った勝利。

 ラビスがその手に掲げているトーナメント表を見てみると、俺の次の対戦相手はもう既に出ていた。

 『Дмитрий Николаевич Смолов』。ロシア語だということは分かるが、何という名前なのかは分からない。次の相手はロシア人だろうか。

 恐る恐るラビスに読み方を聞いてみたところ、ラビスも少し顔をしかめた後「確かドミトリーだ」と意外にもあっさりと教えてくれた。

 そのドミトリーもまたトーナメント表を覗き込み、俺の名前を見つけ、その名の主が隣でトーナメント表を見ていた子供だと分かるなり豪快に笑いながら「よろしくな!小僧!」と背中をバシバシと叩く。

 ブロンドの角刈りに、やや逆三角形の筋肉質な体つき。身長はカイルよりも高い。肉体だったらサイラスといい勝負だろう。


「模擬戦二回戦、開始!」


 そんな衛兵のくぐもった宣言とともに始まった、二回戦。俺の目の前で威圧感を放っているドミトリーは、その巨躯に似合わない俊敏な動きで俺を翻弄し始める。

 奴の得物は棍棒だ。木製のバットのような鈍器をまるで自分の腕の一部のように自由自在に振り回すドミトリーは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら攻撃のタイミングをうかがっている。

 対して俺の方は、初手に使う技として攻撃魔法を準備していた。ドミトリーがどんなスキルを持っているかも分からず、タルタロスの力も無闇に使えないからだ。


《そこに衛兵も居るから、あんまり使いすぎるとバレちゃうかも。》


 確かにその心配もある。かろうじて隠し通せてはいるが、タルタロスの存在が露見することはどうしても避けたい。そのためには、闇雲に【虚無之神(タルタロス)】を使わないのが得策だと言えるだろう。

 ドミトリーの方を見てみれば、棍棒が俺の上から振り下ろされようとしていた。即座に防御魔法でそれを遮るが、ピシッという音とともに六角形で形成されたバリアにクモの巣状のヒビが入ってしまった。

 次は右下から……!


《違う!左!》


 ……え!?

 慌ててタルタロスの警告の通りに左側に防御魔法を張ると、何もないのに先程と同じようにバリアに亀裂が入った。そして右側の棍棒は、俺の身体にダメージを与えることなくいつの間にか消えている。


「小僧、なかなかやるじゃねえか。」


 どういうことだ?右側から来たと思った棍棒が、実は左から来ていた?


《【嚮壁虚造(きょうへききょぞう)】。さっきごしゅじんの右側から来たのが偽物で、左から来たのが透明な本物なの。》


 なるほど、これがドミトリーのユニークスキルか。正直相手取るのはかなり面倒くさい効果だけど、こっちにはタルタロスがついている。


《【一望千里】で軌道予測できるよ。》


 できるの?じゃあそっち使おうか。

 俺は【一望千里】を発動させた。すると、ドミトリーが棍棒を振りかぶった途端、俺の右肩に向かって青白い光の筋が現れる。だがドミトリーは俺の左肩に向かって振りかぶっているが、これは一体……?


《右肩!》


 何の効果なのか理解できないままに、再びタルタロスの警告が。言われるままに右肩の前に防御魔法を張ると、そこに透明な棍棒が叩き込まれ、またもや激しいガラスが割れる音と共にヒビが入る。

 なるほど、この青い線は軌道予測線か。もう理解は出来たから、タルタロスの補助なしに出来そうだな。

 【一望千里】の軌道予測のお陰で、不可視のドミトリーの攻撃を見切ることに成功。というかもう無効化してしまえばいいんじゃないかと思うんだけども。まあそれは御愛嬌ということで、地道に防ぎつつちまちまと攻撃魔法で攻撃していった。

 続く戦いと俺の攻撃によりドミトリーが疲弊してくる頃に、俺は少々本気を出し始める。

 ドミトリーを突き放し、ドミトリーの周りに魔法陣を展開するのだ。一個や二個ではない。半球状に、隙間なく敷き詰められた大量の魔法陣でドミトリーを取り囲み、逃げ場をなくす。そして中央に向かって、水色の光線が一斉に撃ち込まれるのだ。

 いくらガタイのいいドミトリーとも言えど、この攻撃に耐えることは出来なかったようだ。膝から崩れ落ち、かろうじて立ち上がった後俺に握手を求めてきた。俺が快く応じると、ドミトリーは衛兵に向かって敗北宣言を。衛兵は終了宣言をし、模擬戦二回戦は幕を下ろした。


 ヨツキとの一回戦、ドミトリーとの二回戦。二回戦が終わった時点でもう既に七人まで絞られた。誰かがシードで勝ち上がったが、俺は三回戦を戦い、見事に勝利。四回戦へと駒を進めた。

 五回戦の時点で残り四人。五回戦でも当然のように勝ち進み、決勝である六回戦まで進んできた。その相手の名は、『梶縄絢斗』。読み方は『カジナワケント』だ。俺の牢屋の向かいに閉じ込められていた、今となっては良き話し相手であるケント。まさか最後の二人にまで残っているとは思わなかった。


「流石は魔王軍キラー。すごいね、ソラは。」

「そっちこそ。実は結構腕は立つんじゃないの?」


 決勝戦。いくら模擬戦とは言えど、気を抜くつもりなどない。それは向こうも同じだろう。

 お互いに真剣な目つきで、向かい合った。


「「よろしくお願いします。」」

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