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第二十話 淵

 ―――苦痛。痛い。痛い。痛い。

 もう既に意識は闇の中。あいつだ。あいつに―――カマエルに、やられた。

 最後に見えたのは、カマエルの笑顔だった。枷が外れたような、命を踏みにじるような、狂気さえ帯びた笑顔。

 何が起こった?

 一体何があった?

 俺はカマエルの攻撃を見切れなかった。

 突然腹部に強烈な熱さと痛みを感じ、刹那脳天を突き刺す鋭い痛み。正常に動こうとしない脳を必死に働かせてかろうじて腹部を見ることはできた。

 だが、何が起こったのかを目視することはできずじまい。何かの振動とともに俺の身体は前へと倒れ、固い地面に投げ出される。

 痛みと熱が思考回路を支配する中唯一瞳に映ったのは、俺に向けて何かの魔法を放とうとするカマエルの姿だった。

 こうして状況を振り返っていくうちに、だんだんと理解能力が復活してくる。

 そしてふと、頭に浮かんだ一つの単語。カマエルの攻撃が何だったのか探っていると、何の脈絡もなしにその単語のみが浮かび出た。

 “致命傷”。

 反射される傷。

 圧倒的な力の差。

 俺の腹に突き刺さった、カマエルの腕。

 血で染まる地面。

 倒れる俺。

 恨み。怨み。妬み。憎しみ。怒り。

 敵討ち。仇討ち。

 消えゆく意識。

 最後に見えた狂気の笑顔。

 俺に向けて放たれる火球。

 それが表すもの―――すなわち死だ。

 俺は死んだんだ。この世界に来て幾度となく死地をくぐり抜け、その度に命の危機に晒されてきた。だが、いつも助けてくれたのは仲間だった。

 考えてみれば、俺は仲間に頼りっぱなしだった。自分の力では何もできないくせに、信頼を言い訳にして何とか乗り越えてきた。

 その弊害だ。圧倒的な力の前に沈む仲間たち。たとえ一人になろうと闘志を燃やし続ければ、或いはあったかもしれない。

 いや、それでもこの結末は変わらなかった。結局、俺の命は散った。恨みを買って死ぬなんて、きっと歴史上の偉人の何人かは恨みつらみで殺されたのだろう。それと全く同じだった。結局感情というものは、人を突き動かす。それが殺意なら尚更だ。

 この世界に来て五ヶ月。一度は失った命。短い間だったが、物語を紡ぐことは出来ただろうか。

誰かの役に立つことは、出来たのだろうか。


 ―――ノアは、シエラは、リュナは、どうなったのだろうか。

 一撃で戦闘不能となったあの三人が心配だ。死んでなければいいけれど。

 リュナは魔法を跳ね返されて悶え、シエラは傷を返されて苦しみ。ノアは力及ばず吹き飛ばされ。

 誰も致命傷では無いだろうが、俺が死んだことで三人にまで危険が及んで欲しくない。

 俺は何もすることができない。ただ祈るのみ。ただ神に願うのみだ。

 俺は死んだのだ。いつまでも干渉するわけには行かない。さっさと折り合いをつけ、天国でも地獄でもどこにでも行ってやる。覚悟はできている。こうなったのも全て自分のせいだから。


「――――――!」


 誰かの声。ほとんど聞くことはできない。迎えの時間だろうか。


「――――――ん!」


 ノイズがかかったかのように聞き取りづらい声は、何か悲壮な感情が籠もっていた。

何故だろう、こちらまで悲しくなってくる。


「――て!―――ん!」


 一部鮮明になったは良いものの、それでもなお聞き取ることは難しい。強い口調からして、誰かを呼んでいるようだ。


「―きて!――くん!」


 聞いたことのあるような声だ。女性。嗚咽混じりの悲しそうな呼び声は、どんどんと大きく聞こえてくる。


「起きて!ソラくん!」


 その声で、もう二度と開くことのないはずの俺の瞼は光を捉えた。暗闇のような空間にいたので、突然の光の刺激は辛い。


「ソラくん!起きて!お願い……!」


 瞼が開く。光の反射により網膜が捉えたのは、木で出来た天井だった。

 その直後、視界に入ってくる一人の女性。外側は黒で内側は青色の長髪、青色――群青色の瞳、特徴的な二つの猫耳、美しい顔のあちこちに群青色の痣が浮かび上がっている女性。

