第十一話 偽善の棺桶(後編)
前回のあらすじ〜
ギルドを占拠した犯罪者共を叩き潰しました。
◀ ◇ ▶
得た情報を駆使し、俺たちはアジトへと向かう。
道中にも市民に乱暴を働く不届き者は何人かいて、そいつらを懲らしめながらの移動となった。
道中しばいた悪人の数、二十三人。全員、近くでパトロールをしていた保安部隊の人に引き渡した。
というかパトロールしているならコイツラ見つけてよ。
減ってる方なんだろうけど。
まあ道中エンカウントする有象無象の悪人どもは秒殺していって、情報の通りの場所に着いた。
……瓦礫の山だが。
アジトというか、建物っぽいものもないのだが。
ボランティアもいないし、なんならゴミだらけだし、煙臭いし……
目の前には高く積み上がった瓦礫の山がある。
どう考えてもここにあったであろう住居が瓦礫になってもこんな量はないだろうという程の山。
ボランティアの人々が撤去した瓦礫を、ここに積み重ねているのだろうか。
まさか、情報が嘘だったとか?だったら今すぐにでも拘置所に行ってもう一度しばくだけだけども。
考えたくはないけど、この山の中にアジトがあるというのか?
そこまでいったら秘密基地というよりスラムのようなことになりそうだけれど。
いや、まだ可能性があった。
まるでベルリンの壁のようになっている瓦礫の山々の奥。奥にある可能性も捨てきれない。というか現実的にそれしかない。
と言っても登ったりいちいち道を切り開いたりしても時間と労力の無駄なので、ここは人力ではなく世界の力に頼らせてもらおう。
「ノア、この瓦礫の山を空間ごと消去できるか?」
「お安い御用ですけど、ボランティアの一環ですか?」
「いや、この瓦礫の山の奥にいないかなと思って。」
「なるほどね、ソラ君のその説、大正解みたいだよ?」
ノアにそう頼んだら、リュナがどの目線かわからない事を言ってきた。
何故正解がわかるのだろうか。―――【森羅万象】か。
認識できる範囲。リュナが過去にダンジョンの全容を暴いたように、どうやら至近距離であれば認識できていなくとも分かるようだ。
デメリットもありつつ、なんで便利なスキルなんだろうと改めて感心する。
リュナに感心したわけではない。あくまで、【森羅万象】に感心した。
「じゃあ、やってみますよ?」
ノアが杖を一振り。瓦礫の山の中央が、綺麗に長方形に切り取られる。
まるで海を割るような光景。中央にできた空間の奥には、俺の予想通りの光景があった。
荒くれ者、荒くれ者、荒くれ者。そこらに何十人もの荒くれ者が、たむろしている。
目つき悪いし、持ってる武器は物騒だし、服装や髪型はいかついし。荒くれ者は荒くれ者でも、ヤクザのような風貌のゴツい男たちがたくさんいた。
そんな、存在感だけでも気圧されそうな男たちが何十人もいたらどうだろうか。
さらにその男たちが、全員こちらを向いていたらどうだろうか。
よそ者を見る視線。裏切り者を見る視線。お前誰だよっていう心の声が伝わってきそうな、冷たい視線。
サングラスのようなものをかけていたり、隻眼だったりと色々な男がいるけれど、全員揃って冷徹な視線をこちらに向けていた。
だけれど、そんな視線で退散する俺たちではない。
たかが威圧。気配だけの、雰囲気だけのハリボテ。
俺たちとて、生半可な冒険者ではない。これでも何度も死地をくぐり抜けてきたんだ。
たかがハリボテごとき、敵ではない。
俺は怯まず、一歩前に踏み出した。
相変わらず、凍りつくような殺気のこもった重圧な視線は俺に浴びせられているが、気合で足を踏み出す。
本当は怖い。ヤクザを敵に回すなんてめちゃくちゃ怖いことだって常識の範疇では分かっている。
でも、俺だって恐ろしいことやグロいことには慣れてきた。
先ほどだって、犯人の手首を日本刀で切り落としてきたほどだ。躊躇なく。
最早悪人であれば、傷つけるのは容易となっている。それでも、人としての常識はちゃんと持ち合わせているので、こんな重く苦しい視線の中、逃げたいと思わないほうが人間としておかしいだろう。
それは勿論、俺も同じことだ。人間なのだから、怖いものから逃げて当然。だが、今は逃げてはならない。
アクロを救う一心で、ここに辿り着いた。こいつらは今ここで潰さなければならない。
「ハッ、何だただのガキじゃねえか。警戒した俺がバカだった。」
瓦礫に座っていた男が立ち上がり、そばに立てかけていたロングソードを手に持ってこちらに歩いてくる。
「おいおい小僧、ここはお前みたいなおこちゃまが来るところじゃねえぞ?
