第四話 久しぶりのロムバート邸
〜前回のあらすじ〜
避難所となっていた幽霊屋敷にて、怪我人の治療や支援を行いました。
◀ ◇ ▶
俺とリュナは幽霊屋敷から帰ってきて、ギルドでセトたちを待っていた。
その間も、色々と手伝いをしながら。
リーダーから話を聞くに、どうやら冒険者総出での激戦が繰り広げられたようで、何人もの冒険者が戦死、又は行方不明、消息不明となっている状況らしい。
魔王軍の数件で定番となった、アクロギルドの十八人は全員無事らしい。
ちなみにこのネーミングは俺がした。今。
鎌倉殿の十三人をもじってつけた。
そんな裏話はどうでもいいけど、俺たち以外の十四人が無事ならば、ギルドはやっていけるだろう(ノアは十八人に入っていない)。
続いて被害状況だ。ほぼ壊滅状況にあるのは、東側の地区らしい。
敵が東側から攻めてきたので、こっちのほうが被害が大きいそうだ。
それでも最終的に、敵軍はこの街を突っ切って西側へと進軍していったらしいので、西側の地区も無事とは言い難い状況に。
推定で一万戸が全壊、死者は五千人にものぼる。怪我人は数え切れないほどいて、その怪我人全員を収容できるほど医療機関も回復できていないのが現状。
避難所も圧倒的に足らず、あちこちで物資を求める暴動や事件が起こっていて、冒険者ギルドもその対処に手一杯なんだそうだ。
ロムバートさんも積極的に働きかけており、メイドを街の各地に派遣、自らも災害後の復興支援を行っているという。
昨日まで炊き出しも行われていたのだが、事件から四日経っていても人々の心は不安定のままだった。
今でも明らかに物資が足りず、怪我や貧困で苦しめられている人が大勢いる状況で、何故支援が打ち止められたのか。
王都や他の街の状況もあったのかもしれない。
だが一番大きな要因は、町の人々にあった。
大規模な暴動だ。昔で言えば一揆、今で言えばデモやストライキなどと表現される社会現象。
当然、一揆の様な状態のほうが近かっただろう。今の地球でこそ、国家の武力集団があるので暴動が起こってもすぐに鎮圧される。
それでも、国全体が不安定ならばどうなるだろうか。
答えは明確。鎮圧できる組織がいないので、やりたい放題だ。
強奪、略奪、簒奪。暴行、破壊衝動、物欲、生存本能。人間という強欲な生き物は、時に自分がよければ周りのことを顧みないこともある。
その結果が、廃れた社会だ。
勿論当事者だったわけではないので詳しいことはわからない。
けれど、人々の状態と街の状態を見れば一目瞭然だった。
暗く淀んだ避難所の空気と、大破した家々。そんな街でたまに見かける、武装集団。
この街はもう終わり―――と言いたいところだが、そういうわけにはいかないのも人間の底力だ。
まだこの街には希望が残っている。火種はまだ残っている。小さく鋭い光が、一縷の望みが、まだここにあるのだ。
そう。我らがアクロギルドの十八人。アクロの冒険者の中でも精鋭である彼らがいれば、たとえ復興不可能な人々の心も、何とかなるのではないかと、そう考えたわけだ。
そうなると問題は山積みとなるわけで、心の復興、街の復興、武装集団の制圧、その他諸々。
気の遠くなる計画にも思えるけども、俺たちなら大丈夫。
魔王さえ倒したのだから、もう大丈夫だ。脅威である東の魔王はこの世から去り、魔王が攻めてくることもなくなった。
この街も立ち上がって復興に力を注げば、必ず復活するはず。
それが、俺の希望だ。この街の命運を左右する希望の中の、ひとつなのだ。
ちょっと熱く語りすぎたかもしれない。
話を切り替えるとしよう。こんな話してても楽しくない。
そうこうしているうちに、ノアとセトが帰還。そのうちにシエラも帰ってきた。
「おかえり、シエラちゃん」
「大聖堂ってあんな感じなんですね、神父さんたち優しかったですよ。
まあソラさんには劣りますけどね。」
それは一体何の張り合いなんだと心のなかでツッコミをしつつ、これからやるべきことについて考える。
「これからどうする?」
「これから?どうしようか」
「この有り様じゃあ何もできんしな。」
「ロムバートさんとこ行くのはどうですか?」
「それ賛成。」
ノアがそんな意見を出した。
確かに、ロムバートさんのところは久しぶりだし一度挨拶に行かないと。
こんな状況下でも頑張っていたらしいルミアにも会いに―――待ってこれまずいんじゃないか?
