第二十三話 事態の収束
「えっと……」
「ソラ……?」
◀ ◇ ▶
あの事態の後のお話。
俺は目が覚めたら、屋敷のベッドで寝ていた。
カマエルが襲ってきたのも、死にかけたのも、何か頭に声が響いてきたのも、怒り狂ったのも、全部夢だったのだろうか。
何故だろう、頭痛と倦怠感が酷い。頭がクラクラする。
部屋はとても静かだ。脳みそを刺すように襲ってくる頭痛に耐えながら、現在の状況を把握するためベッドから起き上がる。
今俺が着ている服は、ボロボロだ。夢(?)の中でカマエルに鳩尾を貫かれたのは覚えている。腹部に空いた、縁が赤黒くなっている穴。それに加え、まるで激闘があったかのように服はボロボロになっており、ボロ切れも同然だった。
『フフフフ。お兄さん、大変だったみたいだね。』
「おわっ!?」
突然、どこかから声が聞こえてきた。明らかに近くからであり、当然部屋には俺以外誰もいない。
すると、部屋の角から一人の少女が現れた。この屋敷に住み着いている幽霊の一人だ。
「何だお前か」
「フフ。お兄さん、筋肉ムキムキの男の人が運んできたよ。苦しそうだったけど、大丈夫?」
「筋肉ムキムキ……?」
どうやら俺はこの部屋担ぎ込まれてきたらしいが、筋肉ムキムキとは誰だろうか。
するとタイミングよくコンコンとドアがノックされ、部屋に入ってくる女性。
誰だ。白とピンクが混ざった髪の毛に、明るい黄色の大きな瞳をした、華奢な女性だ。
ほんとに誰だよ。
「お、起きたのにゃ。痛みとか、体調は大丈夫かにゃ?」
にゃ?何故ににゃ?ノアみたいに猫耳が生えているわけではなく、瞳孔が立てながらというわけでもなく、猫の尻尾が生えているわけでもない。なのになんで語尾がにゃなんだ?
「え、あ、まあ頭痛がするくらいですけど……」
「敬語は不要にゃよ、私はリリス。カイルから話は聞いてると思うにゃけど、私が世界最強の回復術師にゃ。」
「あなたが!?」
こんなキャラなの……?これだったらまだリュナのほうがまともなんだが……ところでリュナは大丈夫なのだろうか。シエラと、ノアも。あとルミアたちも、対応に追われていたと聞いていたが。
「ちにゃみにソラくんは、昨日のこと覚えてるのかにゃ?」
「昨日?」
「あー、やっぱり覚えてにゃいか。実はソラくん、カマエルを倒したあと暴走してたんにゃよ。」
「暴走?」
「そ。カマエルを一方的に攻撃して倒したあと、私たちにも攻撃してきて大変だったんにゃから。」
「そ、それはすいません……」
「全員無事だったし、気にしにゃくていいにゃよ。」
そう言いながら、俺に接近してくるリリス。身長はリュナと同じくらいで、俺より頭一つ分身長が高い。俺の額に手を当てて、熱がないか確認する。そして特に問題はなかったのか、「うん、大丈夫。」と呟いて「お大事に。」と部屋を出ていった。
リリスが俺の額に手を当てた時、若干だが頭痛が治まった。回復魔法か何かの効果だろうか。
《ふぁぁぁ……あ、ごしゅじん起きてたんだ》
!?!?
誰!?
急に頭の中に、少女―――というより幼女のような拙い声が聞こえてきた。
《ん?私はごしゅじんの右腕、タルタロスちゃんだよ?》
タルタロス……?
何それ、もしや覚えてないうちに何かあった?
《うーんと、ごしゅじんが覚えてないなら私が説明してあげる。ごしゅじんはね、あの女どもが仮面男にやられた時、自分の怪我のことも含めてすごく怒ったんだ。で、その怒りが材料になって、【諸行無常】が私に進化したの。》
【諸行無常】が?ということは、俺は今【諸行無常】を持っておらず、その代わりに上位互換の―――タルタロスを持ってるってことか?
《そう。ちなみにユニークスキルの状態でも、私はごしゅじんをちゃんと見守ってたんだよ?
