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第二十話 狂狼

 シノブとの特訓が始まって、今日で一年と半年が経過した。

 シノブと再度出会ってから、今日で三年と半年。

 最初は五歳だったシノブも、今や九歳。村一番とは言わずとも、実力だけで見れば村三番目だ。

 これに彼女自身の権能を加えたら、どんな冒険者もはねのけられるほどの力の持ち主になる。

 神之権能(ゴッドスキル)月光之神(ツクヨミ)】。身体から神聖なるオーラを放ち、対象を善悪に分かつ権能。もし相手が善だった場合、戦意の喪失が可能。悪だった場合は、塵と化して消える。

 我でも殺せてしまいそうな恐ろしく強い能力だが、それには条件があった。月の光の下でないと使えないのだ。

大いなる力には代償はつきものだが、この場合は条件という大きな代償があった。

 昼間は剣士として腕を磨き、夜は神として善悪と生死を分かつ。

 我が一年半も特訓を続けさせてきたことで、シノブの剣は大人顔負けの腕前だ。

 いつあの襲撃が起こっても、シノブは生き残れる。


「カズム様、今日も特訓?」

「勿論だ。今日は森のさらに奥に行ってみようと思っているが、自信はあるか?」

「あたしを誰だと思ってるの?カズム様の訓練を根気強く続けてきたんだから、上級くらい余裕だって。」


 さあ、それはどうだろうな。

 最近魔物の間引きは行っていない。

 シノブの腕前が上級を倒す程の強さだということと、あえて上級を倒させることで経験を積ませ、より高みへと近づかせるためだ。

 シノブの今の腕だと、上級と互角に戦える。以前出会った大鬼之狂王(ビースト・オーガ)も、権能に頼ることなくねじ伏せれるほどだ。


「いつもの刀は持ったか?」

「持った。昨日研いでもらったから、切れ味バツグンだよ。」

「よかったな。じゃあ、出発するぞ。」


 この一年半の間、毎日続けてきた特訓。

 今日もまた、いつも通りの日々が始まるのだ。


 山奥。森の奥。凶暴な魔物がウジャウジャしている区域をたまたま見つけていたので、今日はそこにシノブを連れてきた。

 我は上空からシノブを見守る。

 我が離れて一人になったシノブは最初にどうするかと思いきや、いきなり歩き出した。

 ここは森の奥の奥なので、森の道なんて獣道しかない。

 腰までの高さの草が生い茂り、木の葉の隙間から差す僅かな木漏れ日しか光がない道なき道を突き進むシノブ。

 サーチをしながら追いかけてみると、いきなりシノブの前方に大鬼之狂王(ビースト・オーガ)が現れた。

 シノブもそれを認知していて、目の前の化け物に向かって剣を構える。

 そして、素早い動きで大鬼之狂王(ビースト・オーガ)の目の前まで来て、左横腹をザクリ。非常に鋭利な刃物によって横一文字にスパッと切り裂かれた横腹からは、黄色い欠片とピンクの欠片、白いロープのようなものやらが溢れ出すように出てくる。

 脂肪、筋組織、腸。

 慌てて斬られた傷を抑え、臓器がもろみ出るのを防ごうとしてももう遅い。

 小さな体躯を生かして素早く駆け回るシノブに翻弄される大鬼之狂王(ビースト・オーガ)

 よく見ると足にいくつもの斬撃を放っており、大鬼之狂王(ビースト・オーガ)が倒れるのを待っているのだろう。

 シノブに翻弄される大鬼之狂王(ビースト・オーガ)。斬撃を続けて足に受け、思わずよろける。

バランスを崩してしまったら、その巨体を支えるすべは無かった。

 まるまると太った偽物の筋肉でできたその巨体は、地面に触れる前に鋭い仕込み刀の餌食となった。

 大鬼之狂王(ビースト・オーガ)が最期の足掻きとばかりに振り回した棍棒により怯んだシノブだが、負けずにシノブは仕込み刀を振り下ろした。

 その刃は大鬼之狂王(ビースト・オーガ)の腕に防がれた。

―――だが、刃は太い腕に突き刺さる。

 血しぶきは飛び散るが、それは木にせずシノブは掻い潜って刃を巨大な体躯に突き刺していく。

 生物の急所である場所の何箇所かに深い斬撃を受けた大鬼之狂王(ビースト・オーガ)は、暫く藻掻いていたがぐったりと動かなくなり、傷口から血を噴き出しながら微動だにしなくなった。