恐ろしい展開が頭に浮かんでしまった。
近頃は喧嘩など全くなかったので普通にこのメンバーで楽しんでいたけれど、すっかり忘れてた。
俺のこの世界での物語は、ハーレム展開であってハーレム展開でないということを。
女子はご覧の通り三人もいるけれど、俺を取り合って喧嘩が発生する。
しかも俺はかなりアンバランス気味に女子の知り合いが多いので、ハーレム展開だと気を抜きやすいのだ。
その中でもルミアは特級だ。武道派を象徴しているような好戦的な姿勢と、侮ることができない戦闘能力の高さ。物静かで優しい清楚な雰囲気の中に隠した闘争本能。そして戦闘能力も相まって何より恐ろしくなるのは彼女のスキルだ。
そんなルミアが、俺が魔王を討伐した(厳密には違うけど)を知ったら喜ぶだろう。
だがしかし、リースと仲良くなったこと、魔王討伐の冒険でリュナたち三人との絆が少なからずとも深まったこと、この二点を知られてしまったら、まずいことになる。
多分手当たり次第に勝負を挑もうとするだろう。
それでも、三人も強い。前回負けたことも火種になってしまうんじゃないだろうか。
まあ今から気にしていてもしょうがないか。どのみち起こり得るイベントだ。
うん。あまり深く考えないようにしよう。思考を放棄。
「ソラ君?なんか難しく考えてるみたいだけど、何かあった?」
「いや、特に何も。」
「じゃあ、もう出発しましょうか。」
「というわけで、セト君よろしくね」
「また我?」
嫌そうな反応のセトだが、顔からして人に頼られるのが満更ではないらしい。
あまり交友関係を持たない神だからこその反応なのだろうか。
ニヤニヤを微妙に隠しきれていないセトは、ブツブツ言いながらも魔法陣を展開して、【空間転移】を準備。
そこからはいつもの流れで全員がテレポートし、ロムバート邸の前までやってきた。
ここはさほど被害を受けていないのか、庭が少し荒れているくらいで建物に目立った外傷はない。
大きな門をくぐって、庭を縦断する大理石の石畳の道を歩いていく。
と、突然玄関の扉が開いて使用人が出てきた。
手に高枝切り鋏を持った、青髪のメイド。そう。この訪問の要注意人物、ルミアだ。
「あっ!!」
「あ」
ルミアが驚きの声を上げるとともに、俺も声を上げる。
そして何が起こったか。猛スピードでこちらに走ってきたルミアが、俺に抱きついてきた。
勢いに負けた俺の身体は一瞬宙に浮いて、ルミアは俺を抱えたまま一回転。
そして俺の足が地面に着いてから、熱く強い抱擁。
いや、嬉しいよ。男として、美少女に抱きしめられるというのはこの上なく嬉しいことなんだよ。
それでも、痛い。強く抱きしめすぎ。骨がミシミシ言う。比喩とか冗談抜きに骨が軋む。
「ちょっと……一回離して……」
「ああっ!ごめんなさい!」
俺はかろうじてルミアに訴え、すぐにルミアは俺を離してくれた。
そしてルミアは乱れた服をさっと整え、ベテランメイドの風格で改めて俺たちに話しかけた。
「お久しぶりです、ソラさん方。
ロムバート様にご挨拶をお願いします。きっと喜ばれますよ。」
落ち着いた口調と、柔らかい笑顔、まっすぐな背筋、華麗な立ち振舞。
―――ほんとにルミアか?俺が出会ったときはここまでプロっていう感じはなかったが……
そんなことを思いつつも、ルミアに促されて俺たちは屋敷に入る。
内装は、いたっていつも通りだった。豪華ながらも統一感があり、ゴテゴテしていない。
きらびやかで華やかな感じはあるものの、節度を理解して、特段豪華だとか目障りになるということもない、内装だった。
だが、前回来たときはもう少し物静かだったのが、今日は何だか騒がしい。
使用人たちが何やら荷物を持って走り回っている。
「ああ、気にしないでください、少し慌ただしいだけですから。」
「アクロのことで?」
「それもありますね」
