第二十九話 エピローグ
《!!ごしゅじん!離れて!》
突然頭に響き渡ったタルタロスの警告に、驚きと同時に後ろに跳ね退いた俺は、絶望を目の当たりにすることになった。
眩いばかりの真っ白な光と共に扉を突き破り、部屋の外に溢れてきた身を焦がすほどの熱エネルギーと莫大な破壊の衝撃。
タルタロスが防御結界を張ったものの、その凄まじい熱は抑えきれなかったのか、自分の顔を庇うために咄嗟に出した腕が焼け爛れ、顔の左側と身体の正面は焼け焦げた。
だがそんな酷い火傷ですらも、目の前の光景には気にならなかった。
目の前には、何もなかった。そう、何もなかったのだ。
扉は吹き飛び、部屋の中が露わになる。だがそれは最早部屋と呼べるか疑問なほどで、家具等の内装は一切合切が消し飛び、ボロボロになった壁と下地が剥き出しになった床、丸く凹んだ天井がかろうじて部屋という枠組みを形成していた。
そこにあったはずのセトとコウの姿は、綺麗さっぱり、痕跡すら残さず吹き飛んだ。
後に残っていたのは、床に突き刺さった俺の日本刀だけ。何もなくなってしまった部屋にポツンと、傷一つ付いていない日本刀が、まるで墓標のように床に突き刺さっていた。
それを見て、察することは余りにも容易だった。
「うあああああああああああああああああああああっ!!!!」
俺は膝から崩れ落ちた。涙腺は決壊した。ボタボタと床に落ちて跡を残す、大粒の涙。
セトが死んだ悲しみと、セトを救えなかった悔しさに耐えきれず、火傷した腕がボロボロになることも厭わずに地面を叩き続けた。感情のままに、ひたすら泣き続けた。
セトの言っていた仲間を失う悲しみが、理解できた。たった六ヶ月だが、この世界に来てからずっと行動を共にしてきた仲間が消えた。その事実が目の前にあるが、俺は心の何処かで否定していた。否定したかった。きっとセトは何処かで生きていると、そんな理由があるはずないのに、理想と僅かな希望に縋って惨めに泣いた。
タルタロスが慰めようと、俺は泣き続けた。目が腫れるほど、地面に叩きつけていた左手がボロボロになるほど、身体中の水分が抜けるくらいに、泣きじゃくった。
死んだ。セトは死んだのだ。別れだ。
いつまでも泣き続けた後、俺は刀の下へと駆け寄った。その刀のもとには、一枚の紫色のコインが落ちていた。闇の精霊であるセトを表すかのごとく、紫色だった。片面には☾、もう片面には空島を模した模様が彫ってあった。これと刀を形見にしようと、二つとも大事に握りしめ、俺は城をあとにした。
魂の抜けたような状態で一階層まで降りて、外に出る。城の正面の海岸ではオリゾタスが俺を待っていたが、そこにセトがいないことを見て理解してくれたようだった。
オリゾタスは俺を背に乗せ、波を切って海を渡る。
オリゾタスに「元気出せ」と一言かけられたのは覚えているが、その後のことはまるっきり覚えていない。
恐らく放心状態のままにアクロまで帰ってきたのか、見慣れた冒険者ギルドの前に立っていた。
何人か俺のボロボロの姿を見て憐れむような、心配の目線を向けていたが、そんなもの俺の意識には入らなかった。
屋敷に帰るなり、慌てた様子でカイルたちが出迎えてくれた。セトがいないことに疑問を抱いていたが、どうやら抱えている問題が余りにも深刻なようで、その話は後にするとのことだった。
案内されたのはノアの部屋。ノアの顔に浮かんでいる痣は増え、それにより呼吸は荒く、顔面蒼白。
「ノア……」
余りにも心を痛めていた俺にとって、ノアまで失いたくはなかった。
幸いにもタルタロスがついている。
《えーと、対処法が……》
ああ、そうだった。しまった。結局、あのどちらのスキルも手に入れられなかった。所在がどこにあるかも分からずじまい。ということは、俺はこのままノアを看取るしかないのか……?
―――と、そんな時だった。俺の杖の先から三体の精霊が出てきて、ベッドの上に子供の形で具現化した。
ヒナタとメイとクロノ。三人は目配せして頷き、謎の言葉を発しながらノアの顔に手をかざす。
「✕✙✙✕⑤✰✙♢❦✡❀✲✵」「%@!(*@(*$;;#(~:"¡?」「↦↪↛↱↬↳↦↪↫↹↭↻」
淡い光が部屋を満たした。ヒナタが放っていたような、暖かい光だ。
何をしているのかは全く分からなかったが、為す術もない今この三人に託すしかないと、一縷の望みを抱く。
そして、奇跡は起こった。
何が起こっているのか理解できなかった。
ノアの顔に浮かんでいた痣がみるみるうちに消え始めた。腕にでていたのも消え、髪の色も元の黒に戻り始める。
呼吸も安定し、顔色ももとに戻った。
つまりこれは―――
《呪いが解けたって、ことなのかな。》
ノアが目を覚ました。
右目は澄んだ青色、左目は青よりやや薄めの群青色の瞳で、こちらを見る。
「ソ、ラ、くん……」
「ノア、ノア!助かった……!良かった……!」
「ちょっと、痛いですよっ」
思わず、ベッドに横たわるノアに抱きつく。
後ろから元気そうなリュナの声とシエラの声が聞こえたが、俺は気にせずノアに抱きついた。ノアは最初は戸惑いながらも、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
精霊たち、本当にありがとう……!
「✵✙♢✡✪✤!」「⇃↭↩!」「%@:$?#!」
俺の気持ちが伝わったのか、嬉しそうに喋る三人。
ノアに頭を撫でられていくうちに俺はだんだんと安心してきて、急に睡魔が襲ってくる。
「ソラくん、ゆっくり休んでください。」
その言葉を境に、俺の瞼はどんどん重くなり、やがて意識は夢の中へと沈んでいった。
これにて第六章、完結となります。
セトが死にましたが、物語は勿論まだまだ続く予定です。寧ろこれはまだほんの序章ですから。
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年末年始ですが、少し投稿をお休みさせてください。
一月四日から再開しようと思いますので、これを読んでくださっている皆様、ぜひぜひ楽しみにお待ち下さい!
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