これで、ごしゅじんを守れるようになったから。安心して私に任せてよ。
ちなみに、私の正式名称は虚無之神。【虚無之神】ね。》
なるほど。カマエルを倒した経緯は分かったが、その後の暴走の件は?
《ごしゅじん、先に言っておくけど、あの暴走は私のせいじゃないからね。》
と言われても何があったか分からないが、とりあえずタルタロスの所為ではないんだな?
《そう。
ごしゅじんがカマエルを消滅させたあと、治まらない怒りの矛先が向いたのは―――》
ちょっと待て、カマエルを消滅させた?そんなやばい攻撃したの?
《うん。【紅月之黙示録】っていう核撃魔法をね。それで、それを使ったあとごしゅじんは暴走したの。
まだ私が進化したばっかりで、順応できなかったのかな。私はごしゅじんの意向に反対することはできないから、仕方なく協力していただけなの。》
で、結局何があったんだ?
暴走してたのは分かったが、もしや相手は世界最強のパーティか?
《よくわかったね。そう。居合わせた七人のプロタ最強と、暴走して自我が消えたごしゅじんは戦うことになったの。
最終的に、ごしゅじんは出力が強すぎて、身体にかかる負担に負けて倒れちゃったんだけどね。
それでも、ごしゅじんが本気を出していれば七人はこの世にいなかった。でも全員が生きているのは、ごしゅじんの残った自我が必死に抵抗したからかな。》
……そうなのか。
その話を聞いてふと思い立ち、俺は頭痛と倦怠感を耐えながら部屋を出る。
◀ ◇ ▶
回想シーンはここまでだ。現在の話に戻ることにしよう。
「ソ、ソラさん?別に僕たち気にしてないから……」
「せやで?どえらい死闘やったがな、一番キツイんはあんたのほうやろ?」
俺は現在、下のリビングで駄弁っていた世界最強の五人に向かって頭を下げていた。
とびきりの謝罪を相手に伝えるための、ポーズ。やりすぎると誠意が伝わらなくなる、使い所が難しいポーズだ。
そう。土下座。身体を折りたたみ、額を床にこすりつけて謝罪をしていた。
いくら相手が気にしていないと言っていようと、謝罪はしておかないとだめだ。実際迷惑をかけたわけだし、下手したら死んでいたかもしれない。俺の気持ちを汲み取って、本当は根に持っているけど表面上ではそう言っているだけなのかもしれない。
なので、こうして土下座をしているわけなのだ。
「ソラ、頭上げろ。あの状況じゃ、俺たちのほうが感謝したいところだった。なんせカマエルに殺されかけたところを割り込んでくれたんだからな。
迷惑をかけたことについては謝罪しなくてもいい。俺たちは逆に感謝しているくらいだからな。」
少々乱暴だが、俺が言って欲しかった言葉を的確に選んでくれるカイル。それによって何故か安心できて、俺は頭を上げた。
だが、カイルは言葉を続ける。
「ソラ。お前はさっき起きたばっかりで分からないだろう。ただ、一つ言っておく。」
僅かに俯きながら話すカイルの顔は、申し訳なさそうだ。同様に他の五人も、遺憾を顔に表す。
―――嫌な予感は、次のカイルの一言によって現実となる。
「リュナ、シエラ、ノアの三名だが、意識が戻らない。
リュナには強力な状態異常。シエラは腕の傷が塞がらず、血が流れ続けている。そしてノアは正体不明の呪いに身体を蝕まれて、三人ともベッドに寝たきりだ。」
絶望のどん底に叩き落された。今もベッドに寝たきり。それはすなわち、治癒不可能を意味している。
世界最強の回復術師がいるというのに、三人は意識が戻っていない。回復ができていないのだ。
「ほんに気の毒なことやが、あんたに一個頼みたいことがある。
それ次第で、あんたは救われるはずや。
あんたの権能、無効化の性質があるんやろ。それで何とかできへんか、試してみんか?」
―――そうか。【諸行無常】から進化したわけだから、無効化の権能は健在なのか。
それで行けたりするのか?タルタロス。
《どんな呪いかによるけど、多分大丈夫だと思うよ。》
なら良かった。早く試してみないと。
タルタロス、よろしく頼む。
《ごしゅじんのためならがんばるよ!》
【諸行無常】は【虚無之神】へと進化し、数倍頼もしくなった。
「少しでも可能性があるのなら。」