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第六話 軍事訓練(前編)

 「あ、なんだった?」

「ユニークスキルの再検査。」

「ああ、え、でも原初之権能(プリミティブスキル)がバレたら大変なんじゃ……」

「大丈夫。タルタロスがフェイクのユニークスキルを作ってくれたから。」

「ユニークスキルって作れるものなの……?」

「元々ユニークスキルのはずだったスキルらしくてね、割と簡単に進化できた。」

「どんなスキル?」

「【一望千里】っていうスキル。効果は分からん。」

「へぇ。じゃあ今のところ最強ってこと?」

「まあ、スキルだけ見たらそうなる。」


 俺のスキルに対して関心を持つ少年と、再検査の後牢屋に戻された俺。今も、鉄格子二枚と廊下を挟んで会話している。

 衛兵はこの会話に関しては俄然せずで、どうやら軍に対して過激な会話さえしなければ特にどうということもないらしい。


「脱出したいけど……」

「あの男の強ささえ分かれば後は幾らでも対策取れる。ただ未知数だからな……」

「ときどき軍事演習みたいなものがあるから、そこで見れたりしない?」

「タルタロスが分析してくれたり……」

《できないよ。》


 無理かぁ……

 俺的には、あの男が唯一心配なんだが……杞憂で終わらないかな。


「ところで今更だけど、君の名前は?」

「ソラ。」

「ソラかぁ。僕はケント。改めてよろしく。」

「よろしくね。」


 遠くて握手はできないが、改めて自己紹介を行った。これによりケントとの仲は深まり、ここから脱出するまで、いい仲間でいてくれるだろう。


「ちなみにソラってさ、ここにくる前はどうしてたの?」

「ここにくる前?えっと……まあとにかくいろいろありまして……」

「どんなどんな」

「ざっくりと言えば、東の魔王の討伐に参加した。」

「東の魔王……って、ええ!?」


 いきなり大声を上げるケント。騒がしい牢屋内が一瞬だけ静まり返り、他の牢屋の人たちが一斉にこちらを向いた。そして衛兵も、何事かとその場でこちらを睨んでくる。


「え、それじゃ、ソラってさ、あの?」

「どの?」

「魔王軍キラーの」

「ああ……」


 そんな呼ばれ方してた時もあったなぁ……今や違う通り名だけど、ケントが暮らしてたところではまだ伝わってないのかも知れない。


「でもおかしいなぁ。僕は『鮮血のような赤い髪と冷酷な目の少年』って聞いてたんだけど。」

「人伝って恐ろしいね」

「随分と歪曲されてるなぁ。」

「まあ、今じゃ違う名前で呼ばれてるよ。」

「どんな?」

紅冠鳥(カルディナ)。」

「カルディナ?」

「そう。紅冠鳥って書いて、紅冠鳥(カルディナ)ね。ちょっと前に大魔法ぶっ放しちゃって、それが広まったのかな。【紅月之黙示録カーディナル・アポカリプス】っていう。」

「え、それって……」

「核撃魔法の一つ。」

「はぁ……?」


 俺が過去にやったことを話していると、その規模の大きさとヤバさに呆れて言葉も出ないケント。まあよくわかるよ、俺だって何でこんなことになってるか分からないもの。


「そんなソラが危険視するってことは、よほどなんだね、あの男。」

「第一印象だけど、タルタロスも警告してるし強いんだろう。」

「脱出するためには、あの男を倒さないとか……」


 相変わらず気がかりはあの男だけだが、こうして会話をしているだけでは何もならない。どうにか動けたらいいものの、そもそも牢屋から出ることもできないし下手に動くと危険な可能性もある。


「何かいい案がないかな……」

「あ、確か今日って軍事演習の日だっけ。」


 何かを思い出したようにケントがそう言うと、ケントは自らの隣の牢屋に居る髪の長い女性に話しかけた。


「ヨツキさん、次の軍事演習って今日でしたよね。」

「ん……?あ、うん、確か今日の夕方からだったよ。でも、時間なんて分かんないけど……」

「ありがとうございます」


 ヨツキという名の、全体的に凄く長いアイボリーブラックの髪の女性が、ケントの明るい質問に対して暗い雰囲気で答えた。目の下のクマは濃く、陰鬱な雰囲気を纏う女性だ。多分彼女も異世界人なのだろう、顔つきも名前も日本人だ。