あ?いっちょ前に剣なんか持ちやがって、冒険者気取りか?それとも、勇者か剣聖にでも憧れてんのか?ハッ!ここには何もねえよ、ガキは今すぐ帰れ。」
何を言うかと思ったら、俺のことを散々舐め腐った発言が、男の口から飛び出した。
オレンジ色の逆立った髪に、ダメージ革ジャンと、ところどころ刃毀れして赤いシミがついているロングソードを持った男。
だが、魔力は持っていない。こいつには魔法は使えない。
さらに、ロングソードと日本刀、どちらが短距離戦で有利だろう。それは言うまでもないことだった。
「そんな怒った顔すんなよ、ほれ、帰れ帰れ。お子様にはまだ早ぇよ。
それともなんだ、お前もしや俺たちみたいなアウトローに憧れてんのか?
ハッ!笑えるなぁ。お前みたいなチャンバラしかできないおこちゃまは、広場でお友達と遊ん、で―――」
男は、それを境に沈黙した。
自分の口を押さえ、今目の前で起こった状況に困惑しながらも、その表情には俺に対する怒りが湧いて出てきている。
それもそうだろう。あまりにもこいつがうるさいので、俺が日本刀でこいつの口を切り裂いたのだから。
「うグッ……こんのクソガキ……よくもやってくれたなぁ!」
俺みたいな子供に一撃入れられたことで激昂した男は、ロングソードを振り回して俺を切り裂こうとしてくる。
防御魔法と日本刀でそれら斬撃を慎重に受け止めながら、俺はその時を待つ。
そして俺の想像通り、そのときはすぐに訪れた。
目の前にいた激昂男は跡形もなく消え去った。
その直後に後ろからノアが駆け寄ってきたので、十中八九ノアの【空即是色】によるものだろう。
「ソラくん、危ないからあんまり前に出ちゃだめですよ」
「わかってるよ。でも、子供なら相手に舐められやすいから奇襲がよく効くんだ。」
「でも、その奇襲はもう効かないみたいだけどね。」
リュナの言う通りだった。
俺が男の口を切り裂き、ノアが空間ごと消し去ったことによって、その一連の出来事を見ていた男たちは警戒心をマックスにさせる。
その中で、ボロボロの廃品のソファにふんぞり返っている偉そうな革ジャンメガネ男がこれまた偉そうな態度で言った。
「おい、部下を殺されたんじゃ、話になんねぇなぁ!おいおいおい!
