第三話 前哨基地
馬車が辿り着いた先―――そこは、一見強固な城壁で囲まれた街に見える。だが、そこは城塞都市でも何でもない。巨大な一つの軍を抱える、前哨基地だった。
アクロの三分の一ほどの大きさで、四辺が同じ長さの正方形に、高さ十五メートルほどの城壁で囲まれた堅牢な基地だ。あちこちに砲台のようなものもたくさんあり、要塞のような感じでもある。
城壁の端から端までの中央にある巨大な両開きの門が、轟音を響かせながらゆっくりと開いていく。馬車を招き入れるように開いた大きな門。向こう側には木で出来た家が立ち並ぶ街が広がっていて、この光景を見て基地と言われても信じられないほど、通常の街に似ている。だが道行く人々は全員男性。女性はほとんどおらず、全員が武装している。胸当てと白いマントを装着している人々もいれば、何人か冒険者らしき人々も。大半は、筋肉質なむさ苦しい男たちがガチガチの装備を着て闊歩している。
小窓からその風景を見ていると、遥か遠くの道にいた女性が俺の存在に気づき、その足を止めた。でも馬車は問答無用で進んでいくため、すぐにその女性は視界から消えた。
街なかを引き続き進んでいく馬車。暫く進んでいったところで、とある大きな建物へと辿り着いた。簡単に形容するなら、監獄だ。高い塀と、有刺鉄線。石レンガで造られた沢山の建物が敷地内に乱立し、監視塔のようなものまである。その敷地はかなり広そうで、ゆうに前哨基地の半分はありそうだ。
そんな施設に、馬車は入っていく。鉄で出来た門が開き、馬車は敷地内に入っていった。そこから見えたのは、完璧に統制された軍隊の姿。足取りも揃って、軍服のような緑色の服に、腰にはサーベル。
ざっと五十人くらいの小隊が、軍事演習を行っていた。
そんな小隊もすぐに建物の影に入って見えなくなる。でも、正面にあった建物から何人かの男が出てきて、停止した場所の周りを取り囲んだ。
「おつかれっす!」
「おう、ご苦労さん。今回連れてきたやつは?」
「Fの十三です。」
「Fの十三……あ、こいつか。情報によればかなりの難敵だったらしいが、よく捕らえたな。」
「油断している隙に、ドンですよ。」
「よし、お前らには三日休暇をやろう。後は俺らに任せてくれ。」
「「あざっす!」」
そんな話し声が外から聞こえてくるが……嫌な予感がする。今窓から顔を出すと外の奴らにバレるから確認はできない。が―――
「おい、まだ気を失ってるのか?」
「分からんっすけど、睡眠薬と筋弛緩剤も投与してるので多分問題ないかと。」
ガチャッ。外からそんな音がして、暗い馬車の中に日光が差し込んできた。馬車の荷台が開けられて、何人かのゴツい男の姿が目に入る。
あ……
《これまずいね》
うん。今の状況がマズイことは非常によく分かる。なんてったって、目の前の男たちがヤバそうだからだ。
「おい、ガキ目を覚ましてんじゃねぇか!何やってんだ!」
「す、すいません!」
「ったく、休暇の件は無しだな。もし情報漏洩なんてあったらどうすんだ!お前らの失態だぞ?」
「そ、そんなぁ……」
荷台の扉を開けた男は、ムスッとした表情で俺の方を睨んでくる。その眼力に押されて俺は端の方で縮こまっているが、この後どうなるのだろうかという心配が一番大きい。
頬に十字の傷があるいかにも歴戦と言ったところの風貌で、俺はどうしようもできないのでとりあえずタルタロスに頼ることにした。
《ちょ、え、ごしゅじん!?武力使わずになんとかするってことでしょ?無理だよ!私の権能はそんなんじゃないから!》
いざというときに頼りない。じゃあ自分で何とかしないといけないってことか?どうしよ。
「おいクソガキ、言っておくが逆らわない方が賢明だぞ。大人しくそこから出てくるんだ。」
お、おう?どうやら乱暴なことはされないようだが……ここで逆らっても何もいいことはない。見栄なんて俺にはないから、この際素直に投降したほうがよさそうだ。
「ほう、両手を上げて出てくるとは。教育が行き届いているようで何よりだ。そのまま大人しくしてろよ。」
両手を上げて抵抗の意思はないことを示しながら、俺はゆっくりと歩いて馬車から降りる。
なんかこの男、強者感がするから危なそうなんだよなぁ……
《うんと、魔力量とスキルだったらごしゅじんの方が強いよ。》
“だったら”かぁ……まあここで暴れてもその後どうしたらいいか分からないし、別に投降してもいいと思う。
馬車から降りたら、男が目にも止まらぬ速さで俺の腕を背中に回させた。脳に痛みがほとばしるのと同時に肩から嫌な音がしたけど、怖いから考えない。
両腕を後ろ手に回されて、手首を鎖のようなもので縛られた。見えないけれどジャラジャラという音が聞こえるし、金属特有の感触が伝わってくるので、鎖で間違いないだろう。
「おら、行くぞ。」
手の甲で背中を乱暴にどつかれ、バランスを崩しかけたけど何とか耐える。少々不愉快だが、俺は仕方なく従うことにした。俺の手首を縛る薬を握った男を含めた六人の男たちは、俺が歩くとともに前に進んでいく。