 ―――大鬼之狂王(ビースト・オーガ)、討伐完了。


 ―――領空軍団雀蜂(エアフォース・ワスプ)、討伐完了。


 ―――王酸甲爬虫アシッドシェル・リザード、討伐完了。


 ―――血肉巨熊(ブロッド・グリズリー)、討伐完了。


 ―――針刃被猪(ニードブレド・ボア)、討伐完了。


 ―――死毒粘性体(デッドリースライム)、討伐完了。


 ―――闇夜大蜘蛛ダークナイトスパイダー、討伐完了。


 二日かけ、森に生息していた危険なモンスターたちを一人で倒しきったシノブ。

 大鬼之狂王(ビースト・オーガ)を始めこれらの魔物たちは、全て危険度B以上のモンスターだった。

 二日でこれだけの危険な魔物を倒すとは、正直我でも恐ろしくなる。

 これでまだ九歳なのだから、子供の頃からの英才教育はよほど大事なのだろう。

A級の冒険者でもびっくりの強さ、加えて権能も駆使すれば敵無しだろう。

 まあ【月光之神(ツクヨミ)】を使って倒した魔物も何体かいるため、実質この戦績がシノブの現在の強さと言っても過言ではない。

 これで―――


「ふぅ、カズム様、こんなもんでどう?」

「末恐ろしい。」

「……どゆいみ?」

「強すぎて心配になってくるぞ。」

「強い分には問題ないじゃん。」


 いや、我が危惧しているのはそんなことではない。

 強ければこの世界での生存率は高くなる。だが、それは大人ならば問題はない。

シノブはまだ九歳。子供ゆえ、大人にうまく利用されて搾取される可能性のほうが高い。

 神である我にも分かる。恐らくソラと出会う前までは分からなかっただろう。この心配は、我がソラとともに人間の世界に触れたからだ。

 金、愛、欲、見栄、嘘、主観、力、殺意、上下関係―――そんな人間の業とでも吐き捨てられるような塵。

その果てにあるのは、心の汚濁と社会の腐食、末路は滅亡。

 イペリオスがいなかったら、今頃―――いや、とっくの前に世界は滅んでいた。

 そんな人間の業に巻き込まれることなくシノブを守りたい。

 村を守護するのではない。シノブを守護するのが、我の目指す目標。そして切なる願いなのだ。


 二日間の激闘を終えた、その翌日だった。

 シノブを休ませてやりたかったのだが、シノブは「今日も行こう」と特訓に行く気は満々だ。

 仕方なしに、いつも通り森へと連れて行く。

 シノブは村の中でもその強さは定評らしく、たまに村に入ってくる害獣なんかを討伐するという手伝いをしているそうだ。

 将来は勇者になりたいらしい。だが、勇者というものはなろうと願ってなれるものじゃない。

 勇者は、魔王討伐に行くような者のことを指すのではない。

簡潔に言えば、その国の切り札となる。プロタ王国の世界最強たちのような感じだ。

故に国の間で戦争になった場合、状況によって最前線に出るか王族を守るかのどちらかの対応を迫られる。

 これは戦争に限った話ではない。一国では対処不能な天災が降り掛かった時も、同様だ。

勇者一人での討伐を求められる。

 当然勇者には、常人離れした、それこそ神懸かっている力が必要になる。それと同時に社交力や知力、判断力等、幅広い力が必要となってくるのだ。

 命の安全も保証されていない。勇者以上に強いやつが味方にいないからだ。逆に、勇者が人民の命を守る必要すらある。

 シノブにはとてもじゃないが無理だ。

 否定するのも可哀想だが、命の危険や対価からしても、勇者というのはハイリスクな職業となる。

 「なれたらいいがな」と笑い飛ばしたが、我にシノブにそんなことをさせる気は毛頭ない。

 我がいる限り、シノブにはそんな危険なことはさせない。我が全てを跳ね除けてやろう。

 親バカというのだろうか、言われるのだろうか。

 ―――まあ、勇者というのはそんな職業なんだということを言いたかっただけである。

 いつも通り、森に着いた。見慣れた森の道を歩いていく。

 そしていつも通りシノブを森の中に放置して、上空から戦いの様子を眺めることにする。

 だが、ここで我のサーチに不審な影が幾つも反応した。

 何かの群れ。それも、危険度はA-。小国ですら対応できないような危険度の魔物が群れをなして、こちらに向かってくる。

 方向的に、進行方向には村が。いや、もしや村が標的なのか?

