第十三話 安寧
〜前回のあらすじ〜
アクロの復興が始まりました。
◀ ◇ ▶
ロムバート邸にて。
アクロの復興が本格的に始動し、二週間が経過していた。
予定されていた引っ越しの準備も滞りなく進み、いよいよ来週は引っ越しという所まで来ていた。
当然俺たちは家がないので、宿暮らしになるかついて行って寄生虫のようにお世話になるかのどっちかなのだけど、相手側のことを考えたら後者は嫌。かと言って、宿暮らしは無駄に金がかかるので却下したいところではある。
あ、そうそう。魔王討伐でもらった大金だが、それは今現在アクロの復興のために使ってもらっている。
建築資材や人手を雇うための経費として。
偽善の棺桶を潰したことも含めて、自分がアクロの役に立っているんだということを感じることができる。
そんな復興が進むアクロでは、避難所が次々と消えていっている。
ロムバートさんが総力を挙げて仮設住宅の設置を進めてくれたので、避難者たちはほとんどが仮設住宅に移り住むことに成功。
今後家が建て直されていくに従って仮設住宅の人も出ていくので、残された人々もやがては避難所生活を脱却できるという計画だった。
なんて素晴らしいんだと思いつつ、俺は真剣に今後について考えている。
コロコロ話を変えてしまって非常に分かりにくいと思うけれど、今後をどうするかは非常に重要なのだ。
一応念の為にロムバートさんに聞いてみたところ、「この街の恩人なのですから、いつまでも滞在してもらっても結構ですよ」という返事が返ってきた。
ならば大丈夫だろう。そんなわけにもいかない。
何度も言う通り、いつまでもここのお世話になっていたら相手方にも迷惑だ。
早く家を見つけたいところだが……仮設住宅しかないアクロで俺たちの受け入れ先があるはずもない。
「なんかいいとこないかな……」
「どうかしたんですか?」
「あ、いや、ちょっと考え事を。」
「ソラさん、最近忙しそうですね。」
「まあ魔王討伐後でも、やることは山のようにあるしな……」
思わず独り言を呟いた俺の隣に座り、何やら話に乗ってきたのは、仕事が一段落して休憩に入ったルミアだ。
「いいところって何ですか?」
「今後の生活のための家がね……」
「ああ、頼んでた家は壊されたんですもんね。」
「そう。いつまでもここで暮らしてるわけにもいかないし、宿以外でどっかないかなって思って。」
「難しいですね……」
二人して悩む。
頬杖をつきながら考える俺と、優雅にコーヒーのような飲み物を飲みながら考えるルミア。
態度が全く違うけれど、これはお互いの容姿でカバーでき、傍から見ればメイドと子供が考え事をしている図に見えるのだ。
「あ、」
何か思いついたように、その一音だけ発するルミア。
多分思わず声が漏れてしまっただけだと思う。
「ん?何か浮かんだ?」
「あの廃墟はどうですか?」
「廃墟……ああ、避難所になってた?」
「はい、私とリアもたまにあそこに掃除に行くんですけど、今ではかなりきれいですし、しっかりと掃除をすれば立派な屋敷ですよ。」
「まあ、あそこは元々住宅の所有権を手に入れるために行ったんだけどね。
そっか……今は仮設住宅だから、避難者は居ないのか。
ルミア!滅茶苦茶いい考えじゃん!」
「そ、そうですか?改めて褒められるとちょっと照れくさいですけど…」
ルミアの意見は、とても合理的だった。
あの廃墟、ルミアとリアとリーベが掃除をしていて、先日訪問したときは大まかなゴミはほとんどなくなっていた。
避難者たちが問題なく過ごせていたならば、俺たちだってあそこで暮らせるはず。
俺たちが訪問した後も掃除を続けていたなら、後は仕上げをすることで完全にきれいになるだろう。
そして何より、今日から住めるのがいい。先住民はいるけど、まあ子供だし、仲良くなればいいだけだ。
◀ ◇ ▶
「というわけで、あの廃墟に住むことになりました!」
「というわけで、じゃないよ!何いきなりそんなこと言ってんの?」
「お世辞にも清潔だとは言い難い場所ではあったが、ソラ、正気か?」
「まあ、掃除すれば住めなくもないでしょうし、実際避難所になっていたんですから、それなりに暮らせるような環境なんじゃないですか?」
「私はノアちゃんとソラさんに賛成ですよ。あの幽霊たちも、誰もいなくなったら淋しいでしょうし。」
その日の夕食の席で皆に聞いてみた結果、リュナとセトは反対。ノアとシエラは賛成。完全に二つに分かれたわけだが、その後セトは「現状を見てみないとな。」と、とりあえず見に行くという姿勢をとっているようだった。
そして翌日。朝食を食べてから身支度を済ませ集合した俺たちは、【空間転移】でアクロにテレポートし、そこから暫く歩いて件の廃墟の前まで来ていた。
「外装は……相変わらずみたいだけど……」
「問題は中身だな。」
リュナとセトはそう呟く。
だが。
『あ、この前の。』
『久しぶりだね、お兄さんたち。またここに用があるのかい?