 ヨツキは俺の存在に気がついたが、人と目を合わせるのが苦手なのか、すぐにそっぽを向いてしまった。


「あの人は?」

「ヨツキさん。僕より前からここに閉じ込められてる人で、かつて巷ではそれなりに有名だったんだとか。」

「へぇ」


 話しかけづらいオーラを発しているが、とりあえず俺はヨツキに向かって挨拶をしておくことにした。


「よろしくお願いします、ヨツキさん。」

「あ、う、よ、よろしく……」


 ぎこちない返事だがちゃんと返してくれるヨツキ。根はいい人そうだ。

 そんな会話をしていると、タイミングを見計らったようなときに数人の衛兵が地下室へと入ってきた。入り口のドアが開き、ガチャガチャという鎧の音とともに武器を携えた数人の男たちが順に入ってくる。

 その先頭には、俺が警戒していた男がいた。黒ずくめの服を着た、武骨な男だ。その男は先頭で地下室に入ってくるなり、俺たちに向けてこう言い放った。


「お前ら、今から訓練の時間だ。全員、牢屋から出してやるが、毎回言っている通り変な真似はするなよ?耳に入っていると思うが、俺に向かって反抗しようとした馬鹿が一人、治療局送りになった。新参も居るからな、古参の奴らはしっかりとそいつらを教育しておけ。」


 圧迫をかけるような強い物言いの後、後ろの衛兵たちが牢屋の鍵を開けに前に出てくる。俺の牢屋の扉も鍵が開き、陰湿な狭い部屋からやっと出ることができた。

 何処に向かうのだろうと半分興味でそう考える。牢屋から出された異世界人たちは不服そうながらも黙ったまま一列に並び、先頭を行く衛兵の後を無抵抗について行く。俺は新参なので、とりあえず場の空気を読んで後をついて行くことにした。

 一列になった二十数人の列は、衛兵に見張られながらも廊下を歩いていき、やがて俺が見たことがない場所へと出た。まあ今日来たばかりだし、知らないところが大半だろう。だが、一目で分かる分かりやすさ。ここで何をするのか、一目瞭然だった。

 広い屋外の敷地には、土と砂が混ざったような地面に同心円状の楕円が五つ描かれていた。その幾重の楕円の中心へと並ばせられた俺たちは、黙ったまま背筋を伸ばし、正面で仁王立ちしている男の話を聞く。


「いいか、古参勢はわかっているだろうが、前回から三人増えた。だから、もう一度説明をする。

俺の名前はラビス・アンレ。お前らのような社会に適合できない人種を掻き集め、叩き直して国の役に立つ人間に強制するのが、今のところの俺の仕事だ。

メニューは言うまでもないだろうが、説明しておく。

まずこのグラウンドを全力ダッシュ十本!それから筋トレ十セット、最後にトーナメント形式の模擬戦だ!」


 低く、周りを押し潰すような重厚な怒鳴り声が、グラウンド一帯に響き渡った。そう。俺の予感は的中した。

だってこの楕円形、どう見ても陸上のそれじゃないか。どうしよう、俺運動とかあまり得意ではないんだけど……人並みだから心配だ……


《ごしゅじんの運動については、私に任せてよ。しっかりと制御してあげる。》


 ありがとう。流石はいざという時に役に立つタルタロスだな。


 「言っておくが、この二十八人の中でそれぞれの訓練で最下位だった奴には、俺からの褒美が待ってるからな!せいぜい頑張れよ!」


 褒美が何を指すかは、ラビスの傲岸不遜な態度が物語っている。よく見てみればラビスの背後の地面には武骨な棍棒が刺さっていた。棍棒って地面に刺さるものなのかと疑ってしまうが、その棍棒の表面はボコボコに凹み、気で出来ているであろう茶色味を帯びた黒色の棍棒は、所々が赤黒く変色してしまっている。それが何なのかは、怖いので考えないことにした。


「まずは全力ダッシュ十本!歩いたりしたら分かってるなぁ!」


 九割方脅しの喝により、俺たちは怯えながらも走り出した。異世界人の中にはかなりガタイのいい男たちも何人かいるが、その人たちが何の抵抗もせず、少し文句は言っていたがラビスの声に従うというのは、よほど恐ろしいのだろう。

