第六話 日常閑話
閑話が続いていますが、ご了承ください。
〜前回のあらすじ〜
色々語りました。
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爽快な目覚め。それは俺が議題に出した通り、状況にって左右されるもの。
俺が目覚めた時。正直前日の疲れによって爽快とは言えないような目覚め方だった。
目が覚めた途端に見えたのは、木でできた天井だった。
自分の身体には布団がかけられている。
状況だけ見れば、ただ寝相がいいだけ。だけど俺は寝る前はこんな格好で寝ていない。
ならば寝返りでも打ってこのような格好になったのかと言えば、そうではないと断言できるだろう。
何故ならば。俺は例のごとく、ベッドに突っ伏した状態で眠りについたからだ。
たとえ寝返りを打ってうつ伏せから仰向けになったとしても、こんなに綺麗に布団が身体にかかっていることなんてありえない。
この怪奇現象、実は前にも一度あった。その時の犯人は―――
と、寝起きの俺の頭の中で大体の予想がついてきた時だった。
扉がノックされた。コンコンコンと、優しい音で。
そして俺は返事をした。扉を開けて入ってきたのは―――俺が寝ている途中に布団を掛けた犯人であろう人物、ノア。
「おはよ、ノア。」
「おはようございます。よく寝てましたね、ソラさん。
私がほっぺを突いても全く起きませんでしたから。」
俺が寝ている間に一体何をしたのだ。
今のノアの言いぶりからすると、多分色々とイタズラをされていたことだろう。
意地悪そうな言い方からも、ノアが相当俺で遊んだことが伺える。
「布団かけてくれたの、ノア?」
「そうですよ。ソラさん、いつも布団かけずに寝ちゃうんですから、私が掛けてあげたんです。
寝顔、可愛かったですよ。いつまでも見ていたいくらいでしたから。」
やはり何かしていたか。
いたずらをされていないにしても、寝顔を見られるのもかなり恥ずかしいけど。
「…………他に何かした?」
「他にですか?うーん……ほっぺにキスしたくらいですかね」
「キス!?」
キ、キス!?ほっぺに!?俺の知らないところで何を!?
俺がそんな驚きの様子を見せると、それを見たノアがクスクスと笑って言った。
「冗談ですよ、キスはしてません。
相手の許可のないキスをしたって、女の子にとっては嬉しくないですから。
でも、寝顔を見てると何だかソラさんも子供なんだなぁと思えてきて、恋人というよりお母さん見たいな感じでしたね。
お母さんってこんな感じなんだって。母性本能っていうんですか、子どもが愛らしく思えてくるのは。」
「……ノアって今何歳?」
「十六です。だから、一応はソラさんと同い年なんですよ?」
同い年……?俺の年齢は十四だし、なんでノアが俺の年齢を知って……?
いや、そうだ、冒険者登録の際に十六歳で登録したんだった。
それを聞いたのか。
「まあ同い年だな。こんな身長だけど。」
「だから一応、私とソラさんが付き合っても合法になるわけで……」
「付き合う、ねぇ。」
今のところ俺には、三人の中の誰かと付き合うとか、そもそも女性と交際をするつもりはない。
それもこれも、今後の関係のためだ。
だというのに、今現在、ノアとリュナとシエラによる恋愛バトルが繰り広げられているのだ。
こうしてノアが俺の部屋に来ているのも、どうせそのバトルで有利な立場に来るためだろうな。
そんな考察なんて、いくらでもできる。でも人の気持ちを正確に測ることは難しい。
人の考えていることを正確に汲み取るのは難しい。
世には、心拍数や瞳孔の開き方で嘘を判別できたりする方法もあるらしいけど、あいにく俺はそんなFBIみたいな技の持ち主ではなく、本当にごくごく普通の、どこにでもいるような何の変哲もないただの中学生なのだ。
いくら魔王軍キラーだと、魔法の天才だと持て囃されたところで、それは本来の俺の実力ではないのだから別に嬉しくはない。
魔王軍を撃退できているのはリュナたちのおかげだし、魔法を扱えているのもセトの魔力のおかげ。何一つ、自分の力でやり遂げることはできていないのだ。
―――大分話がそれている気がする。何の話だっけ。
「……あの、ソラさん、」
「ん?」
俺が頭の中で話を戻そうと必死になっていると、ノアが若干恥ずかしそうに話を切り出した。
「これからソラさんのこと、ソラ君って呼んでいいですか?」
「ソラ君?」
なんと俺の呼称の問題の話だ。
ソラ君?ノアにそう呼ばれたら……
敬語と君付けってアンバランスじゃないか?