 ノアだ。

 目に大粒の涙を溜めたノアは、俺の顔を見てホッと一息吐く。

 俺は今の状況把握に全神経を集中させていた。徐々に脳に転がってくる、大量の感覚神経のデータ。

 どうやら俺は今ベッドに仰向けに寝ているようだ。

 俺は戻って来る感覚を掴み取り、両腕の補助によって上体を起こしてみる。

 ベッドの横に、椅子に座ったノア。安堵の表情でこちらを見てくる。


「本当に……よかった……!」

「…………一体何があったんだ…?」


 俺が思わずそう呟くと、ノアは涙を拭いながら落ち着いた様子で話し始めた。

 曰く、俺はカマエルの手刀で鳩尾を貫かれ、死んでもおかしくない―――生きている方がおかしいくらいの重症だったらしい。俺が倒れて意識を失った後、カマエルは爆炎魔法を放って、俺を完全に亡き者にしようとした。だがノアが【空即是色】によってかろうじてながら俺を空間ごと隔離し、その後満足して去っていくカマエルを尻目に、最寄りの診療所に搬送。

 怪我人でごった返していた診療所だったが、一番の重症者という理由と、犯人と戦っていたという事情から俺が優先されたのだそうだ。

 街のあちこちに現れていた鬼は、現在ルミアたちが対処中。カマエルは西の方向へと去っていったそうだ。

 通常人体というのは、急所と呼ばれる箇所がいくつかある。特に鳩尾というのは、攻撃されると横隔膜が止まり、一時呼吸が困難になる。そこを貫かれたのだから、失血死か窒息死のどちらが早いかという問題だった。

 だが俺がこうして生きている理由。それは、サイドテーブルに置いてあったとある代物のお陰だった。

 ガラスの瓶。下部は丸く、フラスコのようになっている空壜。この中にはポーションが入っていたらしく、それを摂取したことによって俺は運良く助かることができた。

 ノアがリュナにもらっていたものらしい。万が一の時のために使うようにと、生きているならば部位欠損の治癒も可能な回復ポーション。リュナの力の結晶ともいえるべきそれを、今回使ったのだ。


「リュナとシエラは……?」

「二人は、意識不明の重体です。カマエルが何らかの魔法をかけて、未だに意識が戻りません。」

「そうか……俺の【諸行無常】は…多分意味ないだろうな…」


 俺は黙って自分の腹部を見てみる。薄浅葱色の入院着と白いシャツの下には、致命傷を負ったとは思えないほどの綺麗な腹があった。

 はだけた入院着をもとに戻す。そして、俺は身体が動けることを確認してからベッドから立ち上がった。

 その行動に、ノアも驚いて慌てる。


「ソラくん!いくら完治したと言っても、大怪我なんだから(しばら)く寝ておかないと!」


 だが、俺はそれを聞かなかった。部屋のハンガー掛けに掛かっていた自分の服を取り、素早くそれに着替える。

戦闘時に着ていたものだ。腹部には大穴が開き、血塗れだ。

 入院着は脱ぎ、下に着せられていた白シャツと藍色の短パンの上からその服を着る。

 そして壁に立てかけてあった杖と刀を手に取り、背中越しにノアに一言。


「行ってくる。」


 先ほどまで俺の突然の行動に慌てていたノアは、何も言わずに俺を送り出してくれた。

 部屋を出て、無言で診療所を後にする。その後は西門に向かった。


 俺は現在怒りに燃えている。ノアたちを痛めつけ、俺の命を奪おうとしたカマエルを消して許す気はない。

 心を満たした赫怒。カマエルに抱いた膨大なる殺意。仇討ちの敵討ち。それに応えるかのごとく、無言で突き進む俺の頭に声が響いてきた。


 ―――《!ユニークスキル【諸行無常】が、神之権能(ゴッドスキル)虚無之神(タルタロス)】に進化しました!》


 カマエルを殺すことしか頭にない俺にとって、対抗策となるスキルに進化したのは僥倖だった。



 ―――これで、対等で一方的な仁義なき戦いが始められるのだから。



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