野郎ども!コイツラを片付けろ。」
革ジャンメガネは部下と思わしき男たちにそう命令し、自分はまたソファにふんぞり返って戦況を眺めはじめた。
あのすましたメガネ、必ずかち割ってやる。
「セト、任せてもいいか。」
「安心しろ。こんなアリのような塵芥、まとめて掃除してやろう。」
「ありがとう。」
セト、登場。
少女と子供だけのパーティかと思っていた相手方は、いきなり大人が出てきたことで一瞬怯んだけれど、ヤクザなのでそんなことは関係なしに突っ込んでくる。
だが、当然のごとくセトに敵う者はいなかった。
人間が痛めつけられる場面は正直痛々しいのだけれど、セトが相手だと気持ちいいほどに敵がバッタバッタと倒れていく。
ぶっ飛ばし方が爽快。
時には衝撃波を放って相手をゴミ山の向こうまで吹き飛ばしたり、残像で惑わせて背後から腕を折り、そのまま集団になっている場所へと投げつけたり。
手を横に振っただけで目の前の三人の頭が弾け飛んだ。
そんな乱闘の中で、セトはヤクザどもに全方位取り囲まれた。
恐らく、全方向から攻撃すれば防御も追いつかないであろうという考えだろうな。
何とも、浅ましい。愚かな人間というのは、大抵が力の差を見せつけられて沈んでいくものだ。
この場合も、そうだった。人間の教訓になりうるような戦いだった。
全方位から一斉に飛びかかったヤクザたちの末路は、悲惨なものだった。
身体の周りに無数の紫色の針を出現させたセト。
その出現のタイミングが、ヤクザどもの刃が到達する一歩手前だった。
身体のラインをなぞるように生成された針は、一斉にセトの身体からまっすぐに発射された。
その結果ヤクザたちがどんなことになったのかは、ちょっとグロすぎるので詳細な描写は控えておこう。
とにかく、身体中を針で突き刺され、腕や足、胴体は勿論、眼球等の柔らかい部分も針で突き刺され、全員が死亡。
山ほどいたヤクザは、先ほどまでの乱闘とこの一撃で四分の一にまで減少した。
それでも攻撃しに来る命知らずや、俺たちを狙った卑怯者がどうなったかは、言わずとも理解していただきたいところだ。
そんなこんなで、十数人が逃亡してヤクザたちはほとんど死滅。
後に取り残されたのは、革ジャンメガネだった。
「お、おいちょっと待て、謝ろう。さっきのことは謝る。だから一回落ち着いてくれ。
そ、そうだ、なんでもやろう、金や物資、いくらでもある、半分、いや全部でもいいから、俺の命だけは助けてくれ、お願いだ、仕方なかったんだ、魔力持ちは俺しかいなかったから、頼まれて仕方なく……おい、なんか言ってくれよ、頼むから見逃してくれよ、お願いだ、もう悪事はしない、このとおりだ、」
先ほどまでの傲岸不遜な態度は何処へやら。
手のひらをクルクルして、命乞いをする始末。セトならどんな裁定を下すだろうか。
「おいソラ、」
「なんだ?」
セトは目線を革ジャンメガネに向けたまま、後ろにいる俺に向かって話しかけてきた。
「【絶望之時間】の効果、見てみたくはないか?」
「ぜひとも。」
「お、おいやめてくれ!頼むから!謝ってるじゃないか!やめろ!やめて!おちつけ!やめてくれ!やめるんだ!」
どうやら、セトはその方法を選んだようだ。
【絶望之時間】。前にセトから説明を受けた通り、絶対に脱出不可能の無限の虚空へと対象を放り込むという恐ろしい核撃魔法だ。
セトは目の前で腰を抜かしている革ジャンメガネに手のひらを向けた。
「やめろ!やめてくれよ!お願いだからやめてくれ!」
「じゃあな。」
ジタバタしている革ジャンメガネに向けて、セトは指パッチンをする。
途端に革ジャンメガネの周囲に闇が現れて、革ジャンメガネは虚空から伸びてきたいくつもの黒い手でその体を掴まれ、永遠に続く闇の中へと引きずり込まれていった。
やめてくれという懺悔のような嘆願も、やがては言葉とは言えないような何かになって、革ジャンメガネは涙と鼻水と絶望でぐちゃぐちゃになった顔をブンブン振りながら、抗いつつも闇の中に消えていったのだった。
そして用事を済ませたように、現れた虚空への入り口は徐々に狭くなっていて、やがて跡形もなく消え去った。
魔力持ちで、偽善の棺桶のアクロ支部のリーダーだった革ジャンメガネは、こうして抵抗虚しく、闇の藻屑となったのだった。
虚空が閉じた後、セトは満足したように振り向いて俺たちの方へと悠々と歩いて戻って来る。
「やったな、セト。」
「久しぶりに使ったが、やはりスッキリするものだな。」
偽善の棺桶のアクロ支部は、こうして滅亡。
セト大活躍の結果に終わった。
俺たちは、この結果を保安部隊等に報告することにして、その場を去ったのだった。