 そして全力ダッシュ十本だが、俺は全力じゃなくてもバレなければ問題ないんじゃないかと、甘い考えを持っていた。だが、全員俺より速いスピードで走っていく。ペースを保ちつつ、疲弊しないようにそれなりのスピードで走ろうとしていた俺はあっという間に置いていかれた。このままだとビリでラビスに処罰されかねない。そう考えたが、人間の体の構造上全力ダッシュというのは十秒も持たない。なのにそれほどの速さを要求されるので、俺は少々卑怯ながらも早速奥の手を使うことにした。頼むぞ、タルタロス。


《了解!》


 頼りにされるのが嬉しいのか、タルタロスはこの状況に似合わぬ嬉々とした声でそう答えた。

 そして半秒後、俺の身体能力はタルタロスの権能によって無理やり引き伸ばされた。説明でも受けた通りシエラの【百花繚乱】の上位互換であるこの権能だが、ただ自身の限界を引き伸ばすだけなのでその分過剰に負担がかかる。今回の場合は、全力ダッシュを永遠と続けられるように調整したようなので、その分負担も大きくかかるが、必要な事だと割り切って俺はひたすら走った。

 いつの間にか全員を追い抜き、堂々の一位で十周を終えた。いや、別に最下位にならなければいいと言うだけであり、一位になったところで何の特もない。そして周りは当然己の肉体で走っているため、スキルで引き伸ばしたドーピング紛いの事をしている俺とは違うのだ。

 それでも、ツケは回ってくる。ドーピングをした結果が、酸素と体力の枯渇だ。全力を出し続けた走りでグラウンドを十周したのだから、必ず倒れて当然というものだった。俺は地面に膝をつき、喘ぐように酸素を貪る。普通だったら死んでいてもおかしくない消耗だけれど、そこは神の力であるタルタロスのおかげか、酸素不足で足がふらついて視界が狭窄するだけで済んだ。


《全く、いくら限界を解放したからって、何も全力で走り続けることは無かったのに。

私がごしゅじんの命の限界も上げてなかったら、今頃ごしゅじん死んじゃってたよ。》


 ありがとうな、まさかそこまで見越しているとは。

 そうしてタルタロスのお陰で何とか助かったものの、十分な休息を取る暇もなく次の課題が課せられる。


「次は筋トレだ、その場に伏せろ。まずは腕立て十回だ。」


 言われた通り俺はその場に伏せて、自分ができる限りの腕立て伏せをする。少し前に述べた通り俺は運動があまり得意ではない。それ故に、筋トレも苦手分野なのだ。

 まだ体力回復もしていないのに強制的に筋トレをさせられ、ひいふう言いながらも十回の腕立て伏せを終わらせる。


「背筋十回、腹筋十回。それからプランク三十秒。」


 うつ伏せになったまま、背中を海老反りさせて背筋を鍛える。それを十回行った後、次は仰向けになって十回上体を起こした。

 その後、プランク。肘から先の両腕と両つま先を地面につき、頭、背中、腰、かかとが一直線になるように保つトレーニングだ。これがなかなかきついんだよ。やっと三十耐えきった――と思いきや


「後これを九セットやれ。」


 ……はぁ?

 無理無理。一セットでも十分にきついのに、これを残り九セットとか。一ヶ月間屋敷でのんびりしすぎたかな……明らかに筋力も体力も衰えて、もう辛い。


 それから、俺は他の二十七人の仲間たちと共に筋トレに励んだ。途中で挫折しかけても、背後からの恐怖が意地でも己を奮い立たせる。

 やっと残りの九セットを終えたところで、どうやら次が最後の訓練のようだった。


「トーナメント表を作った。それぞれで模擬戦をし、勝ったほうが報告しに来い。

手段は問わない。が、相手を再起不能なほど痛めつけ、大きな怪我を負わせることや相手を殺すことは禁止だ。」


 ラビスは横に一枚の羊皮紙を掲げながらそう説明する。仲間たちは一斉にそれを見に行くが、俺はあえて人が少なくなった頃に見に行った。

 そこに書いてあった名は、『諸星夜月』。

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