第二十二話 暴走
怪しげな朱い光を発する瞳で睨みつけられた世界最強の一行は、七人揃って恐怖を感じた。
先程のカマエルの末路。そして、自分たちに向けられている視線。ソラはまだ、不気味で狂気の笑いをその顔に浮かべていた。
「……どうする?」
「どうするも何も……」
「倒さないといけにゃいにゃね。」
「誰から行くか?」
ソラから目を離さず、七人は話し合う。ソラがギロリとこちらを見ている時点で、戦わなければいけないのは七人ともわかっていた。
火蓋が切られるのが遅いか早いか、それだけだ。
残念ながら彼らにとって不幸なことに、すぐに死闘は始まった。
凄まじいキック力で地面を蹴り、一行の下へとジャンプしてくるソラ。
余りにも速いその速度に、反射的に防げたものは一人しかいなかった。
リオンが、自らの神剣でソラの拳を防ぐ。反応できなかった六人を庇うように前に出たリオンは、ソラの攻撃を受け止めて後ろに吹き飛ばされた。
幸いにもその後ろにはシグルドがおり、勢いに負けて飛ばされたリオンを受け止めた。ソラは後ろに飛び退き、さらに攻撃をしに飛びかかってくる。
「俺に任せろ!」
倒れたリオンの代わりに飛び出したのは、戦斧を構えたサイラス。
横から放たれた蹴りの一撃を斧で受け止め、跳ね飛ばす。さらに二撃、三撃と蹴りを加えるが、それら全てを見事に受け流すサイラス。
サイラスの権能、【戦斧之神】の力をフルに使い、視認もできないような攻撃を見切って防御を続ける。だが、【虚無之神】によって強化されたその力を何度も受け流すだけでは駄目だった。
サイラスが削られる前に、他の六人は体勢を立て直す。
リリスはリオンの治療及び前衛のサポート、カイルとイヴァナは後衛、リオンとシグルド、サーシャは前衛。七年の旅で積み上げられたチームワークを駆使し、ソラとの対峙を試みる。
体勢が整ったところで人員交代。防戦一方で消耗したサイラスは後ろに下がり、リオンとシグルド、サーシャの三人で翻弄しながら戦いを継続させる。
「シグ、そっち!」
「了解!」
「僕はこっちに!」
言葉だけでは連携できない様な状況でも、目線で合図をしてソラを囲む。三方からの攻撃を驚異の反射神経によって躱し、さらに環境魔法によって三人の妨害をする。
閃光弾、音響弾、暴風、炎、地面操作、翻弄が目的であっても、一対三であっても、ソラに翻弄されるリオンたち。
だが時間が稼げればそれでよかった。後衛のカイルの詠唱が終わり、ソラの周りを魔法が取り囲む。
「少しばかり痛い目にあってもらう。
【光獄半球領域】!!」
ソラの周りを半球状に幾つもの魔法陣が取り囲む。
水色の魔法陣は徐々に光を増していき、その全てから【破滅之光】が放たれるのだ。
光は各魔法陣の中心に集まって光の球となり、すぐに魔法は放たれる。ソラは全方向から集中砲火を浴びることとなり、幾ら神の力でも完全に防ぐことは不可能。無力化まで漕ぎ着けられる算段だ。
―――だが、それはカイルの知り得ない方法によって破られることとなった。
突然その領域は壊滅した。魔法陣は光線を放つ前にヒビが入って硝子細工のように粉々に割れ、魔法は無効化されたのだ。
「嘘だろ……」
開いた口がふさがらないカイル。隣のイヴァナも、周りで見ていた三人も、リリスとサイラスも、まさか【魔法之神】で創り上げられた魔法がいとも容易く破られるとは思っていなかった。
「カイルの魔法が……」
「カイル、あの子の権能って……」
「―――まさか【魔法之神】が通用しないなんてな……」