 シノブもその気配を察知して、群れがいる方向を向く。

 茂みをかき分け群れに向かって進んでいくシノブを追いかけ、我も群れの上空へと向かう。

 大陸の端の付近には森がない。その平原のようになっている場所が、なんだか広がっていた。

 木々は薙ぎ倒され、草は踏み倒され、道なきところに道ができる。

 進軍ならぬ進群方向を見てみると、大量の白い狼の群れが、猛スピードで森を突っ切りながら進んでいた。

 銀風狼(フェンリル)。いや―――吸血銀狼(ヴァンプ・フェンリル)だ。

 群れを成す銀風狼(フェンリル)一体一体に、【緑樹の加護】が付いている。この加護がついた銀風狼(フェンリル)は、吸血銀狼ヴァンプ・フェンリルと化す。

王である個体を先頭に、見える獲物を食いちぎり、種子を広げて被害を拡大させる、凶暴化した狼の襲撃だった。

 群れの進む先にはシノブがいる。まだ余裕はあるが、我はこの群れを後ろから叩き潰すとしよう。

 そう思い立って森だった場所に舞い降り、【混沌之神(カオス)】を発動させて最後尾の何体かを処分。

 後ろからの攻撃に気づいても、先頭個体が命令を出さなければ下部個体は行動できない。それほどまでに、植物の侵食によって知能が低下しているのだ。

 先頭個体が気づかぬように殺処分を繰り返すが、三度目の針の乱舞で気づかれた。

 一斉に我の方を向く狼たち。その目は緑色だが、瞳孔の奥は濁っている。牙を剥き、唸り、よだれを垂らしながらこちらに敵対心を剥き出しにしてくる。

 我が相手をするには何の問題もない。それどころか取るに足らない相手でさえある狼たち。

 我が一掃すればいいだけの問題だが、狼の首領はイカれたことを始めた。

 後ろの狼たちを群れから切り離し、自分たちはそのまま突き進んでいくという行動。

 その強行に及んだ理由は定かではないが、狼たちの大半がシノブの方向へと進んでいるということには変わりなかった。

 我は問答無用で再び針の乱舞を開始。意思のない彼奴らは抵抗できずにその無慈悲なる一斉掃射に沈む。

 たかが狼ごとき、数がどれだけいても神である我には勝てない。

 圧倒的な力の前に血を噴き出し倒れていく狼。

 全ての狼の瞳から光が消えたところで、我は本隊の後を急いで追いかける。

 村に近づいていく。周辺が今までシノブとの訓練に使用した森の景色になってきた時、やっと群れを視認。

 さらに速度を上げて追っていくと、群れの最後尾の動きが止まった。

 先程よりも横に広がっていて、どうやら一点を囲んでいるようだった。

 その一点。狼に囲まれたその一点は何なのか、容易に想像することができた。

 危機感を本能で感じた我は、最後尾の狼たちを攻撃して跳ね飛ばし、包囲を破った。

 その一点にいたのは、我の心配通りシノブだった。

 唯、シノブは狼に負けていなかった。

 シノブの服や顔、辺りの地面は返り血で赤く染まり、左手には首領狼の生首、右手にはドロリとした血がまとわりついた刀が。

 周囲の地面には流血とともに多数の狼の死体が転がっていた。


「カズム様……」

「シノブ……無事だったか。」


 シノブは生首を放り捨て、我の下へと駆け寄ってくる。

 そして何をするかと思いきや、刀も地面に捨てて我の胸に飛び込んできた。


「やったよ……ボス倒したよ……!」

「よく倒したな。もう一人前だ。誇っていいぞ。」

「……!」


 首領が殺され、命令が届かなくなった狼たちは動かない。

 我は広範囲の針の乱舞で、それらを一掃。シノブを抱いている左手とは逆の右手を空に掲げ、【混沌之神(カオス)】を発動した。

 逃げ場無き掃射に晒された狼たちは、呻くことも許されず倒れていく。

 シノブが、村に接近していた脅威を未然に食い止めた。いくら強くても、人の役にたたなければ無意味。我が教えたことを実践した。

 事実、この村はシノブのおかげで救われたわけだ。


「村人たちがシノブの活躍を知らずとも、シノブは確実に誰かを救っている。人を助けたということは、自分の力が役に立ったということだ。よくやったな、シノブ。」


 初めて出会った、自分にとってだけではない脅威。その恐怖のあまり腰を抜かしたのか、はたまた感情が決壊したのか。

 すすり泣きながら我の胸に顔を埋める。

 左手でその背中をさすり、右手で頭を撫でながら労いの言葉をかける。

 恐怖に打ち勝ったシノブを村につれて帰り、ココロに引き渡した。

 事の経緯を話すとココロは驚いていたが、それと同時に安堵の表情も浮かべていた。


 ―――一安心して空を見上げる。もう日は地平線に顔を隠し、夜の帳が下りる。

 一日一日を重ね、あの日へと近づいていく。

 もう秋だ。あの日は、木の葉があちこちで舞い落ちるようになった季節。

 ―――心なしか、悲しくなってくる。失敗できない。救わなければならない。その緊張が一気に大津波となって押し寄せ、我の自信を押し流していく。

 気づけば、我の頬をツーッと、水滴が流れていた。

 我は目に溜まった水を拭いながら、あの玉座へと帰っていった。




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