何処に向かえばいいかは分からないが、俺の前に二人の男がいるのでその後をついて行くことにした。正面玄関らしき入り口から建物の中に入り、石レンガで出来た廊下を進んでいく。変わり映えのしない景色が流れる。床は平らな石が敷き詰められた石畳のような床で、壁には一部木が使われているものの、ほとんどが石を積み上げて造ったほぼ石の廊下。
拘束されたまま廊下を進み、いくつか角を曲がった後俺はとある部屋へと入れられた。
そこには眼鏡をかけ、白衣を羽織った研究者らしき男が立っている。扉が開き、男たちによって俺は部屋に放り込まれた。
「頼む。」
「ああ。任せておけ。」
たった二言言葉を交わしただけで、男たちは部屋から出ていった。俺の手首を拘束している鎖の先は強者感のある男から白衣の男へと引き渡され、まだ俺の自由は解放されていない。
「―――何をするつもりだ?」
恐る恐る、俺はそう聞いてみた。格好からして何かの研究者だし、俺を危険な実験に使うつもりならば今すぐ抵抗を起こそうというわけだ。つまり、安全確認。
「何をするつもりか?まあ、教えてあげてもいいか。
今から君の能力を測定する。反乱因子になりそうなら、それ相応の対応はとるけれど。」
能力測定…?以前カイルにしてもらった、権能鑑定みたいなものか?いや、能力だから身体能力とか魔力とかも測られるだろう。もし万が一タルタロスの存在がバレてしまったら――そう考えると絶望的だ。
「反乱因子……」
「そう。我が軍で手に負えないような強大な力を有していたり、反乱を起こそうという気持ちがあれば、特殊な魔法を使って調教する。まるでロボットのように軍に従属する、僕の操り人形の完成というわけだ。」
まずい。これはまずいぞ。今のところどっちにも当てはまってる。
正直こんなところから出たいし、戦争を未然に防げるならこいつらをまとめて消し飛ばしてもいいと思ってるし、何よりこの世の八つの最強スキルの一つを有している。どれか引っ掛かってもおかしくはない。
「さて、君は……なるほど。イノウエソラ……異世界人か。その見た目で異世界人とは、もしかして偽名でも使っているのか?いや、情報部の捜査が間違っているとは思えない。過去の例でそんな事があったはずだ。そう、確か東の魔王の例がある。あれと同じならば、いや、なかなかに使える手駒じゃないか?」
男は、カルテのような調査資料を見ながら何やら恐ろしいことを呟いている。
そしてひとしきり納得したのか、俺の鎖を力いっぱい引っ張って俺を部屋の奥へと連れて行った。
実験用具がたくさん置いてあった、実験室のような部屋の奥の扉の先に、俺は無理矢理に連れて行かれた。そこには巨大なカプセルのようなものがあり、そのガラスで出来た円柱型のカプセルに入るように促される。
入ると言ってもどのように入ればいいのか分からなかったが、カプセルの土台部分から上部のガラス部分がカパッと外れ、入れるようになった。
怖くて入りたくないが、何度も背中をどつかれるし反乱因子だと判断されても嫌なので、いざというときにはタルタロスが守ってくれると信じて俺はカプセルの中に入った。
俺がカプセルの中に入ったことが確認されると、冷たい煙が噴射されながらゆっくりとガラスは閉じる。そして何が起こるのかと思えば、急に目の前が眩いばかりの青白い光で包まれた。でもそれは一瞬で、感光が目に焼き付いてしまったけど、思ったより危険も少なくすぐに終わったことが驚きだった。
だが、男はガラスの向こうの制御パネルらしきものを見ながら真剣な面持ちでブツブツと独り言をしきりに呟いている。
『何でエラーなんだ?もしや機械の故障……いや、メンテナンスは昨日したから大丈夫なはずだ。だとしたらあのスパークが?もしやこの子供に適応していなかったか……いや、確かに過去にあったものの、あれからバージョンアップは重ねている。じゃあ一体何故……?』
さあ、何故でしょうね。俺にはうっすらと分かっているが……なあ、タルタロス。
《あれ、もしかしてやっちゃいけなかった?》
当たり前だ!情報の隠匿と言っても、やり過ぎだぞ!
《何で?別に隠し通せたんだから、いいんじゃないの?》
怪しまれずに隠すことが重要なの!これでもしタルタロスの存在が悟られたらどうするんだ!
《あ、そっか!ごめんなさい。》
いや、謝らなくてもいいんだけど……あの男がその結論に至らなければいい話だし、後は祈ることしかできない。
『うーん、もし故障だとしたら、上にどうやって報告したものか……せめて一部のデータでも復元できないだろうか。』
どうやらそれに気づくことはなさそうだ。聡明そうな見た目だったから警戒したが、こいつ案外鈍感なのかもしれない。
その後もう一度測られたけれど、同じくエラーを起こしたようで男は諦めた。後日へ保留にし、俺は迎えに来た男たちに再度鎖を握られ、主導権を失ったまま又何処かへと連れて行かれたのだった。