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第二十一話 燃え盛る森

 シノブが村に迫る脅威を未然に防いだ、その一週間後だった。

 いつものように森にて特訓をしていた我とシノブ。特訓どころか警護まで兼ねるようになり、魔物は種類関係なく無差別に殺すシノブだった。

 これは、村にとってもシノブにとってもいいことであり、村にとっては脅威がいなくなるのだからそれでよし。シノブにとっては特訓になるのだからそれでよし。

 そうしたお互いに得をする関係。ソラ風に言ったらウィンウィンの関係というのだろうか、たとえお互いが認知していなくとも、そんな関係になっていた。

 村人は何も知らずに平和に過ごし、シノブは日々脅威を祓い腕を上げる。

 脅威。そう、脅威だ。この世界には、脅威と呼べるものは数多く存在する。

 人間にとって、魔物たちは脅威だ。

低位の魔物たちにとって、高位の魔物たちは脅威だ。

高位の魔物たちにとって、魔王というのは脅威だ。

魔王は共通かもしれないが、この際省く。そして魔王にとって、神というのは脅威だ。

神にとって、運命は脅威だ。

いくら強くとも、いくら博識であろうとも、生物である限り、この世に存在する限り、どの種族にもどの生物にもどの物質にも脅威というものは必ずと言っていいほど当たり前に存在する。

 特に人間は脆弱だ。魔物、魔王、神、自然、彼らにとって脅威というものは身近に溢れかえっている。

人間が人間を殺すという不毛な争いもあり、つくづく人間というのは人間という生き物なのだなと感じさせられる。

 ただ、万象に等しく破壊を与える脅威というものは存在した。


 “天災”


 要は自然災害のことだ。地震はさらなる混沌を招く。暴風は全てを吹き飛ばし、津波は全てを押し流す。豪雨は汚れを洗い流し、火災は全てを灰燼に帰させる。

 まさに天の怒り。と言いたいところだが、我はそのメカニズムは天のものではないことくらい分かっている。

我ら神は、何もしていないのだから。自然の摂理。

 カタストロフ。人間は抗うこともできない。知能の低い魔物たちも、当然ながら死を待つしかない。

そんな絶望的な事象が、天災なのだ。

 今何故こんな事を語っているかと言えば、この天災が我が村にも到達した。

いや、発生したという言い方のほうが正しいだろう。

 とある夜のことだった。いつも訓練に使っている森の一角が、急に赤く染まった。

 オレンジや黄色、赤といった、夜の暗闇の中揺らめく、暖色系の光。

 ただの灯火だと思い、我は気にもしなかった。

 炎を発する魔物は何種かこの森に生息しており、夜になると炎の光が漏れ出して上空から確認することは容易になる。今回もいつも見ていたような炎の明かりなので、無視した。

 我がその灯火に背を向けて、他の場所をサーチしに行こうとした時だった。

 何故確認しなかったのだろうと後悔する。

 去ろうとした我の背中に、焼け付くような熱さの強風が吹き付ける。

 その現象と熱さに驚き、我は後ろを振り向いて灯火の方向を見た。

 そこに灯火はなかった。あったのは、天空に向かって昇っていく火柱だけだった。

 真っ赤に燃えたぎる炎の柱と、その周りを舞い散る大量の火の粉。

木々は燃やされ、炎は次々に広がっていく。

 その衝撃的で幻想的で絶望的なその光景に、我は動けなかった。

 天まで届くその火柱は消えることなくそこに現れ続けた。

 火柱の根元に生えていた木は炎が燃え移り、そこから業火は燃え広がる。

 やっと今目の前の状況に気づいた我は、延焼を止めるため水の魔法を準備する。

 両手を天に掲げ、自らの魔力を一点に集める。

 魔法の炎に対して魔法で生み出した水は効果を成す。以前にソラがその心配をしていたが、対極する属性の魔力をぶつければ、術式は分解され魔力は離散。炎を消すことができる。

 水のイメージを魔力に注ぎ込み、頭上に保っている魔力弾を変化させる。魔力塊はたちまち巨大な水の玉となり、続けて注がれる魔力とイメージによってどんどんと肥大化していく。

