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第十七話 ふるさと

第六章、第二幕、開幕。

セト視点になります。

 アクロを旅立った。

 ソラたちの下を一度離れ、我は一人で旅に出た。

 無論、無作為に、無計画に、無思考で旅立ったわけではない。

 いや、実際あながち間違ってはいないのだろう。旅に出た理由が、余りにも曖昧だからだ。

 我は、ある夢を見た。

今でもその夢の内容は覚えている。明晰夢と言うやつだろうか。

 その夢の内容に感化され、思い立ったが吉日。こうして我は一人で荒地を歩いていた。

 その夢の内容というのが―――あまりいいたくはない。それほどに酷いとか、そういう問題ではなく、ただ単に照れくさいから、小恥ずかしいから、語りたくないだけの、誠に自分勝手な理由なのだ。

 そもそも旅に出た理由も自分勝手なものだし、思えば我の生き様も自分勝手なものだったのかもしれない。

 話したくはないが、話さないと物語が崩れてしまうことは分かっている。

我の心境は複雑化している。

 羞恥という感情に揺さぶられているが、どこか話せば落ち着けるのではないかという気持ちさえある。

 この際だ。羞恥なんてものは掻き捨て、その夢について語ることにしよう。

 語るとは言ったものの、実はそんなに大した内容ではない。

 夢の中にある少女が出てきた。ただそれだけの、断片的な記憶なのだ。

 それでも鮮明なのは何故だろうか、その夢の記憶を思い出すと、無性にあの日々が恋しくなるのは何故だろうか。

 我の夢に出てきた少女というのは、かつて我が村で出会った子供だった。

 “だった”と、過去形で言っている理由は察してくれ。成長し、子供じゃなくなり、大人になったわけではない。子供のまま、少女として存在している。我の記憶の片隅に、存在している。

 その少女は、村で唯一我の姿が見える人間だった。

 出会ったのはいつだろうか、そして別れの時が来たのはいつだろうか。

 彼女が我のことを何と呼んでいたのか、我は何故その少女を気に入っていたのか、二人でどんなに楽しく、長くて短い時間を過ごしたのだろうか。

 ―――何故、あんな終わり方になってしまったのだろうか。

 考えても分からない。もう一度、あの日々に戻りたい。

 今は蹂躙されて破壊され、人の寄り付かない廃墟になったあの村に戻ったら、再びあの祭壇に上ったら、もしかしたらやり直せるんじゃないか。そんな淡い期待が、我の心のなかで燻っていた。

 そんな事ができるはずもないと、脳でははっきりと分かっているのに。その期待を、その希望を、その一縷の望みを捨てきれずにはいられなんだ。

 我は、少女との楽しい時間を取り戻したかっただけだった。守りたかっただけだった。許せなかっただけだった。

 夢の中で、少女は言った。


『■■、心配しないで。私は大丈夫だから。

わかってるよ、■■が私を守るために戦ってくれたんだって。

村の皆を守るために、あんなことをしたんだって。責めないよ、私は責めない。■■がどんな事をしようと、私は■■の味方だから。

■た、一緒に狩り■行き■■なぁ。行ける■■ぁ。

もし■た会う■■■あるなら、■■時は、一緒に■■楽し■■■るといい■■。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』