俺たちは何だか雰囲気が変わったルミアと共に階段を上がり、応接室に案内された。
「ここで、待っていてください」
ルミアは部屋から出ていく。
応接室に案内されたは良いものの、待っていろと言われたのでとりあえず自分たちの近くに有った椅子に座ることにした。
暫く待っていると、部屋にロムバートさんが入ってきた。
ロムバートさんも、何だか慌ただしい様子で。
「おまたせしました、えーと、まずはお久しぶりです。」
「いえいえこちらこそ」
「王都に行かれている間の数々の噂はかねがね、ルミアも喜びながら聞いていますよ。」
王都に行っている間俺が関与した出来事、イリオスやカマエル、イオフィエル辺りだろうか。
魔王討伐はまだ報告していないらしいし。
「アクロ、大変でしたね」
「はい、それはもう。
アクロの方には行きましたか?」
「はい、少々手伝いを」
「それはよかった。今は人手も足りないですし。ありがたい限りです。
それで、ここに滞在されるおつもりですか?」
「いえ、すぐ王都に戻らないといけないので、今日は挨拶に来ただけですよ。
また戻って来ますけどね。」
「そうですか、出発までゆっくりしていただけると嬉しいのですが……もう日も暮れてきますし。」
そう。もう夕方で、空は既にオレンジ色に染まっているのだ。
でも滞在しても迷惑になるだけだし、空間転移でのテレポートなので時間など関係はない。
だがまあ、少しはゆっくりできるかなと思ったところで、ドアが開いて部屋に誰かが入ってきた。
緑色の長髪のメイド。リーベだ。
リーベはお盆の上のお茶や菓子をそれぞれの前に置いて、静かに一礼をして部屋から出ていった。
どうやら彼女もプロだったようだ。これがリアならば、絶対何か俺に対して言っていたに違いないだろう。
「まだ色々とありまして、積もる話はまた今度に……」
「わかりました、いつでも大歓迎ですので、王都で頑張ってきてください。」
と、そんな感じで話は終わって、まあ本来の目的も達成したわけだし帰るかと、全員で相談した。
どうやらリュナとシエラはここに残っていたいという気持ちも強かったようだが、忘れたわけではないだろう。
俺たちの目的は、アクロの様子を見に来ることだ。滞在することじゃない。
リースとイヴァナのことも心配になるので、その旨を説明したら二人とも快く了承してくれた。
ルミアに別れを惜しまれながらも、俺たちはロムバート邸を出て、門の前でセトによる空間転移を行った。
行き先は言うまでもないだろう。
一応言っておく。勿論王都だ。
魔法陣から発された光に包まれて、視界は白く染まる。
目を開けたら王都の屋敷。
本当につくづく、重ね重ね思うけど、セトの空間転移が便利すぎる。
移動手段としてインフレ起きてるし、何よりタイムラグ無く移動できるのが何より嬉しい。
自分で移動しなくていいのも勿論あるとも。
今度セトにお礼を言っておこう。また次空間転移を使う機会とかに。
もう日は落ちかけ、いろいろな出来事があって疲労が蓄積していた俺たちは、屋敷に帰って休むことにした。満場一致。
目の前の屋敷に入ってからは、帰ってきた俺たちに対してカズト等が色々質問をしてきた。
できる限り正確な情報を伝え、それから風呂に入って自分の部屋に帰還。
真っ先にベッドに飛び込んだ。
思えば今日、何をしただろうか。
服を買い、リュナと騒ぎ、それからアクロにて活動。ロムバート邸にも顔を出して。
というか、あれ?俺たち今日の早朝に王都に帰ってきたんだよな?
約九日の長旅の後にしては、随分と頑張りすぎじゃ……?
うーん、絶対ハードワークな気がする。といってももう今日も夜に突入する。少し仮眠を取りたいと思ったら、どんどんと瞼が重くなる。
風呂入ったし、飯は―――食ってねえや。まあいいか。このまま朝まで―――
そのままベッドにうつぶせになったまま、瞼が完全に閉じて俺の意識はそこで途絶えた。