魔法は破られたわけだが、引き続き三人がソラを食い止めている。それも永遠に続くわけではないので、後衛が何か対策を考えないといけないのが現状だ。だが、自慢の魔法が無力化されたことに、カイルは危機感を抱いていた。
「―――魔法は効かない。確かあいつの権能はそれだったな。
イヴァナ、リリス、サイラス。よく聞いてくれ。
あいつに魔法は効かない。もしかしたら、俺たちの権能も効かない可能性もある。十分に注意してくれ。」
「まさかそれって―――」
「そうだ。
―――あいつは、正真正銘の化け物だ。」
化け物。カイルがそう表現した通り、ソラは化け物である。カマエルが殺された一件を目の前で見ていた一行にとって、その恐ろしさは重々に理解していた。だが、カイルからもたらされた新たな情報は、他の六人を絶望に叩き落とす事実であることは明らかだった。無論、カイルも絶望を広めたくて発言をしたわけではない。権能に頼りすぎて、いざ無効化された時に危険が及ばないよう、身の安全を考慮した忠告だった。
実に的確な表現に、実際に戦っている三人にもその情報は耳に入った。それのせいだろうか、それとも戦いでの体力の消耗だろうか、いきなり鈍くなってしまった動きの隙を突かれ、ソラの攻撃を食らってしまった。
「痛っ……何やこのスピード、追いつけへん……」
「シグとリオンは頑張って!私は不意打ちを!」
「分かった!シグルド!僕たちは持ちこたえるぞ!」
「んなことわかっとるわ!」
サーシャは足元の影に潜ってその場から消えた。二人となった前衛は、手負いながらもサーシャの不意打ちを支援するべくソラの攻撃を受け流していく。
そこにサイラスが合流。槍術士、剣士、戦士の三人によりソラを取り囲む。
ソラは今まで環境系の魔法を使っていたのが、攻撃魔法を使い始めた。
無尽蔵ともいえる魔力も、だんだんと減っていく。
後衛は何も出来ずに、ただただ見守っているだけだった。
「クソッ!こいつしぶとすぎやろ!
おいリオン!本気出してええか?」
「出してもいいけど、ソラさんを殺すなよ!」
「了解や!」
シグルドは一度戦線を離れ、少し距離を開けたところで槍を天に突き立てる。
「二人ともどけ!」
何をするつもりか、先ほどまでソラとの死闘を繰り広げていたのに二人は離れた。
ソラも消耗が激しく、よろける。その隙を利用して、シグルドは渾身の大技を放った。
「応えろ!勝利之神槍!!」
ソラの頭上に、無数の槍が降り注ぐ。まったく見えなくなるほどの量の槍がソラを逃さないように一帯に降り注ぎ、最後に大きな槍がソラを潰そうと降ってきた。
そして、攻撃の影響で舞った砂がひとしきり落ちて視界が晴れてきた頃。
本来ならばこの攻撃を受けたものは無事では済まないはずだった。
だが、ソラは右手を天に掲げて平然とそこに立っている。
その体に一切の傷はついていない。全くダメージも食らっていないようだった。
「!?」
「無傷……やと……!?」
ソラは、逃げ場のない槍の雨をどうやって防ぎきったのか。それが三人には不思議でしかなかった。
ところが、それは実に簡単な理論だったのだ。頭上の槍を、全て闇に放り込めばいい。ただそれだけのことで、最後のトドメの一撃も容易く防ぐことが出来た。
カイルの魔法は無効化され、シグルドの渾身の一撃も無効化され、希望は何処に行ったのか。絶望に暮れながら、戦いは再度幕を上げる。
最早三人の相手も煩わしくなってきたソラは、思い切った行動へと出た。
シグルドにパンチを放つ。それを槍の柄で器用に受け止める。だがソラの目的は、今までと同じような攻撃ではなかった。
シグルドの槍を華麗な身のこなしで躱して懐に入り込み、シグルドの細いながら筋肉質な腕をガシリとつかんで投げ飛ばした。