 準備している間にも着々と炎は広がりを見せているが、これによって一気に炎を消せる。

 天に掲げた両腕を真下に振り下ろし、炎の広がる赤い森に水の玉をぶつける。

 水の玉は地面についた瞬間たちまち瓦解。形を保つための魔力は離散し、辺りを水が押し流す。

 ―――だが。

 炎の柱が消えることはなく、相変わらずそこに存在している。

 森に燃え広がった炎は消え、炭と化した木だったものが一面に広がっている。

 炭の平地と炎の塔。

 炎が燃え広がるのは防げたが、根本的な解決にはならなかった。

 水がだめならば、次は【混沌之神(カオス)】の出番。火柱を影で飲み込み、丸ごと消す作戦だ。


「【夢幻に続く虚の闇夜インフィニット・ダークネスウェーブ】。」


 【混沌之神(カオス)】の攻撃技の一種を火柱に向かって放つ。

 手のひらの前に渦巻いていた真っ黒な闇の種は、営業の完了とともに炎の柱の根元に一直線に向かっていく。

 着弾とともに辺りは闇に包まれた。無限に続くような、深く深く沈むような虚空が口を開いた。

その夢幻の虚空から幾筋と放たれる、闇の奔流が火柱の周りを覆い隠そうと螺旋状に昇っていく。

 火柱を取り巻く幾筋もの闇の奔流の先端は、螺旋を描きながら雲の上へと消えていく。

 闇に周囲を取り囲まれる火柱。地面の虚空は奔流の跡を頼りに火柱を飲み込もうと上空へと広がっていき、そこに存在した業火の柱はあっという間に虚空に飲み込まれた。

 まるで花の蕾のように先端はすぼまっていき、高く高くそびえ立つ火柱はどんどん闇に吸収され、抑え込まれながら消えていく。

 地面の近くまで縮んできた闇の蕾は、虚空が口を閉じると同時に一緒に飲み込まれ、そこには何もなくなった。

 何もなくなった。跡形もなく飲み込まれた。後に残ったのは黒く焦げた木片と地面だけだった。

 ―――つかの間だった。

 再び、同じ場所から火柱が上がったのだ。

 我は猛烈な爆風と熱に晒され、空中に浮遊することが困難となり、やむなく地面に降り立った。

 熱風が吹き荒れる中、再度猛威を振るう炎の柱。

 一度消してもまた復活するのならば、考えうる可能性は絞られてくる。その中でも、特に有効なものが一つあった。

それが、精霊による魔法行使だ。

 通常、人間でこの規模の魔法を撃つことは不可能である。努力や才能以前の問題として、魔力出量の限界を超えられないのだ。

圧倒的な魔力で生成され、なおかつそのままで保たれている。ならば、相当高位の魔物しかありえない。

高位ならば知恵は持っているが、それでも複雑な術式を使いこなすのは難しい。

 だが、高位の魔物の中でも精霊ならば造作もないことだ。我もそうだが、精霊というのは魔力で生きている。魔力がエネルギーであり、魔力が攻撃方法であり、魔力が生存手段である。そのため精霊という種族であるだけで例外なく大量の魔力を所有しており、加えて魔法技術も高い。もともと魔法は精霊の力から派生したものだから、扱えるのも当然だ。

 これほどのエネルギーに、これほどの操作技術。魔族か、精霊。魔族がいたらすぐに探知に引っかかるので、まず魔族ではない。消去法で精霊となるのだ。

ならばその根源を絶つことこそが解決法だ。

と、そんなことを軽々しく言っても我にはどうしようもならない。

 我の探知には、精霊は引っかからない。精霊は自然物判定なので、魔物だが自然という区分になるのだ。当然ながら自然を探知する必要は全くと言っていいほどない。

そんなメカニズムの所為で、我に精霊を探知させることは不可能なのだった。

 どうしたものか。そう考えていた。


「カズム様!なにこれ!」


 ふと、我の遥か後方からそんな声がした。

 見ると、強風に飛ばされそうになりながらも懸命に風に抗いながら進んでくるシノブの姿が。


「シノブ!権能を使え!」

「権能?よくわかんないけど、わかった。やってみる。」


 我が思いついた策略を、シノブにやってもらう。というか、これは【月光之神(ツクヨミ)】を持っているシノブにしかできない。

 シノブは若干戸惑いながらも我の言う通りに動き、【月光之神(ツクヨミ)】を発動させる。

 シノブの身体から神聖な魔力が発せられるとともに、拡散して辺りを満たしていく。


「ん……これ、どうすればいいの?」

「意識を集中させてみろ。生体反応が何処かにないか。」

「せいたいはんのう……生き物がやったの、これ。

むむむむ……あ、これか。」


 辺りを包みこんだ清い魔力は一気に一地点に収束していき、そこで小爆発を起こした。

 その爆発と同時に炎の柱は霧散して、再度消え去った。


「で、今の何だったの?教えてよ。」

「今のは何者かの企みで、この火柱が出ていたのだ。

幸いにもシノブが来てくれたから、助かった。感謝する。シノブ。」

「よ、よくわかんないけど……私が凄いってことでいい?」

「もはや言うことはないな。」


 火柱騒動は鎮圧された。

 今回もシノブの活躍に助けられた。

 村の方は大騒ぎだが、まあそれは何とかなるだろう。深夜に起きた現象故に、シノブは眠たそうだった。

 シノブを家に送り届け、ココロに簡単な説明をしてから我は帰路につく。


 ―――最近色々起こり過ぎな気もする。

杞憂で終わるといいのだが。


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