避難していた人たちなら、もう仮設住宅ってところに移ったけど。』
前方から、そんな少年二人の声が。でも、当然のごとく前方には何も無い。
あるのは、ひび割れて風化した石畳と、伸びっぱなしになった雑草たちのみ。
「ひっ!?」
『そんなに驚かないでほしいな。何度も言ってる通り、僕たちは何もしないって。』
『そう。何もしない。』
『で、お兄さんたちは何でまたここに?』
「実は、俺たちをここに住まわせてもらえないかなって、相談に来たんだ。」
『ここに?フフフッ、お兄さんたちも愉快なことをいうんだね。久しぶりに笑ったよ。
そうだなぁ、もしそれを本気で言ってるなら、考えておくよ。
どうする?内装だけざっと見とく?』
「ぜひとも。お願いしていいかな。」
『いいよ。』
『僕たちが案内してあげよう。ほら、こっちだよ。』
「俺たちはお前たちの姿が見えないんだけどな……」
一通りの流れの後、思わず俺がそんな事を言ったときだった。
少年は、それを失念していたかのような口調で言った後、とある異変が目の前で起こった。
『あちゃ、そうだったね、僕たちは姿がないんだった。』
『お互いは見えるけど。』
『普段これだからもう慣れちゃってね。半透明にはなるけど、姿を現してあげようか。』
目の前に、半透明の少年二人が現れた。
一人は、頭頂部が水色で髪の毛の先端は黒という特徴的な髪色の、俺より一回り幼い男の子。
そしてもう一人が、目が隠れるほどの長い深緑の髪の、十二歳位で俺と同じくらいの男の子。
二人とも、ボロ切れのような汚れて破れて擦り切れた服を、直に肌の上に着ていた。
その肌も黒ずみ、荒れて、ボロボロだ。
『さあ、これでお兄さんたちにも姿が見えたはずだけど、どうかな。』
「あ、ああ、バッチリ見えてるよ。二人とも。」
『よかった。それじゃ、今から案内していくから、皆僕たちの後をついてきてね。』
そうして、半透明の子供二人について行きながら建物のなかを見学した。
先日来たときよりかなりきれいになっており、大まかなゴミは勿論、細かいゴミは埃等しかなく、最初足の踏み場もないほど散乱していたガラス片や木片などは綺麗に片付けられており、ただの誰も住んでいない空き家だと言っても遜色はない。
廃屋というのも失礼。外見は廃屋だけど、中身はめちゃくちゃキレイ。
あの三人でよくここまで掃除したものだ。素直に家事レベルに敬意を評したい。
『フフ。フフフフ。久しぶりだね、お兄さん。』
『な、なにしに、来たの……?』
『このボロ家に住みたいんだってさ。』
『フフフ。なかなか倒錯的な趣味をお持ちのようで。
ボロ家に住みたがる性癖でもあるのかなぁ?フフフ。』
『ご、ごめんなさいぃぃ、ボロ家しかなくて、ボロくてごめんなさいぃ……』
…………こいつらのクセが強すぎて全然話になってないんだが。
とりあえず笑うのと謝るのはやめてほしい。調子が狂う。
『で、何で姿を現してるの?』
『お兄さんたちを案内するためだよ。さすがに透明のままじゃぁ、不便だからね。』
『今見せてきたところ。』
『そうなんだぁ。』
そんな会話が繰り広げられていると、少年二人の前に二人の半透明の少女が姿を現した。
一人は、やや青みがかったストレートの白髪に、ギラめく目つきの白と藍色の瞳をした、青い方の少年と同じくらいの年齢の少女。
もう一人は、茶髪が混じったボサボサのクリーム色の長髪に、大きな勿忘草色の虹彩が特徴的な、隣の少女よりもう一回り幼い見た目の少女。
『フフ。ねぇお兄さん、このボロ家、気に入った?