子供とは思えないほどの力で、シグルドは空中に浮く。飛ばされた先にはリオンがいた。剣で受け止めるわけにもいかず、避けたらシグルドが地面に激突して怪我を負ってしまう。そんなリオンの優柔不断な性格が功を奏したのか、はたまた災いを招いたのか。どちらに傾くかはまだ知るところではないが、リオンは身体全体を使って、投げ飛ばされたシグルドを受け止めることに。
その隙にソラはサイラスに急接近。斧を右足で蹴り上げ、空いた胴に向かって左足で蹴りを入れた。
右側に蹴りが入ったサイラスは、うめき声を上げて苦痛に悶えながらもなんだか持ちこたえた。
「【戦斧之神】!!」
苦し紛れに使った権能。【戦斧之神】の権能の一つ、【武人の威圧】を使った。
たちまち辺りを重厚な覇気が包む。肉体にとどまらず、精神まで攻撃が可能な覇気。耐性がある七人はその攻撃による影響は受けないが、ソラは当然そんな耐性などないので、もろにその影響を受けた。
濃密で重厚な、精神を押しつぶす圧倒的な存在感。それでも、サイラスにとっては賭けだった。
これによって局盤が覆るはずもない。だが、一縷の望みにかけてこれを使った。
ソラは【虚無之神】でその覇気を無効化。辺りから重苦しい覇気は消え、通常の状態へと戻ってしまった。
だが、これがサイラスの狙いだったのだ。
「いけ!サーシャ!」
その言葉とほぼ同時に、ソラの足元の影から何かが飛び出した。
潜伏状態に入っていたサーシャだ。
サーシャは神器のナイフをソラに突き立てようと機会をうかがっていたのだ。
ソラはそれを防ぐために後ろを振り返ったが、腕に鋭い痛みが走った。そこにはナイフが刺さっており、流血が止まらない。
ナイフだから抜けばそれでおしまい。そんなわけにもいかなかった。
ナイフが刺さって数秒もせずに、ソラの身体には異変が起こり始める。
心拍数が異様に多くなり、心音も大きくなる。息づかいも荒くなり、頭を押さえてよろめく。
やがては膝から崩れ落ちて、全身を巡る倦怠感と痛みに耐えるように、喘ぎながら必死に耐える。
今までの反動が、波となって襲ってきたのだ。
人の限界を超えた身体能力、一度に大量に消費した魔力、【虚無之神】を初めてで使いすぎた反動が、このナイフが突き刺さったことで決壊した。
現在ソラの身には、とてつもない倦怠感と悪寒、頭痛、酸素欠乏症、脱水症状、心臓の痛みが襲いかかっていた。
額と胸を押さえながら、コヒューコヒューと酸素を貪る。冷や汗をダラダラと流しながら、痛みに耐えるために地面にうずくまった。
視界はどんどん狭くなり、痛みと倦怠感によって脳は働かなくなっていく。いくら酸素を貪ろうと、心臓の速すぎる拍動を抑えることはできなかった。
ソラが倒れた後、サーシャによって腕のナイフが引き抜かれた。それによって、ソラの意識はぷつんと闇に切り替わり、瞼は閉じた。
「―――終わったかぁ……」
「大変だったな……」
「みんにゃ、けがを見せるにゃん。」
「俺は何もできなかったが、四人とも、よく頑張ってくれたな。」
「相手が相手やさかい、骨が折れたわ。」
蹲ったまま意識を失ったソラの周りに駆け寄ってくる一行。
そんな話をしながらも、七人全員は闘いの終結を喜んでいた。
彼らにとって今までで最大の脅威である、ソラ。無事に鎮圧できたことは僥倖であった。
この後、彼らは徒歩でアクロへと向かうこととなる。幸いにもそれほど距離はなく、ソラもリリスの魔法で、治癒しながらの搬送だった。
一件は、これにて終結を迎えた。
これにて、第六章第三幕は終了。
次回は第四幕です!