 夢の中でも、だんだんとかすれていくその声。だんだんと霧に包まれていく、その姿。もう二度と見ることはできない、その無邪気な笑顔。

 守れなかった。たった一人の人間の命も、救えなかった。

 手のひらから零れていく。漏れ出していく。消えていく。

 ――――――――――――

 我は歩く。かつて己が焼き尽くした、豊かな草原だったであろう広大な荒地を、歩いていく。

 見渡す限り、岩と砂。何日かかろうが、我は必ずあの村に帰る。

あるはずのない希望を胸に突き進む。

 少女の最期を、見つけるために。

 蹂躙された村の、唯一見つからなかった死体。

 村人の顔は全員覚えていた。覚えられるまでに、その村の人口は少なかった。

 あの忌々しい大国の、砦を一つ滅ぼしたあとだった。

 一度怒りが収まりかけていた我は、村に戻って生きている人間がいないか探した。

 だが、見つけられたのは村人全員の死体だった。

 どれも損傷が激しく、殺される前に甚振られたであろう死体、即死だったであろう死体、死体となっても尚、人間としての尊厳を踏みにじられた死体等、殺され方は様々だった。

 どれも、恐怖や怒り、悲しみ、殺意、戸惑い、苦しみ、痛み、数え切れないほどの、計り知れない程の負の感情で歪んで、血で真っ赤に染まっていた。

 だが、少女の死体だけは見つからなかった。

 跡形もなく消し飛んだのか、目につかないようなところで死んだのかは分からない。

 もしかしたら生き延びているかもしれないが、三百年も前の話だ。それに、まだ子どもだったのに、一人で生きられるはずもない。

 どちらにしても、悲惨な終わり方だったのだろう。

 当時の我は、その事実を受け入れられなかった。それと同時に、受け入れてしまったのもまた事実だ。

 怒り狂った。誰もとめられないほどに。暴れた。壊した。薙ぎ払った。

 【紅月之黙示録カーディナル・アポカリプス】を連射し、国はおろか周辺の土地も焼き払った。

 それが、今我が一人で歩いているこの荒地だ。

 人や生物はいない。勿論、国、都市、村、家などがあるはずもない。オアシスもなく、木どころか草だって生えていない。

 あるのは、むき出しになった地肌のみだ。

 そんな何もない荒地を、我が全てを破壊した荒地を、何の因果か、トボトボと一人で北東を目指して歩いていくのだった。


 ✽ ✽ ✽


 頭上広がる星空。邪魔するものがないこの荒地で、これでもかと言うほどに星たちは瞬いていた。

 幻想的な光景に、思わず足が止まる。

 ―――これを、リュナたちにも見せてやりたいな。

 ―――シノブと見た星空、きれいだったな。

 自然と口角が緩む。

 我は再び前を向き、歩みを進めていく。

 シノブに見せてやれなくとも、ソラたちに見せてやればいい。

 我は、新たな仲間を手に入れたのだから。シノブも、きっとそうすれば喜んでくれるだろう。


 ✽ ✽ ✽


 我は歩く。長い時間、歩き続けた。

 三日だろうか。丸三日、歩き続けたのだ。

 そして、念願の村へと到着した。

 森に侵食されつつあるその村は、襲撃の時よりも酷くなっていた。

 時の流れというのは残酷だ。あの時は、道も家も血で染まっていたが、今や植物がそれを覆い隠している。

 伸び切った雑草が村の道を覆い、絡みつく蔦や蔓が家の壁全面を包み、村は廃村となっていた。

 あちこちに武器もある。地面に突き刺さったまま放置され、風雨にさらされて朽ち果てた槍。家や木や地面のあちこちに刺さっている、無数の矢。

 地の痕跡こそあるものの、死体は無かった。

 我が全て埋葬したからだ。

 それを思い出し、廃村となった懐かしい村の中を突き進んでいく。

 我が並べた墓の場所へと、迷いなく歩いていく。

 だが、世は非情だった。

 墓は大半が掘り返されている。獣の足跡や、墓石にも獣の痕跡が残っている。

魔獣が掘り返し、中の死体を貪ってしまったのだろう。

 結界を張ることを失念していた。下手に墓を作ると、魔獣が寄ってきて死体を貪ろうと墓を掘り返す。

その光景は地獄絵図で、その死体は骨も残らない。

 つまりは、村の人間の死体は残っていなかった。

 ()()()()()()()()()()()

 綺麗な墓石。周囲に荒らされた痕跡はない。

 その墓石には、二人分の名前が連名で刻まれていた。

 “ツキカゲココロ”と、“ブレイド・ムーンライト”。

 我の夢に出てきた少女、ツキカゲシノブの両親だ。

 仲睦まじく、お手本のようなおしどり夫婦。ココロの方は異世界人で、ソラと同郷。ブレイドは旅をしていたエルフの武道家だ。

 二人はそれぞれで旅をしていたところ、この村でばったりと遭遇。

 そのまま結ばれてこの地に腰を下ろし、子供を授かった。

 それが、シノブだ。

 確かあの三人親子、よく我の下へと遊びに来ていた。

 あの祭壇はどうなっているのかと確かめるために、村の奥の丘の上にある祭壇へと向かう。

 丘を登り、頂上まで上がってきた。

 そこには、大きな枯れ木の麓に作られた古い玉座が。

 玉座は岩で作られていて、模様や装飾がたくさんついている。

 玉座の前には平たい石が。昔、村の人々はそこにお供え物を置いて儀式をすることで、神の加護を欲していた。

 飢饉のときは豊作を祈り、日照りのときは雨乞いをし、疫病のときはただ願うことしかできなかった。

 なんてばかばかしいんだと思いながら、我はそれを玉座に座りながら見ていたのだ。

 我の姿は、シノブとココロを除いては誰も認識できない。

 当時のことが懐かしくなり、我は玉座に座ってみる。

 玉座からは、遠くの風景がよく見えた。

 村も見渡せる。あの時ここにいれば、すぐに気づけただろうな。

 次々に蘇ってくるあの日の思い出たちを噛み締めながら、まぶたを閉じる。

 涙が溢れてしまいそうになったからだ。

 そして、暫く待って涙が収まった頃だった。


「あなた、だぁれ?」


 そんな幼い子供の声がした。

 驚いて目を開けてみれば、目の前には一人の幼女が。

 黒に白い髪が混ざった、ショートボブの幼女。


「―――シノブか……?」

「ん?なんであたしのなまえしってるの?」


 ………目の前に、死んだはずのシノブがいた。

 ふと景色を見たら、荒れ果てていた村の方からは人々の賑やかな声がする。

村は荒れていない。皆も元気だ。遥か向こうに見えるかの大国も、なぜか復活して元の状態に戻っていた。


「………どう、いう、ことだ……?」


 我はそう呟くしかできなかった。



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