メイドのお姉さんたちがたまに掃除しに来ていたけど、もしかして知り合いだったりするのかなぁ。フフフフフ。』
「気に入ったか否かで言えば、気に入ったよ。どうやらルミアたちが掃除を頑張っていたみたいだし。帰ったらお礼言っとかないとね。君たちの代わりにも。」
『よ、よかった…けど……ほんとにこんなボロ家でいいの…?』
「改装していけばなんとかなるでしょ。」
そう。これだけキレイなら改装次第で立派な家になるのだ。
腕が鳴るぜ。
『じゃあ、お兄さんたちはここに住むってことでいいかな。
二階に空き部屋はたくさんあるから、それぞれ使ったらいいよ。』
『フフフ。賑やかになるね。』
『寂しかった。けどこれで。』
『うう……何か粗相をしても、怒らないでくださいね……?』
子供四人にも認められて、俺たちはこの屋敷に住むという許可が下りたのだった。
◀ ◇ ▶
翌日。朝早くから荷物をロムバート邸から屋敷に運び出すという作業が行われていた。
でも、リュナのカバンやノアの【空即是色】によってあまりにも早く終わって、早起きした意味はなんぞやということに。
作業の時間が確保できたと捉えることにしよう。
そして、ロムバート邸ではある一つの重大ニュースが屋敷内を駆け巡っていた。
というのも、どうやらルミアは俺たちについてくるらしく、それにリーベとリアもついていくというのだ。
要するに、三人ともロムバート邸で働くことを辞め、あの屋敷で使用人として働くというわけになる。
これには俺もリュナたちもびっくり。当然ロムバートさんも驚いただろう。
そのニュースが耳に届いた直後、俺は応接室に呼び出された。
相手は、ニュースの件で頭を悩ませているロムバートさん。
「ソラさん、こうしてお呼びした理由は理解していただけているでしょうか……」
「ルミアのことですよね」
「はい…」
「単刀直入に伺うんですが、ロムバートさんはこのことに対してどう思っているんですか?」
これが一番重要となる。
別に無闇に話を広げる必要性もないので、こうして単刀直入に聞いたわけだ。
その質問を受け、ロムバートさんは自らの毛量の少ない頭を撫で回し、答えにくそうにしながらも言葉を絞り出した。
「――そ……うですね、ルミアは子供の頃からここで育ててきたわけですし、状況は違いますがリーベもリアも、故郷を追放されてここに助けを求めに来た、同じ境遇です。
三人ともよく働いてくれますし、正直に言いますと屋敷にとってとても大事な人材です。
ですが、今のところはソラさんにおまかせしてもいいかなと思っているんです。」
「と、言いますと?」
「三人一緒に行くなら私も文句は言いません。あの三人は子供の頃から仲が良く、どの仕事をするにもいつも三人一緒でしたから。
それに、ルミアは心を開きにくいのに僅か一日で打ち解けてしまったソラさんです。私はソラさんのことを信用していますから、あの三人をどうか使ってもらえないでしょうか。」
「僕としては本当にそれはいいんですけど、屋敷の仕事とか、大丈夫なんですか?」
俺が本当に心配なのは、そこについてだ。
別に、俺はルミアがついてきてもいいと思っている。
屋敷というからにとても広いし、俺たち五人だけじゃ管理もままならない。
ありがたくはあるけれど、その三人を引き抜いてしまったらロムバート邸の仕事がおろそかにならないかと、そんな心配をしているわけだ。
「もうすぐ私の妻が帰ってきますので、使用人たちも一層頑張ると思います。」
「そんなに慕われて?」
「い、いえ、その逆です。
鬼嫁と言ったらいいですかね……人に厳しく自分に優しいという性格の人でして、まあ政略結婚だから仕方ないと言えば仕方ないですけれど」
「大変ですね……」
「私も何度厳しく叱られたことか……
鬼も逃げるほど厳しいのでこの辺では有名ですから。
そんな鬼嫁が帰ってきたら、使用人たちは怒られないようにすることで精一杯になるんですよ。
ルミアたち三人は、怒られたことはなかったと思いますけど。」
どうやら、ロムバートさんは世間的に言う恐妻家らしい。
どれほど恐いのだろうか……鬼も逃げ出す程の恐ろしさ。想像したくない。頭から追い出すことにしよう。
「まあそんな妻が帰ってくるので、ここ暫くは大丈夫そうです。
ソラさんが大丈夫なのであれば、こちらとしても安心して三人を任せられます。」
「そういうことでしたら、僕も喜んで。」
お互いの意見は一致。ルミアたち三人が俺たちについてくることが、正式に決まった瞬間となった。
そしてその後、昼食の席でルミアたち三人を含むリュナたちにそのことを報告。
ニュースは伝わっていたようでそれを言ってもリュナたちは驚かなかったが、三人は許可が下りたと言う報告を聞き、とても喜んでいた。
やる気に火がついたのか、その後の作業諸々はとても速く終わり、早くても明日には引っ越しができる状態となった。
遂に、自分たちの家を持って、そこに住めるという目標の目の前まで近づいてきたのだった。