というか敬語をやめたらいいのか。
「じゃあ一回敬語ありで呼んでみて?」
「そ、ソラ君でいいですか?」
「うーん……」
やっぱり何か違和感を感じるなぁ。
君付けが親しい感じがする反面、敬語が堅苦しいイメージだから二つが合っていない。
敬語を無くすか、呼称を別のにするか。
「敬語無くしてみて。」
「え?えっと……ソラ君、これでいい……かな?」
可愛い。俺より高身長の、お姉さんみたいな美少女にこう言われるとかわよすぎる。
萌えというのか?
もうこれでいいだろ。
「うん、それでいいんじゃないか?」
「いやでもこれって、リュナちゃんと話し方かぶりませんか?」
「そう言われてみれば。」
リュナも確かそんな喋り方だった気がする。
でも最初のやつはずっとシエラと被っていたし、どうすりゃいいものか。
いや、いっそ柔らかい言い方の敬語か?
「柔らかい言い方の敬語で言ってみて」
「ソラくん、これでいいですか?」
「ぴったりだな。」
今までの口調を変えず、かつノアの望みも叶う喋り方。
こちらも、別に違和感もなく満足のできる言い方。
まさにウィン・ウィン。
「じゃあ、これからこれで。
ありがとうございます、ソラくん!」
そう言って、ノアが部屋から出ていこうとした時だった。
俺はとある異変に気づき、ノアを呼び止めた。
「ノア、その髪の毛どうしたの?」
この質問の意味は、言葉のとおりだ。具体的に言えば、ノアのストレートの髪の内側、身体側の髪の毛が変色していた。
変色していたと言っても、よくプールの塩素などで脱色してしまうそれではない。
完全に、色が違う。
もともと黒かったであろう髪が、一部、それもうっかり見逃してしまいそうなごく一部が、“青く”変色していた。
一口に青と言ってもいろいろな色があるので、俺が知っている範囲の色表現で表そう。
“群青”。やや暗めの青色。
ノアは髪の毛を指摘されて、異変箇所を探す。
「髪の毛……ですか?
え…?あ、これですか?ほんとだ。どうしたんだろう。」
伸ばされた髪の毛の、端の方の内側だ。ノアが気づかないのも無理はないし、服に隠れてよく見えない部分。
「染めた?」
「こんな一部分だけ染めないですよ」
「それもそうか。」
「うーん……ちょっと原因はわかんないですけど、インクかなにかがついただけかもしれませんね。」
確かにノアの言う通り、着色剤かなにかがついている可能性のほうが高い。
だが俺はそれは違うと思っている。
それは何故か。ノアの反応だ。
変色箇所を見た時の反応。明らかに何かに気付いた反応だった。
それに、その後の言い方にも若干無理があるようにも聞こえた。
言い方だけでこんなにも話が広がるものかとも思うのだけど、だがしかし、心配になってしまうのは気のせいだろうか。
一瞬だけ見せた動揺も、その後の言い方も、俺の気のせいだと良いのだが。
「ちょっと何とか落としてみます。」
「うん。そのほうがいいね。」
「ソラくん、長話になってしまいましたけど、カイルさんが呼んでたから私と一緒に降りましょう。」
と、変色のことについてはここでおしまい。
どうやらカイルが俺のことを呼んでいるらしい。
俺はベッドから立ち上がり、ノアと一緒に部屋を出て一階へと降りていったのだった。